理想のデートじゃなくたって
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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帰り支度をすませ、塾の玄関口で迎えを待ちながら、ナマエは友人とのお喋りに興じていた。
「へえ〜、やっぱヒーローだと忙しいんだ。大変だね」
目を丸くしている、他校の生徒である彼女に頷く。
「うん、そうなんだ。それにバッドくんお家のこととかもしてるから」
「あ、兄妹だけで暮らしてるんだっけ」
「そうそう。お互い時間ができたときも、私が家に遊びに行くのが多いかなぁ」
「それはそれで親密な感じで羨ましいな〜。でもお出かけデートもしたいよねえ」
デート、と聞いてナマエは夏休み中に兄妹と遊園地に出かけたことを思い出した。
厳密にはまだ付き合っていない時だったので、デートのつもりはなかったのだが、怪人が出たり、自分自身危険な目にあったことを差し引いても、一緒にどこかへ出掛けるというのはワクワクする体験だったし、金属バットとの関係が大きく進展する切欠にもなった。
学校帰りにお店に寄ったり、休みの日にゼンコと三人で買い物したり、と軽くそれらしいことはしているが、確かに一日中彼と出掛けて遊べたら、どんなにか楽しいだろう。
とナマエが考える一方で、ここ暫く相手がいないという友人の話は、いつの間にか理想のデートプランに移っていた。
「やっぱさぁ、普段行かないちょっと良いお店とか連れてって欲しいよね〜。それでこう、暗くなったら夜景の綺麗な場所で愛を囁いてー、今夜は帰さないよ…なんつってー」
「な、なんかだんだん大人向けの話になってってない…?」
友人の加熱していく妄想に戸惑っていると、事務室から塾講師が焦った様子で顔を出した。
「ヤバいな~、調整ミスだ…」
「先生、どうしたんですか?」
声をかけられて初めてナマエ達の存在に気付いたらしく、ああ君らか、と手を挙げて大股に歩み寄ってきた。
「いやな、明日予定してた特別補講なんだけど、実は担当の※※先生本社で研修が入っててなぁ…うっかりダブルブッキングしてしまったんだ」
友人と顔を見合わせる。
明日土曜に入っていた物理の補講は、二人とも受ける予定をしていた授業だったが。
「えっじゃぁ休みで良いんじゃない?そういう理由ならしかたないよね」
すかさず声をあげた友人を、講師は半目で見やった。
「何がしかたないだ、嬉しそうな顔しよってからに…まぁ専攻してるのが※※先生しかいないからそうなるな、またどこかで振り替えるか。あー急いで連絡回さんと…」
慌てて去っていく講師を他所に、友人に手をとられナマエも万歳をする。
「やったね!」
「うわっと…あはは」
講師には悪いが、急な余暇ができるとなんとなく嬉しくなってしまうのは否定できない。
「明日何しようかな~、買い物でも行こっかな。ナマエちゃんは?ヒーローの彼氏とデートとか行っちゃう?」
「えっ」
確かに彼は、明日は家事でもするかな、と今日の帰りに話していたし、塾終わったら飯食いにくるか?とも誘われていたので、予定は空いているはずだ。
でも、こんな直前に誘っても大丈夫だろうか。
「こうゆうのっていきなり誘って良いのかな」
「良いんだよ、彼女なんだし。あ、ママ来た。また来週ね!」
迎えの車に乗り込む友人に手を振って見送り、一人になったナマエはスマホを取り出した。
メッセージアプリを起動し、ううんと唸る。
彼女なんだし、という友人の言葉に、金属バットからも、思ってることは抱え込まず言って欲しい、と言われたことを思い出した。
誘うだけなら良いかもしれない。
駄目だったらまた次の機会にすればいいわけだし。
よし、と決心して文字を打ち込む。
『明日なんだけど、塾の予定が無くなったから、もし良かったらどこか遊びに行かない?』
作成したメッセージを勢いのまま送信すると、すぐに気がついたのか既読マークが付いた。
と思う間もなくスマホが振動した。
『か』
「か…?」
送られてきた謎の一文字に首を傾げる。
『か』ってなんだろう。出席可・不可の可ってことかな。
と頭を悩ませていると、続けざまにメッセージが送られてきた。
『わりぃ今のミスった』
『良いぞ、一緒にどっか行こうぜ』
今度は明らかな承諾の返事に、ホッと胸を撫で下ろす。
『急でごめんね。集合お昼前くらいの方が良いかな?』
『良いって、布団干そうと思ってただけだし。朝からでも全然行ける』
やり取りを続け、時間と場所などを決めていく。
金属バットも特に行きたいところはないというので、市内の商業施設などが集まっているエリアでひとまず待ち合わせることになった。
ふとクラクションの音が聞こえ画面から目を上げると、いつの間にか迎えが来ており慌てて駆け寄った。
「ごめん、お母さん」
「おかえり。ずいぶん熱心に携帯見てたわね」
助手席に乗り込み、そうだ母親にも言っておかなければ、と口を開く。
「あのね、明日の特別補講先生の都合で振り替えになったんだ」
「あらそうなの?」
「うん。それで…代わりにバッドくんと遊びに行くことになって、」
「あらそうなの!?デートじゃない〜!」
一気に上がった母親の声のトーンとテンションに少し怖気づく。
「二人で?ゼンコちゃんも?」
「ううん、今回は二人で」
「あらデートねえ〜それは!そうだこの前買った靴履いて行ったら?」
「あれちょっとヒールあるし…どうかなあ」
「良いじゃないの。せっかくなんだからお洒落していきなさいよ」
なぜか自分よりも乗り気の母親にあれやこれや言われつつ、どんな格好が良いんだろうと考える。
街中だからそれなりに歩いて移動するかもしれないけど、確かにスニーカーは味気無い。
(…バッドくんってどんな服が好きかなぁ)
本人はヤンキーファッションというか厳つい感じだが、妹のゼンコによるとより女の子らしい服装をしてる時の方が、可愛い可愛いと褒めてくるそうだ。
家に遊びに行く時は座ったりするので、しわになりにくい素材のスカート等あまり気取った服装はしていないが、特になにか感想を言われたことはない。
ちょっと綺麗な服を着ていったら、自分のことも「可愛い」と言ってくれるだろうか?
