消えない炎
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※幼なじみ設定、捏造多数
「ちょっとナマエ、雨降ってきたから看板をしまってちょうだい」
母親の声に顔をあげると、いつの間にか降り出したらしかった。
テーブル上の空になった食器を重ねる手を止め、ナマエは店先へ向かった。
昼飯のピーク時を過ぎて、中華料理屋の店内は閑散としている。
そうでなくとも、最近は客足が落ちていた。頻発する怪人災害のことを思えば、顔を見せなくなった常連客のことは責められない。
ナマエは建て付けの良くない引き戸に手をかけた。力を込めるまでもなく、軽い手応えで戸は開き、顔をあげると幼なじみが立っていた。
「いらっしゃい」
ナマエが体を傾けて出迎えると、ああ、と無愛想に返して彼は暖簾をくぐった。
プロヒーローであるこの幼なじみは、いつも怒ったような顔をしている。
実際のところ怒りっぽい性格ではあるのだが、彼が他人に理不尽な憤りを向ける人間ではないことは、長い付き合いでよくわかっていた。
言いつけ通りに軒先に置いた古びた木製の看板を片付けて戻ると、カウンター席に着いた幼なじみ──ヒーロー名をブルーファイアという──は料理が出てくるのを待つ間、ナマエの母親から絶え間なく話し掛けられ、やや閉口した様子だった。
話し好きな方ではないのだから、いい加減質問責めにするのは止めてあげれば、と思うのだが、母親という人種は顔見知りの若者と見れば何かと声をかけずにいられないものらしい。
「じゃあ、怪人駆除でお昼食べ損ねたの?相変わらず大変ねぇ」
「食べ損ねたってほどじゃ…比較的速やかに片付いた方だ」
「たくさん食べなさいよ、体が資本なんだから」
ナマエが途中になっていたテーブルの片付けを終えると、餃子定食セットの前菜であるキクラゲのスープとつけ合わせの炒飯が、ちょうどできあがったところだった。
盆に載せて運び配膳して、幼なじみの右隣の席に腰掛けた。
もともとの利き手では無い左手で持った蓮華で、ブルーファイアは危なげなくスープを口に運んでいる。
「怪人って※市の?」
先ほど災害チャンネルで見たのを思い出しながら問いかけると、ブルーファイアは食事の合間に頷いた。
「こっちに戻ってくるまでお腹空いたでしょ。途中で食べてくれば良かったのに」
「親父の調子が良くないから、様子見がてらだ」
「あら、そうなの?ちょっとナマエ、あとでおかず持ってってあげなさい」
それをきいてブルーファイアは遠慮する様子を見せたが、結局は押し切られている。
ヒーロー協会本部にできたマンションにブルーファイアが移り住んでからというもの、一人で生活している彼の父親のことはナマエの一家も気にかけていた。
スープと炒飯が半分程、ブルーファイアの腹に収まる頃には、メインの餃子が出来上がった。
旺盛な食欲で平らげていくのを見て、人間の体というものは本当に頑丈だ、とナマエは思った。
食事に集中する彼の中華服の右袖は、不自然に質量を欠いてはためいている。病院で初めてその姿を見た時には、もう駄目だと思ったものだが、いつの間にかそれは見慣れた光景となった。
不意に、ブルーファイアが煽ろうとしたグラスの中身がもう僅かなことに気づいて、ナマエは水の入ったピッチャーを取り上げた。席を立って反対側に回り水を注ぐ。
「はい、お水」
「…悪い」
片腕を失ってからというもの、こうしてナマエが気遣うような素振りを見せると、決まってブルーファイアは気まずそうな顔を見せた。
それがヒーローとしての矜持からくるものなのか、昔から意地っ張りなところのあった幼なじみの性分であるのかは、未だに判別がつかないでいる。
ナマエの店での昼食が済むと、二人は連れ立ってブルーファイアの実家へ向かった。
煙るような小雨の中、傘を差して寂れた路地を進む。
「おじさんの具合どうなの?」
「いつもと同じ、腰痛だ」
「何か困ってるならうちに連絡くれたらいいのに」
「…親父も頑固だからな」
