導きの夢

「はい、これ!」
「何、これ」
 突然目の前に現れた謎の物体に、あかりは冷静に質問を返した。
「ラピスラズリの腕輪。あげるって約束してたでしょ」
 謎の物体をにぎったまま、ルリは得意げに胸をはってみせた。
「ああ、そうだっけ。ありがと」
 あかりはそっけなく答え、片手でその地味な色のアクセサリーを手にとった。青黒い大粒の石が均等に並んでいる、簡素な腕輪だった。アクセサリーというよりは数珠のような見た目をしている。色もくすんでいて、とくに心惹かれるような品物ではない。
「これはすごく大事なものだから、なくさないでね。あと、寝るときは必ず身体から離してね。鏡にも映しちゃだめだよ。魔女だけの特別な腕輪なんだから!」
「うん、わかった。大事にしとく」
 そういいながら、あかりは受けとったそれを無造作に制服のポケットにつっこんだ。毎回のことながら、本当にめんどくさい。
「じゃあね、あかり! むこうに着いたら、また手紙送るからね」
「ありがとう。別に無理しなくていいよ。じゃあね」
 ぶんぶんと大きく手を振るルリを尻目に、あかりはさっと踵を返して家路へとついた。これで、二週間はあの子とお別れだ。
 今日は、今年度最後の登校日だった。明日からは春休みで、ルリは海外に住む母親に会いにいってしまう。普通なら寂しく思うところだが、あかりにとっては朗報だった。それくらい、あかりはルリという少女にうんざりしていたのだ。


 ルリとあかりがであったのは、あかりがまだ生後六ヶ月の頃だった。あかりの両親が今の家に引っ越してきて、偶然、近所に住んでいたルリの両親と知りあったことがきっかけだった。物心つく前から頻繁に会っていたおかげで、ふたりはすぐに仲よくなり、一緒に遊ぶようになった。ルリはままごと遊びが好きで、いつも魔女になりきっては、架空の魔法や魔術について力説してくれた。
 園児の頃は問題なかった。あかりとルリはいつも一緒で、お互いのことを親友だと思っていた。しかし、小学校に入学すると、状況は大きく変わった。
 あかりが日々の学校生活の中でさまざまなことを学び成長していく一方で、ルリは何も変わらなかった。ルリはあいかわらず空想をつづけ、あいかわらず自分のことを魔女だと思いこんでいた。
 三年生にもなると、周囲の子供たちは、そんなルリを敬遠するようになった。本当はあかりもそうしたいところだった。しかし、家族ぐるみのつきあいという呪縛ゆえに、なかなかそうはいかなかった。
 あかりの母は心配性で、いつもあかりが単独行動するのを嫌がっていた。そして、ことあるごとに「学校はルリちゃんと一緒に行きなさい」などといって、集団登校を強制した。ルリの父は「ルリをよろしくね」といって、堂々とあかりに子守を丸投げしてきた。当のルリはというと、周囲に避けられていることに気づいているのかいないのか、平然とあかりの隣にいすわっていた。
 誰の思惑でそうなったのか、あかりとルリは三年間、ずっと同じクラスだった。周囲の児童たちは「あかりにルリはつきもの」という事実を暗黙の了解とし、今や、それはこの学年の常識と化していた。
 そういうわけで、あかりは毎日のようにルリにつきまとわれ、毎日のようにファンタジックな空想話を聞かされ、疲れはてて帰宅する生活をおくるはめになっていた。せめて、来年こそは別のクラスに分けられることを期待したいところだが、望みは薄いだろう。
「あーあ、せいせいした」
 あかりは大きく伸びをすると、玄関の扉をあけた。
「おかえり。しわになるから、制服はすぐに脱いでね」
 ただいまの「た」の字もいわないうちに、母親が居間からすっとんできて、あかりの鞄と上着を剥ぎとりにかかった。あかりはされるがままに制服を脱いで肌着だけになると、鞄だけをつかんで二階の自室へとむかった。
「あかり、部屋へいく前に手を洗いなさい」
「鞄を置いたら戻ってきて洗うよ」
「うがいも忘れずにね。手を洗ったらちゃんと服を着てね。着替えたら、すぐに『お兄ちゃん』にただいまをいうのよ。それがすんだら連絡帳を持ってきて。できるだけ早くね」
「はーい」
 あかりは生返事をして、のろのろと階段をあがった。これもまた、いつもどおりの日常だった。
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