初めてのワガママ
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
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ヒーロー協会本部の待合室は、昼下がりの長閑な空気に充ちていた。
珍しく怪人警報も鳴らない。
職員が動き回っている他は、何かの用向きで訪れた所属ヒーロー達がそれぞれ待機しているばかりである。
S級ヒーロー金属バットもまた、愛用の武器のメンテナンスにやってきていた。
先日怪人との戦いで塗装が剥げてしまっていたそれは、同僚であるメタルナイト特製もので、通常のバットのように簡単に修理できるわけではないらしい。
少々お待ちを、と何やら慌ただしく連絡を取っていた職員によれば、修理の間試作品を代替するよう指示されたそうで、それを取りに行ったまま未だ戻らず、絶賛待ちぼうけを喰らっている。
塗装の剥がれ程度どうということはないのだが、今日はゼンコが友達と遊びに行ったりなんやかやで一人暇になってしまい、野暮用を片付けるかと協会へ赴いていた。
時間があるとはいえ、通常であれば短気な金属バットは苛立ってもおかしくない状況である。
しかし恐る恐る説明をした職員の危惧にも関わらず、事情を聞いた彼はどこかぼうっとした表情で、早くしろよな、とだけ答え、今もまた心ここに在らずな様子で大人しく座っている。
妙に静かな超高校級ヤンキーを、周囲のヒーロー達は調子でも悪いのか、と内心首を傾げて横目に見ていたが、金属バットは至って健康体だった。
最近体の調子は頗る良い。それどころかメンタル面も絶好調だった。
何せずっと片想いしていた相手と、晴れて両想いになれたのだ。
先ほどから頭の中を占めている考え事の原因でもある彼女――ミョウジナマエ――と付き合い始めて、早2ヶ月が経つ。
怪人災害のどさくさに紛れての出来事だったこともあり、腹減った、怪我は大丈夫なのか、腹減った、こんな時まで仕事かよ、腹減った、やっぱり大きかった…etc.などの様々な雑念に邪魔され、あの日は慌ただしいまま、家に帰ってからも実感がなかった。
もしや都合の良い白昼夢だったりしないかと不安になったりした。
しかしその日の夜、今日のお礼と共に、誰かと付き合うのは初めてだけどバッドくんと付き合えて嬉しい、これからもよろしく、と控えめながら好意の滲み出るメッセージを受信し、寝落ちしかけていた金属バットは嬉しさと興奮に飛び起きた。
そして、それが幻ではないことをゼンコに何度も確認し(5回目でキレられた)、幸せな白昼夢は正夢だったことが無事証明されたのだった。
――そう、今まではまさに夢見心地だったのだ。
思いが通じたということだけで世界は鮮やかに色づき、何だってできるような気持ちになった。
実際身体能力もデタラメに上昇していたらしく、メタルナイトにデータを採られたりした。結果はよくわからなかったらしい。
お互いに忙しくネズミ寿司ランド以後は遠出もできなかったが、塾帰りのナマエを家に招いて夕食を振る舞ったり、ゼンコを交えて花火をしたりそれなりに夏休みを満喫した。
「そういえばバッドくん、夏休みの課題もうやった?」という何気ない言葉で地獄の釜の蓋が開く一幕はあったものの、今年の金属バットは未だかつてなく充実した夏を過ごしたのだった。
そして二学期が始まり、授業にヒーロー活動にと慌ただしくも慣れ親しんだ日常生活を送る中、ようやく平常心に戻りつつあった金属バットは、ひとつの悩み事を抱えていた。
手持ち無沙汰にスマホのアルバムを開く。
大半を妹と猫の写真が占めるそれらの中から、ゼンコとナマエがネズミ寿司のキャラクターの着ぐるみと一緒に写ったものを開く。
弾けるような笑顔が眩しい。
今までならば、こうして眺めているだけで満足だったのだが。
金属バットは画面を見つめたまま唸った。
(結局のところよぉ…付き合うって具体的に何すりゃ良いんだ?)