その感慨が二重の意味を含んでいることは、すぐにわかった。
ヒーロー協会本部の居住区には、そこに住み警備を勤めるヒーローの血縁者も住まわせることが許可されている。
しかし、彼の父は再三にわたって移住の説得をされても、頑として首を縦に振らないのだった。
年配の者ほど住み慣れた土地を離れたがらない。取り分け、古くから住み続けている者が多いこの地では、未だに他の街へ移り住むことへの抵抗が根強く残っていた。
「お前も早めに住処を移した方が良い。最近は怪人の発生件数が増えて、パトロールまで手が回らないんだ。どうしても人口の多い土地が優先されるからな」
「うん、わかってる」
そう答えながら、自分もまた簡単にはこの場所を捨てられないだろう、とナマエは思った。
主人を失って久しい駄菓子屋は、子どもの頃何度も二人で空腹を満たしに訪れたものだった。廃材置き場になっている公園では、初めて彼の炎を使った技を見せてもらった。
そこかしこに思い出が染み付いている。
並んで歩いていると、ふとブルーファイアが何やら難儀しているのに気づいた。
見ると傘を持った左手側の袖がずり下がっており、煩わしいらしい。風雨に煽られるそれに苛立った様子でいる。
「貸して」
立ち止まって左袖に手を伸ばし、肘の辺りまで捲りあげると、彼の武器である火炎放射器が顕わになった。
技術者であるブルーファイアの父親の作品でもあるそれは、彼とこの地を繋ぐ絆のようにも、彼をヒーローという立場に縛りつける鎖のようにも思えた。
どちらにしろ大切なものであろうそれに触れることをナマエは戸惑ったが、ブルーファイアは何も言わなかった。落ちてこないように袖を捲った位置で固定する。
「…右腕、義肢にしないの?」
答えはわかりきっている。
それでも折に触れて、ナマエは同じ問いかけを繰り返した。
子どもの頃よりもずいぶん位置が上になってしまった顔を見上げると、ブルーファイアもまたナマエを見ていた。
薄青い雨のカーテンの中で、澄んだ瞳の白眼の部分が冴え冴えと光っている。
「ナマエ、言っただろう。これは俺にとっての戒めなんだ」
彼が右腕を失った経緯について、ナマエは詳しいことは聞かされていない。
ヒーロー協会が秘密裏に開いた会合での出来事だったらしいその事件は、その後世間を震撼させた『怪人協会』によるテロに連なるものだったこともあり、秘密裏に処理されていた。
ナマエが自分の目で見たのは、知らせを受けて駆け付けた病院で対面した、片腕をなくした幼なじみ、という結果だけだった。
そしてそれが、彼のヒーローとしての在り方を大きく揺るがすものだったということも。
消えかけた炎がより一層燃え盛るように、傷口が塞がると、ブルーファイアは以前にも増してヒーロー活動に入れ込むようになった。
住み慣れた地を捨て、片腕のハンデを補うよう体術を鍛え、日夜怪人駆除の依頼に奔走する幼なじみとの距離は、否応なしに遠ざかった。
『もうやめなよ、ヒーローなんか』
あの日、病室で泣きじゃくるナマエを不器用に慰めたブルーファイアは、しかし自分の意志を決して曲げようとはしなかった。
止めるにはもう遅過ぎたのだ。
いつならば間に合ったのだろう、とナマエは時々考える。
彼がプロヒーロー試験に合格した時か。
それよりも前、増え続ける怪人の蛮行に憤り、闘う術を身に付けようと躍起になっていた頃か。
それとももっと幼い頃、彼の母親が怪人災害によって負傷し、命を落とした時か。
でも過去に戻ってやり直したところで、結果は変わらなかっただろう。
きっと必然だったのだ。
ブルーファイアは着実に実績を重ね、瞬く間に高ランクへと登り詰めた。
己の信じる正義、それだけの為に。
人類の置かれた状況は転がるように悪化していく。
彼の内に燃え盛る炎は、これからも消えることはない。
(だけど、いつか)
いつか、平和な世の中になれば。
彼はまた、ここへ戻ってきてくれるだろうか。
「泣くな、ナマエ」
ブルーファイアは残された右の上腕で、寄り添うナマエの体をそっと抱き止めた。
子どもの頃と変わらないその温もりが、優しくて悲しかった。
