遠きにありて
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休み時間、廊下で友だちと喋っていたナマエは、突然声をかけられて飛び上がった。
「ナマエさん」
凛としてよく通る声だ。
友人達がいっせいに色めき立ち、ナマエの後ろを目を輝かせて見つめている。
その様子だけで誰なのかがわかった。
落ち着け、深呼吸、と密かに準備をする。
「ど、どうしたのジェノスくん、こんなところで」
上擦る声で応えながら振り返ると、そこには果たして、部活仲間のジェノスが立っていた。
「今日の放課後なんだが、もし手が空いていたら付きあってもらえないか」
プログラムの微調整をしたい、顧問の許可は取ってある、という声を聞きながらナマエは我知らずぼうっとしてしまう。
入学したばかりの頃、絵本に出てくる王子様みたいに綺麗な子がいる、と女子の間で注目を集めていた彼は、この二年の間に背が伸びて顔立ちも男らしくなり、以前とは違った意味で女子からの視線を一身に受けていた。
初夏の日差しが金の髪に当たってきらきらと踊る。
すっきりと伸びた首筋が夏服のカッターシャツの白に映えている。
その様を呆けたように見つめていると、凛々しい眉根が僅かに寄せられた。
「ナマエさん?都合が悪いなら断ってくれて構わないが…」
ハッと正気に戻り、慌てて首を横に振った。
「あっぜんぜん大丈夫!都合悪くないよ!」
「そうか。じゃあまた放課後に部室で」
「あ、うん。またね」
用が済むとジェノスは速やかに去っていった。
その後ろ姿が廊下の角を曲がるか曲がらないかのうちに、ナマエはタックルを食らったような衝撃を受けた。
「キャー!今日もかっこいい〜!!」
「ゴフッ」
うめき声をもらすナマエにも構わず、抱きついてきた友だちは興奮状態のままきゃあきゃあと騒いでいる。
ナマエたちばかりでなく、その辺り一帯の女子が頬を紅潮させて囁やきあい、反対に男子はなんとなくやさぐれた表情をしている。
「あーあ、良いなナマエちゃんはー。部活でも話したりするんでしょ?」
「アドレスとかも教えてもらってんじゃないのー?」
好奇心半分、恨めしさ半分といった顔で小突いてくる友だちの攻撃を避けながら、ナマエはなんでもない風を取り繕った。
「うち携帯持たせてもらえないの知ってるでしょ。それに話っていってもロボットのことばっかりだし、ぜんぜん皆が思ってるようなことはないから」
なんだつまらない、と関心をなくした友人達にほっとする。
実は、携帯は持っていないがパソコンのメールで何度かやり取りをしたことはあった。
といっても家族共用のパソコンで、内容もデータや図面の受け渡しといった色気のないものばかりだ。
しかしそれでも、ジェノスからのメールが届くと自然とナマエの胸は高鳴るのだった。
父親がエンジニアをしている影響で、昔から機械弄りに馴染みがあったナマエにとって、『ロボット研究会』という部活動の存在はこの上なく魅力的に映った。
部員の割合は圧倒的に男子の方が多かったが、それが入部を諦める理由にはならず、わくわくしながら向かった部室に、例の『王子様』がいたのだった。
当時ナマエよりも身長が低く、体格も華奢だった彼は、見た目のかわいらしさに反して意思が強く、はっきりと物を言う質だった。
上級生や教師相手でも引くことはなく、また自分のアイデアを実現させるだけの技術や根気もあったので、瞬く間に中心的存在となった。
そしてナマエも、いつしか憧れや尊敬を抱くようになっていた。
ジェノスが綺麗なのは、見た目や整っていることもあるが、何よりその在り方が美しいのだ、とナマエは思う。
彼の意思の強さは部内に限ったことではなく、皆が見て見ぬふりをするようなことでも、間違っていると思えば迷わずつっこんでいく。
そのせいでいわゆる不良グループから目をつけられ、体が小さい内は怪我をすることもあった。