ここ最近彼の頭を悩ませている問題だった。
なんせ金属バットは、今までに異性とのお付き合いというものを経験したことがない。
楽しさのままに過ぎ去った夏だが、思い返してみればその内容は友達同士であってもすることばかりである。
今でもまざまざと思い出せる、あの日肌で感じたナマエの鼓動の速さや背中に回された手の感触は、二人の間にあるものが間違いなく恋愛感情であることを示していたが、それ以降の付き合い方については特に劇的な変化はない。
例によって怪人の発生は前触れなしだし、ナマエも塾の予定などがあって、なかなか遊びにもいけない。
今日も特別講習があるとかで、彼女は不在にしている。
大きく変わったことと言えば、緊急の用がない限り待ち合わせて一緒に登下校するようになったこと、連絡を取り合う頻度が増えたことくらいだった。
今までは何かしらの用件のためにしか連絡してこなかったナマエは、友達とこんな面白いことがあったとか、コンビニで買ったお菓子がおいしかったとか、ちょくちょくどうでも良いことを知らせてくるようになった。
更に距離が近まったようで嬉しいが、それも友達同士のやり取りと言ってしまえばそうだ。
実際の恋愛については知らなくとも、テレビなどで断片的に得た知識はある。
硬派を気取る金属バットとて、少年誌に連載されているやたら都合の良い漫画の展開にちょっと夢見たこともある。
しかしそれらはあくまで作り話であり、空から女の子が降ってきてそのまま同棲することになった等という特殊な例が参考になるとは思えない。
ならば誰かに相談するかと考えたものの、今度はなかなか適任と思える相手がいない。
顔と名前が度々一致しないながらも、クラスの男子はまぁいい奴らなので、同年代の意見をきくのが一番かと思ったが、金属バットには自身の学校のプライバシー保護という点に大きな不安があった。
というのも、二学期になって登校するや否や、何故かナマエと付き合い始めたことが周知されており、クラスメートやら担任やらが口々に祝福してきたのだった。
自分は誰にも言っていないし、ナマエもごく一部の友達にしか話していないという。
更におかしなことに、付き合う以前から自分が片思いしていたという経緯まで知れ渡っているらしく、金属バットはより一層混乱した。
用務員のおじさんにまで「やっと付き合うことになったんだって?おめでとう」と微笑まれ、なにか厄介な能力を持った怪人の仕業ではないかと真剣に疑った。
真相はどうあれ、皆冷やかしたりせず暖かく見守ってくれているのはありがたいが、いろいろと筒抜け過ぎだとは思う。
この調子では、うっかり相談などした日にはホームルームの議題にされかねない。
(でも他に相談できそうな奴もいねえし…)
ゼンコのピアノの先生など身近に助けてくれる大人はいるものの、子供の頃からの付き合いなのでこういった類の話はしにくい。
本人は興味津々だが、ゼンコも同様の理由で選択肢から外れる。
妹と二人暮らし、自分でなんでも解決してきたが、ここへきて思わぬ障壁にぶち当たっていた。
(問題はミョウジがどう思ってるかなんだよな)
正直なところ、金属バット自身は現状に不満があるわけではない。
ゆくゆくは漫画で読んだようなあれやらそれやらができたら、と一人夢想してはいるものの、いざナマエに会うとそんな不埒な思いはどこかへ消え去ってしまう。
自分と一緒にいる時には僅かに色付く頬や、以前よりもよく見せるようになった笑顔に、ああこいつは本当に俺のことを好きなんだな、とじんわり温かな感情が込み上げ、それだけで金属バットの心は満たされるのだった。
しかし、ナマエの方はどうだろうか。
同じく誰かと付き合った経験はないそうだが、彼女なりに恋というものに対する理想があるかもしれない。
一般的に女の方が恋愛事に関心が高いのは、まだ小学生である妹を見ていてもわかる。
友達だった頃と大して変わらない今の関係に、内心ガッカリしてはいないだろうか。
(あーもう何をウジウジ悩んでんだよ俺は!)
元々考え込むのは得意ではない。
にもかかわらず、こうして何も行動できずにいるのは、ひとえにナマエに格好悪いところを見せたくないからである。
女々しいことこの上ない。
しかし初めてできた彼女で、ずっと好きだった相手には良く思われたいのも事実なわけで。
苛立ちに鋭くなった眼光を見て、たまたま前を通りがかった他のヒーローが小さく悲鳴をあげて去っていく。
それにも気付かず金属バットが悶々としていると、そこへ声をかけるものがいた。
「あっ金属バットさんじゃないスか。チッス」
「あ?…なんだ、お前らか」
振り向いたガラの悪さにも怯まない二人組は、B級ヒーローパイナップルとC級ヒーローモヒカンだった。
お疲れ様っす、ときっちり頭を揃えて下げる二人に戸惑いつつ、おう、と返答する。
金属バット自身は彼らのことを認識していなかったのだが、どうやらヒーローになる以前からこちらのことを知っていたらしく、こうして顔を合わせる度に舎弟のように挨拶してくるのだった。
怪人以外にも妙な輩が少なくない世の中で、何事も腕力で解決する性分の金属バットは、通りすがりに人助けをしたり、降りかかる火の粉を払ううちに、素行の良くない連中の中で名を知られるようになっていたらしい。
見た目に違わず元ヤンキーである二人も、そういった経緯で自分のことを知ったようだが、その頃の大暴れが原因で『ゼンコの前で暴力を見せない』という家庭内ルールが作られたこともあり、金属バット本人としては過去のあれこれを持て囃されるのは複雑な心境だった。
「今日はどうしたんスか…はっ、もしや幹部共をシメに…!?」
「んなわけねぇだろ!野暮用だよ」
一体どういうイメージを持たれているのか。
質問したモヒカンは特に悪気なく、あっそうなんスか、と意外そうな顔をした。
「俺らと違ってS級は上からうるさく言われないし、本部に用とかないのかなと思ってたんで」
その言葉をきいて、金属バットはハタと気付いた。
(こいつらに訊いてみりゃ良いんじゃねぇか…?)
