小さな囚人

 門をくぐって敷地へ入ると、そこにはクリーム色の四角い建物があった。正面の大きいガラス張りの観音扉を押し開けると、そこは小さな部屋だった。正面と左側に小さな鉄製のドアがあり、右側には背の低い木製のカウンター、手前には大きな黒いソファがあった。まるで病院の受付のようだ。
「来客ですか?」
 正面のドアが開き、誰かがにょきりと顔をだした。黒いセーラー服をまとったその小さな少女に、俺は心あたりがあった。
「あんた、バス停の……!」
 俺は慌てて、もはや夢とも現ともつかぬ過去の記憶を引っ張りおこした。真っ黒なセーラー服で、妙に大人びた営業スマイルを見せていた、田舎のバス停で出会った少女。
「リンドウ、さん……」
 本人を目の前にして呼び捨てにすることもできない。途切れ途切れに名を絞りだすと、彼女はにっこりと微笑んで頷いた。きっと肯定の意思表示だろう。そして、一ミリも笑顔を乱さずに軽やかに告げた。
「お久しぶりですね。と言っても、私はあなたを覚えていません。何せ、毎年二、三人はどなたかにお会いして、契約手続きを行なっていますから。でも、ここに来られたということは、あなたも『契約』をしているはずですから、私とも会っているのでしょうね」


 その後、俺はふたりの導きでホワイトボードのある別室に通され、この場所についての「説明」を受けた。
 ふたりによると、俺が車で山に迷ったのも、妻子が一度火事で亡くなったのも、ど田舎のバス停で謎の紙切れにサインしたのも、現実の出来事だという。
 俺はこのリンドウに会い、契約書にサインし、ある契約を結んでいた。
 それは「死者を蘇らせるかわりに、自分の死後、余分に生きて労働奉仕する」というものだ。俺はすでに妻の寿命を六十二年、息子の寿命を九十年、娘の寿命を九十三年買っているので、合計二百四十五年もの間、ここで「労働」させられるという。そして、どうやらリンドウやショウイチもまた、同じように生前に「契約」をしてここへ来たらしい。その口ぶりから、ふたりとも死後、結構な時間をこの施設で過ごしているらしい。
「労働って、具体的には何をするんですか?」
 彼らが年上であることがわかったので、俺は敬語で尋ねた。ようやく、彼らが年不相応の話し方をする理由もわかった。彼らの精神年齢は、俺なんかよりもはるかに上だったのだ。
「たいしたことはありません。この建物を毎日掃除して、『契約』の手続きをして、契約者の情報を管理する。あとはたまに来る命令に従うくらいですね。普段は自由ですから、結構楽ですよ」
 ショウイチは柔らかく笑い、小さな幼い顔にえくぼをつくってみせた。
 俺は自分の手を見た。小さい。足も細い。視線も低い。
「俺も今、子供の姿なんですか」
「ああ、まだ確認されていませんでしたか」
 リンドウは立ちあがり、近くの壁にかかっていたカーテンを持ちあげた。そこにあったのは窓ではなく、大きな姿見だった。
「どうぞ」
 言われるがまま、俺は鏡の前に立った。そこにいたのは、これまでよく見ていた皺だらけの爺さんでもなく、やや太りぎみだった中年のおっさんでもなく、結婚前のとぼけた若者でもなく、八歳くらいの子供だった。過去に何度かアルバムで見た、子供の頃の俺だ。
「ここの職員は皆、子供の姿なんですよ」
 リンドウがカーテンを降ろして言った。
「理由はわかりません。大昔から、ずっとそうなんです。専門家によると、『成人だと自由に活動できるため奉仕を怠る恐れがあるから』というのが有力な説なんだそうです」
「専門家だって?」
 間髪入れずに問いかえすと、リンドウはええ、と頷いた。
「労働は短時間ですから。余った時間は好きなことをできるんです。『上』の命令と最低限の規律さえ守っていれば、何をしても構いません。だから、その時間を使って、我々の存在理由や歴史を研究している人もいるんですよ」
「『上』?」
 俺がくりかえすと、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「これについては、説明の必要はありません。じきにわかりますよ」
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