しかし、彼の心が折れることはないのだった。
ジェノスくんはかっこいいだけじゃない、すごい人なんだから、と急に彼を持て囃すようになった同級生たちに言ってまわりたくなることもあるが、ナマエ自身も男らしさが増した近頃のジェノスにはドキドキさせられっぱなしだ。
ホームルームが終わり部室へ行くと、先にジェノスが作業を始めていた。
機体の繋がれたパソコン端末を弄っている。
「遅くなってごめん」
ジェノスはちらと目をあげてナマエを見た。
「前回のテストでいまいち精度が良くなかったから、少し書き換えをしてみたんだが」
「それがうまく動くかだね」
ジェノスはロボット制御のプログラミングを担当する班で、ナマエは機体の設計、制作を担当する班だ。
軽く動かすだけなら二人いれば事足りる。
秋にあるロボットコンテストの中学生の部には毎年出展しており、今年もエントリーしていた。
今回のテーマである『エコロジーとロボット』に向けて、街の清掃ロボットを制作中だ。
センサーで資源ゴミを識別して自動で分けて回収できるものにしよう、というのがアイデアのポイントだった。
たくさんアームがついた機体を作動させる。
進路方向へ動きながら、テスト用に用意した紙、金属、ガラス、プラスチックなどを次々拾い上げ、ボディのセンサーで感知した通りに回収ケースに放り込んでいく。
しかし、形状によっては掴み損ねたり、分別がうまくいかなかったりしている。
一旦動作を止めて、ロボットに近寄り確認する。
「うーん、動きの加減でセンサーが感知しないことがあるのかな…関節部分の材質を変更してみるとか」
アームを手動で動かしていると、関節部をよく見るためにジェノスがぐっと顔を近づけた。
整った面差しがすぐ近くに迫る。
さっきから感じていた、制汗剤のような爽やかな匂いが強くなった。
「どうだろうな。それよりもセンサーの回路を改良できないか考えてみた方が良い気もするが…」
いつもはよく響く声はわずかに潜められている。しかし、この距離ならはっきりと聞きとれた。
急に部室内に二人だけなことを意識して、心臓が激しく脈を打ち始める。
石化したように固まっていたナマエの体は、ふっとジェノスの気配が離れていったのを契機に、動きを取り戻した。
「また部活の時に皆にも相談してみよう」
「は…あっ、うっ、うん!そうだね」
その後も何度かテストをして、片付けをしてから二人は学校を出た。
途中まで通学路が同じなので、成り行きで一緒に帰る形になる。
今までも部活終わりに皆で固まって帰ることはあったが、二人きりになるのは初めてかもしれない。
相変わらず口数の少ないジェノスと、ようやく日が傾き始めた町並みを歩きながら、ナマエは内心緊張していた。
「ジェ、ジェノスくんはもう進路面談終わった?」
黙っているのもなんなので、当たり障りのない話を振ってみる。
今年は3年生なので、進路のことは周りでもちらほらと考え始めている人がいた。
「ああ。N大附属へ行きたいと話した」
「えっ、もう志望校まで決めてるんだ」
しかもN大附属高校というと市内の名門校だ。
驚くナマエに、ジェノスは頷いた。
「ずっと前から決めてたんだ。持ち上がりでN大へいくにしても、他を受験するにしても、工学系に強いところだから」
将来はロボット工学の研究者になりたい、と話すジェノスにナマエは感心しきりだった。
「ジェノスくんは頭良いもんね」
さすがだね、といつも彼の名前が載っている上位成績者の張り紙を思い出していると、今度はジェノスが口を開いた。
「…ナマエさんは将来ロボット工学の分野に進む気はないのか?」
「えっ」
思わぬ質問に言葉を詰まらせる。
自分はというと、今の部活動は楽しいけれどそれを仕事にする程の熱意や才能があるかと言われると微妙だし、何より学力という大きな問題が立ち塞がっている。