『ヒーロー協会関係者』というと、同ランクの個性的過ぎる面々が真っ先に思い浮かぶこともあり、最初から相談相手の選択肢には入れていなかった。
しかしA級以下のヒーロー達ならば、比較的普通寄りの感性を持っている。中には彼女持ちもいるかもしれない。
それにプロヒーローという立場ならではの恋愛事情をきいておくのも、今後の参考になりそうである。
金属バットはひとつ咳払いをした。
「あー、あのよ。ちょっといいか?」
「な、何すか?」
何を言われるのかと二人は畏まっている。
「お前らに折り入って相談したいことがあるんだけどよ…」
「金属バットさん、まさか…」
モヒカンとパイナップルは俄に気色ばんで顔を見合わせた。
「殴り込みっスか!?」
「全国統一っスか!!」
「バッカちげえよ!!つーか声でけぇ!!」
口々に叫ぶ二人を思わずシバき倒し、周りを気にしつつ金属バットも声を潜める。
「ヒーローが自分から揉め事起こしてどーすんだよ、アホか!」
「す、すんません」
本当にどういうイメージを持たれているのか。
考えるよりぶん殴った方が早いとは思っているが、自分は基本的には平和主義のつもりだ。
というかそんなことは今どうでも良い。
「んじゃあ、俺たちに相談したいことっていうのは一体…?」
不思議そうな顔をしている二人に、改めて居住まいを正す。
「相談したいことってのはだな…その……お、女と付き合うって具体的に何をするもんなんだ…?」
「き、金属バットさん…!」
二人は再び顔を見合わせた。
「青春っスか!?」
「お年頃っスか!!」
「だから声がでけぇっつってんだろ!!」
いい加減不審に思い始めた周囲の視線を感じ、ちょっと来い!と二人を連れて人の居ない非常廊下付近へ向かう。
「この辺なら良いか…つぅかお前らいちいち騒ぎすぎなんだよ!落ち着いて話も出来やしねえ」
「す、すんません…あまりにも意外だったもんでつい」
まだ驚愕覚めやらぬのかまじまじと見つめられ、金属バットは頭をかいた。
「あー、おう…あんまこういう話できそうな奴周りにいなくてよ」
「S級っすもんね…」
学生でありながらS級ヒーローという、人知れぬ苦労も多いだろう立ち位置に、二人は同情したような気持ちになった。
「んで、彼女ができたんすか?」
「お、おう、実はな…」
三人ともその場にヤンキー座りでしゃがみ込み、真剣な表情で話し合う。
その光景はどうみても『溜まり場』だったが、話の内容は恋バナである。
「…というわけなんだがよ」
「ははぁ…」
話を聞き終わると二人はううんと唸った。
先陣をきってパイナップルが遠慮がちに口を開く。
「今の話の内容だと、俺には十分付き合ってるように思えるっすけど…」
「そ、そうかぁ?」
「元々友達だったならそんなもんじゃないすかね」
元ヤンということもあり、もっと爛れた男女交際の実態も知ってはいたが、金属バットの想像以上の純情さに、余計な口出しはすまいと思うパイナップルだった。
「別に、付き合ったから何をしなきゃいけないってわけじゃないスよ。もしその、彼女さんが現状に不満があるならアレですけど…」
「あっ俺もそこは大事だと思う」
話をきいていたモヒカンが唐突に横から口を挟んだ。
「女ってちょっとしたことで機嫌悪くなるじゃないスか。俺らC級だと週一のノルマがあるんで、ファンの子に告られて付き合ったけどロクに会えないでいる内にいつの間にか振られてたとかちょいちょい聞くっスよ」
「マ、マジかよ…!」
一気に青くなった金属バットをフォローするように、パイナップルは相棒を小突いた。
「バカお前、バットさんの彼女さんがそうとは限らねえだろ」
「でもよぉ、女の怒りはバーゲンセールって言うじゃねえか」
「それを言うならポイント制だろ」
「おい、何だよそのポイント制ってのは」
だんだん話の主旨がズレていく中、結論として『1.現状に不満がないか訊いてみる 2.もしあるならばできる限り希望を叶える』と言ったところに落ち着いた。
「ありがとよ…世話んなったな」
何やら使命感を背負って去っていく金属バットの背中を、二人は心配げに見送った。
「俺ら役に立ったか…?」
「いや、あんまし…」
ともあれ、伝説のヤンキーのあまりにもピュアな恋路の行方を祈らずにはいられない二人だった。
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