記憶黙殺

 数日後、兄はようやく帰ってきた。頭には包帯を巻いていた。
 遠也は兄を出迎えず、寝室の隅に隠れていた。しかし、兄はわざわざ家じゅう歩きまわって遠也を探しあてると、優しく遠也の頭を撫でて「ごめんな」といった。それは、意外な言葉だった。
「遠也の話、嘘だなんていって悪かったよ。遠也の中では本当の話だもんな。突然あんなこといわれてショックだったよな。俺、遠也のこと、おかしいやつだなんて思ってないよ。ただ、遠也にまともな人間になってほしかっただけなんだ」
 遠也は少しだけ面くらったが、すぐに「ううん」と首をふった。
「悪いのはだよ。変な話をして、兄さん、、、に怪我させて。僕、頭がどうかしていたんだ。兄さんのおかげで目がさめたよ。もう、あんなことはいわない」


 そうだ。ここにいるのは「神崎遠也」だ。
 ストラなんて、はじめから存在しなかったんだ。
 遠也はようやく、その事実を認めた。
 虹の国なんて、女王様なんて、アンジュなんて、最初から存在しない。
 遠也はもう、二度と「ストラ」にはならなかった。
 ストラが消えたことで、家庭には平穏が戻った。
 先生に嫌われることもなくなった。
 害悪な「ストラ」は、こうして駆除された。


 ストラは死んだ。
 ストラは誰にも見えなかった。
 だから、亡骸すらも残らなかった。
 ストラは、跡形もなく消滅してしまった。


 残ったのは、空っぽの「神崎遠也」だけだった。


 ──記憶黙殺  完
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