「興味はあるけど、でも私なんかでやってけるのかなーなんて思っちゃって…ついでに成績もそんな良くないし」
はは、と笑い交じりに返すと、ジェノスは何事か考えていた後、ナマエの顔を見ながら言った。
「そんな風に自分を卑下することはない。ナマエさんは部活でだってちゃんと役割をこなしているだろう」
ひどく真剣な顔で見つめられてどきまぎしてしまう。
彼は些か冗談が通じないところがあるというか、何事も真剣に捉える性格なので、謙遜するナマエを元気付けようとしてくれているのだろう。
そうわかっているけれど、こうして直球で褒められると舞い上がってしまいそうになる。
ありがとう、とぎこちなく礼を言うのがやっとだった。
なんとなく浮き足立った気持ちのまま歩く。
しばらくしてから、再びナマエは口を開いた。
「…具体的な進路は決めてないんだけど、やってみたいなって思ってることはあって、」
まだ誰にも話したことはない、秘かな夢だった。
「大陸外の調査で、無人探査機が使われてるじゃない?そういうのを作る仕事に関われたら良いなって」
現在人類が生活するサイタマ大陸の外は、前時代の争いの影響で荒れ果て、居住は不可能とされている。
しかし、近年怪人などの敵性生物の発生や、人心の荒廃による治安の悪化により、再び大陸外に目を向ける動きが生まれていた。
使える資源は残されていないのか、また、万が一人の住める土地があれば。
実情はそんな藁をも掴むような話だったが、中学生のナマエにとってはまた違った風に見えた。
元は人が住んでいたとはいえ、時が流れた今となってはいわば『未開の地』だ。
引き継がれなかったテクノロジーの痕跡が残されていたり、人類の手が入らないことで、独自の生態系が築かれているらしいともきく。
そんな怪しげな雑誌の記事にも、ナマエの胸は高鳴った。
「それで、もしも自分が作ったロボットで人が住めるような場所だとか、役に立つものを見つけられたら、大発見だし嬉しいだろうなーって」
「いや、それは限りなく不可能に近いと思う」
フワフワとした夢の計画がズバリと引き裂かれ、ナマエは固まった。
「まず放射性物質の半減期から考えて、南半球への居住は生身では絶望的だ。更に現在調査が進められている付近の大陸についても、探査機の帰還率の低さからして相当過酷な環境であることが伺える。
技術者が同行できない以上、動力を自力で生み出す機関の開発でもされない限りそもそもの調査自体が立ち行かない――」
流暢に大陸外調査の厳しい現状を語っていたジェノスは、ナマエの青ざめた顔色に気づいたらしくピタリと口をつぐんだ。
「…まぁ、可能性がゼロとは言い切れない…かもしれない」
微妙なフォローの言葉にナマエは乾いた笑いを返した。
「はは…良いんだ、ごめんね私…こんな夢みたいな話…馬鹿だよね…」
「いや…夢をみるのは悪いことじゃない」
気まずい空気が漂ったまま、いつの間にか帰り道が分かれる場所まで来ていた。
せっかく好きな人と二人になれたのに、調子に乗って話さなくて良いことまで話してしまった。
そう後悔しつつナマエが別れの挨拶をしようとすると、立ち止まったジェノスがおもむろに口を開いた。
「もし、将来ナマエさんも同じ進路に進むことがあったら、」
目を丸くするナマエにジェノスはわずかに表情を緩めて言った。
「一緒に研究ができたら良いな」
「えっ!?」
もしかしたらそれは、先ほどうっかりやり込めてしまったことへの詫びも含めた、社交辞令だったのかもしれない。
それでも、ナマエの心を再び浮上させるには十分過ぎる言葉だった。
「そ!そんな私なんてぜんぜんジェノスくんと並べるほどにはもうぜんぜん、でもそんな風に言ってもらえるなんて、ちょっと勉強頑張っちゃおうかなーなんてえへへ」
顔に急速に熱が集まっていく。
あたふたと言い繕うナマエを、ジェノスはなにやら珍しい生き物を見るように戸惑いと共に見つめていた。