(なんか急にドキドキしてきた…)
前に遊園地に行った時とは違い、これは正真正銘のデートなのだ。
さっき友人が話していたような、恋愛ドラマみたいなデートは、なんだか金属バットのイメージとはミスマッチな気がするが、特別なお出かけであることには間違いない。
二人で何をしよう?どこへ行こうか?
緊張する気持ちもあるけれど、それ以上に膨らむ期待を持て余しながら、ナマエは明日のことを考えていた。
***
ショーウィンドウに、通りを行き交う人の群れが映っている。
その前でぽつんと一人だけ動かず、ナマエは金属バットを待っていた。
約束の時間にはまだ十分余裕がある。
少し早めに来て緊張を鎮めようというつもりだったのだが、いっこうに気持ちは落ち着いてくれない。
待ち合わせ場所であるショッピングモールの入口付近を離れ、少し人の捌けたところまで来ていた。
ため息をつき、後ろを向いて窓ガラスに写った自分を眺める。
ジャンパースカートに袖のふんわりしたブラウスを着て、下ろした髪を緩く巻いた姿は、いかにもめかし込んでいて我ながら気が引けた。
パンプスの中で、足先をもぞもぞさせる。
せっかくなので、薄くメイクもしてきていた。
デートの時につけていきなよ、と友人のアヤカがくれたリップの色は、ちょっと目立ち過ぎていないだろうか。
(バッドくん何て言うかな…どうしよう、家に帰りたくなってきた)
土壇場になって生来の引っ込み思案が顔を出す。
言うまでもないがここで家に帰るという選択肢はなく、気もそぞろに前髪を整えようとした時だった。
「…ナマエ?」
背後からかけられた声にハッとして振り向く。
スカジャンのポケットに手を突っ込んだ金属バットが立っていた。
「バッドくん、早いね…」
「あ、おう…」
お互い時間より早く来てしまったらしい。
名前を呼んでおきながら、振り向いたナマエの顔を見て、なぜか彼は瞠目している。
「びびった、一瞬マネキンかと思ったぜ」
「マ、マネキンって…」
言われて仰ぎ見ると、ショーウィンドウの中にはレディースアパレルブランドの服を着せられたマネキンが立ち並んでいる。
その言葉からも、しげしげとこちらの姿を眺める様からも、『今日は気合い入ってんな』という言外の所感を受け取り、ナマエは俯き加減に視線を逸らした。
「…どうかなぁ、この格好」
手持ち無沙汰にスカートを押さえながら尋ねると、金属バットは目に見えて狼狽した。
「え!?あ、どうって、えっと」
しどろもどろで言葉を探しているのを緊張しながら待つ。
やがて、熟考の末に金属バットは歯切れ悪く述べた。
「…なんつーか、こう……今日のお前、輝いてるぜ」
「んんっ」
予想だにしない言葉のチョイスに、変な呻き声が出てしまった。
ぷるぷると震えながら我慢をするものの、思いがけず笑いを取ってしまったことを悟ったらしく、金属バットはばつが悪そうに突っ込んだ。
「いや、笑うとこじゃねーよ」
「だって言い方が…輝いてるって…」
「う、うまい表現が他に見つからなかったんだよ!悪かったな!」
堪えきれずに噴き出すと、妙な強張りもいつの間にかとれて、普段通りの自分に戻っていることに気が付いた。
彼と接していると、いつも自然と前向きな気持ちになっている。
笑ってしまったのは悪かったが、やっぱりバッドくんはすごいなぁと思っていると、金属バットは頬をかきながら再び口を開いた。
「どう言ったら良いかわかんねぇけどよ、その…とにかく、すげぇ可愛い、と思う…」
ひそかに期待していた『可愛い』という褒め言葉に、嬉しさで頬が熱くなる。
「あ、ありがとう」
お互い微妙に視線を合わせられずにいると、唐突に「うおっ」という声をあげて金属バットがつんのめった。
何事かと驚くと、彼の背後を通り抜けて勢い良く走っていく子ども達の後ろ姿が見えた。
「こんなとこで走んなよ危ねーな!…って往来で突っ立ってたこっちが悪いか」
「ごめん、私もさっきからそこ邪魔になってるって言おうと思ってた…」
なんとなく気が抜けて顔を見合わせる。
しっちゃかめっちゃかな雰囲気に、どちらからともなく噴き出した。
「ちょっと早えけど行くか」
「うん」
ショーウィンドウの前を離れ、アーケード街の方へ連れ立って歩き出す。
「つぅか何でこんな早く来てたんだ?」
「なんか緊張しちゃって…早めに来て気持ちを落ち着けようと思ったの」
「マジかよ。考えること一緒だな…」
自然に繋がれた手に胸が弾む。
逃げ出したいような不安感はきれいさっぱり無くなっていた。