ゾンビマンさんはなんでもできる
空欄の場合は ミョウジ ナマエ になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
思い思いに過ごす休日の午後。
恋人が飾り気のないツールボックスを手にソファに座ったのを目の端でみとめるや、うつらうつらとスマホを眺めていたナマエは機敏に体を起こした。
一見工具でも入っていそうな、無骨な道具入れ。
テーブルの上には布切れの山。
初めて目にした時は何が始まるのかと仰天したものだが、もう慣れっこだ。
ナマエはゾンビマンの隣に腰掛けた。
「またやるんですか」
「ああ。しばらく貯めてたから大漁だ」
そう言って布の山から引っ張り出したのは、肩のところが片方裂け、他にも細かい破れ、ほつれのある黒いタンクトップだ。
バリエーションを考えるのが面倒だから、と仕事着用に何着も所持している中の1枚。
ゾンビマンはツールボックスを開けると針と縫い糸を取り出し、器用に破損箇所を修復していく。
S級ヒーローは協会内でも破格の待遇の為、いくら捨て身の戦闘スタイルだからといって、その都度衣服を買い替えたとして、ゾンビマンの財布事情は痛くも痒くもないだろう。
にも関わらず、彼は少しの傷ならばこうやって自分で直すようにしている。
当然不思議に思ってナマエも訊いてみたのだが、ゾンビマン自身合理的な事情があるわけではないらしく、どこか言い訳するように彼は肩をすくめて言った。
「毎回自分だけ無傷なのが何となくイヤでな…少しでも無事なヤツは言わば生き残りというか、治してやりたくなる」
危ないから、とこれは近くで見せて貰えないのだが、同じく銃や斧といった武器類の手入れも彼は欠かさないようにしている。
多分、本人にしかわからないセンチメンタルな事情というやつなのだろうが、そうやって身の回りのものを大切に扱うゾンビマンを見るのが、ナマエは好きだった。
なので、彼が針仕事を始める時にはこうやって横にくっついて、ちくちくと手を動かす様子を眺めている。
最初のうちは「何が面白いんだ」と呆れていたゾンビマンも、今は気にせず手元に集中している。
「これは流石に…討ち死にだな」
「ダメージジーンズみたいでちょっとお洒落です」
「ああいうファッションは理解できないな。わざわざ破くなんて勿体ねえ」
嫌でも服がボロボロになる人間の気持ちなんてわからないやつが考えたにちがいない、と恨み言をいうので思わず笑ってしまった。
雑談をしながらも、無骨な手はよどみなく動いている。
料理といい、メイクといい、本当に何でもできる人だ。
ナマエが朝仕事用のシャツのボタンが取れて困っていた時も、貸してみろ、と言ってサッとつけてくれて、また好きになってしまったものだ。
そして後になってこれは女子としてどうなのか、と悩んだりもした。
自分でつけるとなぜかユルユルのぶらぶらになってしまう。
そんなことを考えていたら、ゾンビマンが何やら困ったように裁縫道具入れを探っている。
「参ったな…ちょうど良いのがない」
「どうしたんですか?」
みると、タンクトップではなく今度はヒーロー活動の時に穿いているズボンを手に取っており、つぎはぎの一部が破けて大きめの穴が空いている。
「当て布が要るんだがしっかりした生地のものが無くてな」
激しく動き回ることもある為、丈夫な生地が良いらしい。
それをきいてナマエは立ち上がった。
「なにか代わりになるのがあるかもしれません」
普段着ない服をしまい込んであるクローゼットへ行き、ごそごそとかき分ける。
奥の方から今は着ていないコートを見つけて取り出す。
冬用のものなので生地は分厚くしっかりしている。
しかし問題はその柄だった。
落ち着いた色合いではあるものの、チェック柄のほっこりしたデザインだ。
買った時はまさしくこの柄が気に入って購入を決めたのだが、あの黒いズボンのあて布には使えないだろう。
「こんなのがありましたけど…」
残念な気持ちで一応ゾンビマンにも見せにいく。
「まだ着られるコートじゃないか」
「もう着ないからそれは良いんですけど…でも柄が…」
ゾンビマンは確かめるように生地に触れたあと、なにやら頷いた。
「丈夫さは申し分ないな。それなら使わせてもらっていいか」
「えっ!?」
まさかの展開にナマエは目を剥いた。
「でも柄が…そこだけチェックになりますよ!」
止めといた方が良いのでは、と引き止めるが、ゾンビマンはあまり気にした様子もなく言った。
「仕事用の服だし実用性重視だ。元々つぎはぎだらけだしな…それに、」
ナマエの顔をみて、優しい笑みを浮かべる。
「せっかくお前が探してくれたんだ。使わない手はないだろう」
「ゾンビマンさん…」
恋人の思いやりを感じて胸がキュンとなる。
やっぱり彼は周りの物や人を大切にする人なのだ。
ナマエの提供したコートの生地は裁断され、破れた箇所を綺麗に塞いだ。
ほとんど目立たないが、よく見ると柄が顔を出している。
彼を思う気持ちの一部が一緒に連れていってもらえるようで嬉しい。
出来栄えを確認しているゾンビマンに、ナマエはそっともたれかかった。
「…これで、少しはゾンビマンさんの力になれましたか?」
ゾンビマンはズボンを置くと、ナマエの肩をやさしく抱き寄せた。
「ああ、もちろん。百人力だ」
「それは言い過ぎです」
こめかみに触れた唇がくすぐったくて、ナマエは小さく笑い声を立てた。
──その後実際に戦闘の局面において、よく見ると顔を出しているほっこりした柄に敵が気を取られ、その隙をついて反撃するという微妙な役立ち方をすることになるのだが、今のナマエは知る由もなかった。