時の国の王女

 扉の先から車輪をつけて運びだされたのは、高さ三メートルはあるであろう、巨大な柱時計があった。それもただの柱時計ではない。振り子の収まっている柱部分に、大量の歯車と独特のからくりがびっしりとまとわりついている。それは時計というよりも、時計をつけた小さな要塞のようだった。
「うわあ、大きい!」
 ストラは目の前にいる人物が敵であることも忘れて声をあげた。王子はフッと馬鹿にしたような笑みでこちらを見た。
「これが気になるのかい、好奇心旺盛だね」
「それ、なんなの?」
「無断侵入した子には説明できないな。まあ、見ていれば嫌でもわかる」
 王子は前に進みでると、指先をその柱時計にあてた。途端に時計からは火花が散り、時計全体に青い電流が走った。電流はパチパチとはじけながら小さな雷のように柱時計を走りまわり、頂点の文字盤へとのぼっていった。電流が文字盤へと到達すると、七時すぎを指していた針がゆっくりと逆回転をはじめ、六時になり、五時になり、そして四時半になってぴたりと止まった。
「また針が進んでいたんだね。定期的に巻き戻さなければならないのが面倒だ」
陛下、、、申し訳ございません。彼らの技術力ではこれが限界だったようです」
「構わないさ、上出来だ。どうせ、こんな小細工をするのはこれが最後になる。この装置の使用目的は別にあるのだから」
「わあー!」
 ストラは自分が置かれている状況を忘れ、目を輝かせて歓声をあげた。ストラの心はすでに、残してきた王女でも隣にいるアンジュでもなく、目の前の不思議な柱時計にとり憑かれていた。
「ねえ、今のは何? どうやったの? 面白いからもう一回見せてよ」
「騒がしい子供だ。口を塞いでおきましょう」
 見張りをしていた男がそう言って、こちらに手を伸ばしてきた。王子は考え深げにその様子を眺めていたが、急に何かを思いついたのか、ストラを指さして言った。
「よく考えてみれば、この子たちは王女の客人じゃないか。王女を呼びだすのに、人質としてこの子供を使うとしよう。面倒な口実を作るよりも確実だ」
「しかし陛下、、、それでは我々に敵意があることがわかってしまいませんか?」
「わざわざスパイを送りこんできたのはむこうだ。心あたりがあるのならすぐに来るだろう。もしも潔白だというのなら、きちんと事情を説明してもらおう。この場所でね」
「ねえ、あの人どうして『陛下』って呼ばれてるのかしら。王様でもないのに」
 アンジュが小声でささやいた。ストラが意味を理解できずに固まっていると、アンジュは自嘲気味に笑ってみせた。
「そうだわ、ストラは何も知らなかったのよね」


 その後、王子たちはストラの見えないところに行ってしまい、見張りの男ひとりだけが残された。ストラは一生懸命男に自分を解放するよう訴えてみたが、男はストラの声が聞こえていないかのように無視をし続けた。ストラには血が通っていないので腕が鬱血することはなかったが、それでも同じ姿勢でいると身体のあちこちが痛くなってきた。小さなストラがそれに耐えられるはずもなく、しまいには唯一自由な両足をバタバタ動かして暴れだしてしまった。それでも男は沈黙を守っていた。隣にいるアンジュもなぜか、ずっとおとなしいままだった。
 そうしてどれくらい時間が経っただろうか。遠くから馬車が駆けてくる音がし、この工場のすぐ前で止まった。そして、たくさんの靴音とともに、さっきよりも大勢の男が工場内に入ってきた。彼らは誰かをとり囲むように慎重にこちらへと歩いてきた。
「ストラ、アンジュ!」
 男たちの中から耳慣れた声がし、彼らの制止を振り切って、誰かがこちらへと駆けてきた。ストラはすぐにその人物に応答した。
「ギルバート!」
 そう、それは城で別れたきりのギルバートだった。彼はすぐにストラたちの前まで来ると、ふたりが縛られていることに気づいて足を止めた。
「おい、なんだよこれ……」
「助けてよ、ギルバート。ぼくもう、腕が変になりそう」
「おい、なんだこの少年は?」
 見張りの男が大勢の男たちに問いかけると、男のひとりが答えた。
「王女殿下の行き先をこいつにも聞かれてしまったんだ。他人にバラされると困るから連れてきた」
 王女、と聞いて、ストラとアンジュは同時に顔をあげた。
 大勢の男たちの中心で毅然と前を見つめているのは紛れもなく、あのレイチェル王女だった。
「どうして王女様が?」
「いきなりあの男たちが押しかけてきたんだよ」
 ギルバートはふたりを縛りあげている縄を引っぱりながら説明した。
「それで部屋から俺を追いだしたんだ。だけど、帰るわけにもいかないし、悔しいから扉に耳をつけて盗み聞きしていたんだ。そうしたら連中、王女様に『子供のスパイの命が惜しいならついて来い』って言いやがったんだ。話をよく聞いてみたら、ストラとアンジュのことだった。だから俺、部屋の外で『ふたりのことなら俺だって知ってるぞ』って叫んだんだ。そうしたら一緒に連れてきてもらえた。王女様はずっと『馬鹿な真似はやめて逃げろ』って言っていたんだけどさ。こんな状況で俺だけ逃げるわけにもいかないだろ?」
「おい、何を勝手な真似をしてる」
 見張りの男がギルバートを持ちあげ、そしてぴたりとその動きを止めた。
「さてはお前、王女殿下の従兄弟か?」
「そうだよ、ギルバート・ワイズだよ。わかったらさっさと手を離せ」
 男はうろたえながらもギルバートを地面におろした。そのとき、また別の方向から誰かの足音がした。
「お待ちしておりました。姉上様」
 やたらと慇懃な態度で現れたのは、やはりハロルド王子だった。
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