「ちょっとナマエ、雨降ってきたから看板をしまってちょうだい」
母親の声に顔をあげると、いつの間にか降り出したらしかった。
テーブル上の空になった食器を重ねる手を止め、ナマエは店先へ向かった。
昼飯のピーク時を過ぎて、中華料理屋の店内は閑散としている。
そうでなくとも、最近は客足が落ちていた。頻発する怪人災害のことを思えば、顔を見せなくなった常連客のことは責められない。
ナマエは建て付けの良くない引き戸に手をかけた。力を込めるまでもなく、軽い手応えで戸は開き、顔をあげると幼なじみが立っていた。
「いらっしゃい」
ナマエが体を傾けて出迎えると、ああ、と無愛想に返して彼は暖簾をくぐった。
プロヒーローであるこの幼なじみは、いつも怒ったような顔をしている。
実際のところ怒りっぽい性格ではあるのだが、彼が他人に理不尽な憤りを向ける人間ではないことは、長い付き合いでよくわかっていた。
言いつけ通りに軒先に置いた古びた木製の看板を片付けて戻ると、カウンター席に着いた幼なじみ──ヒーロー名をブルーファイアという──は料理が出てくるのを待つ間、ナマエの母親から絶え間なく話し掛けられ、やや閉口した様子だった。
話し好きな方ではないのだから、いい加減質問責めにするのは止めてあげれば、と思うのだが、母親という人種は顔見知りの若者と見れば何かと声をかけずにいられないものらしい。
「じゃあ、怪人駆除でお昼食べ損ねたの?相変わらず大変ねぇ」
「食べ損ねたってほどじゃ…比較的速やかに片付いた方だ」
「たくさん食べなさいよ、体が資本なんだから」
ナマエが途中になっていたテーブルの片付けを終えると、餃子定食セットの前菜であるキクラゲのスープとつけ合わせの炒飯が、ちょうどできあがったところだった。
盆に載せて運び配膳して、幼なじみの右隣の席に腰掛けた。
もともとの利き手では無い左手で持った蓮華で、ブルーファイアは危なげなくスープを口に運んでいる。
「怪人って※市の?」
先ほど災害チャンネルで見たのを思い出しながら問いかけると、ブルーファイアは食事の合間に頷いた。
「こっちに戻ってくるまでお腹空いたでしょ。途中で食べてくれば良かったのに」
「親父の調子が良くないから、様子見がてらだ」
「あら、そうなの?ちょっとナマエ、あとでおかず持ってってあげなさい」
それをきいてブルーファイアは遠慮する様子を見せたが、結局は押し切られている。
ヒーロー協会本部にできたマンションにブルーファイアが移り住んでからというもの、一人で生活している彼の父親のことはナマエの一家も気にかけていた。
スープと炒飯が半分程、ブルーファイアの腹に収まる頃には、メインの餃子が出来上がった。
旺盛な食欲で平らげていくのを見て、人間の体というものは本当に頑丈だ、とナマエは思った。
食事に集中する彼の中華服の右袖は、不自然に質量を欠いてはためいている。病院で初めてその姿を見た時には、もう駄目だと思ったものだが、いつの間にかそれは見慣れた光景となった。
不意に、ブルーファイアが煽ろうとしたグラスの中身がもう僅かなことに気づいて、ナマエは水の入ったピッチャーを取り上げた。席を立って反対側に回り水を注ぐ。
「はい、お水」
「…悪い」
片腕を失ってからというもの、こうしてナマエが気遣うような素振りを見せると、決まってブルーファイアは気まずそうな顔を見せた。
それがヒーローとしての矜持からくるものなのか、昔から意地っ張りなところのあった幼なじみの性分であるのかは、未だに判別がつかないでいる。
ナマエの店での昼食が済むと、二人は連れ立ってブルーファイアの実家へ向かった。
煙るような小雨の中、傘を差して寂れた路地を進む。
「おじさんの具合どうなの?」
「いつもと同じ、腰痛だ」
「何か困ってるならうちに連絡くれたらいいのに」
「…親父も頑固だからな」
その感慨が二重の意味を含んでいることは、すぐにわかった。
ヒーロー協会本部の居住区には、そこに住み警備を勤めるヒーローの血縁者も住まわせることが許可されている。