やばい、私テンパり過ぎて不審者になってる、とどうにか気持ちを落ち着ける。
「ま、まあとにかく、受験の前にまずはコンテストだよね」
「それもそうだな」
サラっと流されたのに安心するやら哀しいやらだ。
「頑張ろうね」
「ああ」
また来週、と手を振ってジェノスと別れたナマエは、周りに誰もいなくなると小走りで家へ向かった。
本当ならスキップしたいところだが、さすがにそれはやめておいた。
(うわぁーあんなこと言われちゃった)
一緒に研究ができたら良いな、なんて。
社交辞令だとしても、少しでもそう思ってくれていたのだとしたら。
憧れのジェノスからの思わぬ言葉に、天にも登るような気持ちだった。
緩んだ顔のまま家に辿り着くと、母親が不思議そうな顔をした。
「どうしたの、帰ってくるなりにやにやして」
「別にー」
その横をすり抜けて自室へ行こうとすると、後ろから母親の声が飛んだ。
「あんた明日出掛ける準備したの?お土産もあるからね、要らないものばっかり持ってっちゃ駄目よ」
「今からやるよ」
そうだった。明日は楽しみにしていた、オープンキャンパスの日だ。
他市にある私立の工業系の学校。
お金持ちの家の子がいくところだけど、校内の設備やどんな授業をしているのか見てみたくてわがままを言った。
そのついでに、親戚の家へお使いに行くことにもなったけれど。
「企業とも提携してるから、本格的な工作設備とかもあるんだって」
「良いなぁ、父さんも休日出勤がなかったら付いていったんだけどな」
代わりにしっかり見てきてくれよ、という父親に母親が呆れ顔をする。
「何を言ってるんですよまったく…ナマエ、わかってると思うけど見学だけだからね。あそこの学費払おうと思ったらうちは火の車だわ」
「わかってるよぉ」
「まあそう言うなよ母さん。ナマエがどうしても行きたいなら考えてみても良いんじゃないか?なぁに、金のことなんかどうにでもなるさ」
「もうまた適当なこと言って」
賑やかな夕食もおわり、翌朝ナマエは両親に見送られて家を出た。
オープンキャンパスで充実した設備に胸を奮わせ、久しぶりに会った従兄弟達と話が弾んだ。
そうしてまた明日には家へ帰り、学校へ行く。
特別素晴らしいわけではない、でもナマエにとってはかけがえのない大切な日々だった。
崩壊は突然に訪れた。
夜明け前、どこか遠くの方で地響きのような音がして、ナマエは薄目を開いた。
なんだろう、と不思議に思って体を起こすと、同じ部屋で寝ていた従姉も目を覚ましていた。
「なんか今、大きな音したよね。地震?」
「わかんない…」
携帯を弄っていた従姉は、でも速報出てないや、と首を傾げた。
朝になったらニュースが出るかもしれない、と言い合ってまた眠りについたナマエは、翌朝居間の方でみんなが騒いでいるのに気づいて飛び起きた。
「何だこりゃ、何が起きてるんだ、焼け野原じゃないか」
「あなた、お義兄さんの携帯にも繋がらないわ」
「一体どうなってるの?」
叔父一家が囲んでいるテレビには、上空からの映像らしきものが映っている。
しかし、その地上は一面焦土と化して瓦礫の山だった。
寝起きの頭にはただただ現実感のない光景を、言葉もなく見つめる。
まるで映画の背景のようなその中に、地元のランドマークである尖塔の残骸を見つけたのと、真っ青な顔をした従姉が振り返ったのはほぼ同時だった。
「あっ、ナマエちゃ…」
反射的にその場を駆け出していた。
寝巻きのまま裸足で道路に飛び出す。
ナマエの街の方角であがる煙がこの場所からも見え、近隣の住人達が眺めていた。
無我夢中で走り出そうとして、力強い腕に引き止められる。
「駄目だ!ナマエちゃん!!」
「家へ戻るのよ!」
「離して!嫌だ、お父さんが、お母さんが、」
力の限り叫び、暴れながら、涙でぼやける視界の中、もうもうと空に上り続ける黒い煙を見つめる。