しかし、彼の父は再三にわたって移住の説得をされても、頑として首を縦に振らないのだった。
年配の者ほど住み慣れた土地を離れたがらない。取り分け、古くから住み続けている者が多いこの地では、未だに他の街へ移り住むことへの抵抗が根強く残っていた。
「お前も早めに住処を移した方が良い。最近は怪人の発生件数が増えて、パトロールまで手が回らないんだ。どうしても人口の多い土地が優先されるからな」
「うん、わかってる」
そう答えながら、自分もまた簡単にはこの場所を捨てられないだろう、とナマエは思った。
主人を失って久しい駄菓子屋は、子どもの頃何度も二人で空腹を満たしに訪れたものだった。廃材置き場になっている公園では、初めて彼の炎を使った技を見せてもらった。
そこかしこに思い出が染み付いている。
並んで歩いていると、ふとブルーファイアが何やら難儀しているのに気づいた。
見ると傘を持った左手側の袖がずり下がっており、煩わしいらしい。風雨に煽られるそれに苛立った様子でいる。
「貸して」
立ち止まって左袖に手を伸ばし、肘の辺りまで捲りあげると、彼の武器である火炎放射器が顕わになった。
技術者であるブルーファイアの父親の作品でもあるそれは、彼とこの地を繋ぐ絆のようにも、彼をヒーローという立場に縛りつける鎖のようにも思えた。
どちらにしろ大切なものであろうそれに触れることをナマエは戸惑ったが、ブルーファイアは何も言わなかった。落ちてこないように袖を捲った位置で固定する。
「…右腕、義肢にしないの?」
答えはわかりきっている。
それでも折に触れて、ナマエは同じ問いかけを繰り返した。
子どもの頃よりもずいぶん位置が上になってしまった顔を見上げると、ブルーファイアもまたナマエを見ていた。
薄青い雨のカーテンの中で、澄んだ瞳の白眼の部分が冴え冴えと光っている。
「ナマエ、言っただろう。これは俺にとっての戒めなんだ」
彼が右腕を失った経緯について、ナマエは詳しいことは聞かされていない。
ヒーロー協会が秘密裏に開いた会合での出来事だったらしいその事件は、その後世間を震撼させた『怪人協会』によるテロに連なるものだったこともあり、秘密裏に処理されていた。
ナマエが自分の目で見たのは、知らせを受けて駆け付けた病院で対面した、片腕をなくした幼なじみ、という結果だけだった。
そしてそれが、彼のヒーローとしての在り方を大きく揺るがすものだったということも。
消えかけた炎がより一層燃え盛るように、傷口が塞がると、ブルーファイアは以前にも増してヒーロー活動に入れ込むようになった。
住み慣れた地を捨て、片腕のハンデを補うよう体術を鍛え、日夜怪人駆除の依頼に奔走する幼なじみとの距離は、否応なしに遠ざかった。
『もうやめなよ、ヒーローなんか』
あの日、病室で泣きじゃくるナマエを不器用に慰めたブルーファイアは、しかし自分の意志を決して曲げようとはしなかった。
止めるにはもう遅過ぎたのだ。
いつならば間に合ったのだろう、とナマエは時々考える。
彼がプロヒーロー試験に合格した時か。
それよりも前、増え続ける怪人の蛮行に憤り、闘う術を身に付けようと躍起になっていた頃か。
それとももっと幼い頃、彼の母親が怪人災害によって負傷し、命を落とした時か。
でも過去に戻ってやり直したところで、結果は変わらなかっただろう。
きっと必然だったのだ。
ブルーファイアは着実に実績を重ね、瞬く間に高ランクへと登り詰めた。
己の信じる正義、それだけの為に。
人類の置かれた状況は転がるように悪化していく。
彼の内に燃え盛る炎は、これからも消えることはない。
(だけど、いつか)
いつか、平和な世の中になれば。
彼はまた、ここへ戻ってきてくれるだろうか。
「泣くな、ナマエ」
ブルーファイアは残された右の上腕で、寄り添うナマエの体をそっと抱き止めた。
子どもの頃と変わらないその温もりが、優しくて悲しかった。
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