嘘だ。こんなのは嘘だ。
昨日家を出た時だっていつもと変わらなかったじゃないか。
信じられない。信じたくない。
もがくうちに、いつの間にか意識を失っていた。
それから後のことはよく憶えていない。
叔母の話によれば、一日中横になったまま殆ど何も食べず、話し掛けてもぼうっとしているような状態だったらしいが、その間の記憶は未だに抜け落ちている。
ナマエが思い出せるのは、夢の中の光景だった。
気がつくと、どこか知らない道に一人で立っている。
そして唐突に家へ帰らなければ、という思いにかられて歩き出す。
遠くに見慣れた街並みが見える。
焦燥感に煽られ足を早めるのだが、なぜか一向に近づかない。
ついには駆け足になり、息を荒げながら懸命に走っても、どうしても辿りつけない。
そして、誰かに呼ばれて目を覚ますと、大抵そこは親戚宅の廊下や玄関口で、心配そうな顔がこちらを覗き込んでいる。
無意識に彷徨い歩くナマエに、皆沈痛な面持ちで言い聞かせた。
「もうナマエちゃんの住んでいた家はないんだよ。なくなってしまったんだ」
「嫌だよ家へ帰りたいよ。お父さんとお母さんに会いたいよ」
壊れたように泣きじゃくる姪を見かねて、叔父夫婦は専門家に相談をした。
適切な治療と時間の経過により、ショックと悲しみで雁字搦めだったナマエの心は次第に解きほぐされていった。
事件後立入禁止区域となり、代わりに建てられた慰霊碑にも足を運んだ。
そうして少しずつ、ナマエは現実を受け入れていった。
それでも、故郷の存在を完全に過去のものにすることを、心のどこかで拒んでいた。
両親や友だちが生きていたことを憶えているのは自分だけしかいない。
ナマエがそれを忘れてしまったら、みんなもうどこにもいなくなってしまう。
それはナマエにとって本当の恐怖だった。
思い出を捨てて生きていくことなんかできない。
前になんか進みたくない。
けれど、兄さんの忘れ形見だから、と実の子と変わりなく面倒を見てくれた叔父夫婦や、厄介者でしかない自分を嫌な顔ひとつせず受け入れてくれた従兄弟たちのことを思えば、その本心を表に出すことはできなかった。
もう戻らない過去に固執することに、虚しさを感じているのも事実だった。
身体が回復し、興味のあった機械工学を学んでみたい、と言うと周りは諸手をあげて歓迎した。
思い出しても辛いだけの過去よりも、これからのことを考えるのが正しいのだ。
それに、どれだけ大切に憶えていたところで、もうその記憶を共有できる人間はいない。
いつしか、ナマエは自分の中にある空白から目を逸らすことを覚えた。
向き合うことも、完全に捨て去ることもできない。
そんなナマエを責めるように、新しい生活に馴染んでからも、故郷の夢を見た。
どうやっても帰れないことをもう知っていたから、夢の中のナマエは懐かしい街並みを遠くから眺めるだけだ。
諦めと喪失感を持て余しながら、日々をやり過ごしていた。
だから、テレビでジェノスの名前を耳にした時には信じられなかった。
全身サイボーグの姿に戸惑いはしたものの、それよりも会って確かめたいという気持ちが勝った。
もし、彼が自分の知っているあの『ジェノス』だったら。
自分のことを憶えていてくれたら、いや、忘れていたって構わない。
過去に繋がる断片を掴もうと必死だった。
そして、再会したジェノスは、冷静で物静かで、真っすぐに背筋の伸びた昔の彼のままだった。
憧れの少年が、そのまま逞しく成長した姿をしていた。
愛おしい思い出達が、郷愁の念と共に一気に蘇った。
ナマエは、ホテルのベッドに体を投げ出し、冷たいシーツに顔を押し付けた。
ぎゅっと目をつむった。
――みんなみんな、忘れてしまうべき過去なんかじゃない。
だってジェノスがいる。
閉じた眼から、じわりと涙が滲んだ。
溢れる感情の名前もわからないまま、ナマエはベッドに突っ伏していた。