断捨離

 母は言った。
「いい加減に片付けなさい。こんなにモノを溜めこんでどうするつもり?」
 兄も言った。
「部屋の広さを考えろよ。こんなに似たようなモノばかり置いておいてどうするつもりなんだよ」
 父は何も言わなかった。父は自室と家族が過ごすリビング以外に興味はないからだ。
 今現在、私の部屋は、彼ら曰く「モノ」に侵略されていた。最低限の机のスペースと寝る場所以外のあらゆる場所に、ぬいぐるみが置かれている。私にしてみれば、定位置に「いる」のだが、家族にとってこの子たちは単なる「モノ」としか映らないらしい。我が家の狭さゆえ、結果として私の生活スペースを減らさざるをえなくなってはいるが、別に私は部屋を散らかした覚えはない。それなのに、家族は事あるごとに「捨てろ」「売れ」などと言って私を脅迫してくる。
 ぬいぐるみたちの中には、今では手に入らないような貴重な子も少なくない。たとえ量産品であったとしても、私との思い出があるのはこの子たちだけだ。
 私の空間に私の子を置いているだけなのだから、何も問題はない。私はそう思っていた。


 事件が起きたのは、翌日の夕方だった。


「私の子たちを、どこにやったの!」
 帰宅すると、自室にいたぬいぐるみたちは、一人残らず姿を消していた。私は髪を振り乱して号泣しながら母に掴みかかった。
「知らないわ、本当に知らないのよ。少なくとも私は何もしていないわ」
 母は困惑気味に言った。
「俺がわざわざ、お前の部屋の掃除なんかするわけないだろ。自分でどこかに捨ててきたんじゃないのか?」
 兄はめんどくさそうに言った。
 両者とも、嘘をついている風には見えなかった。
「お父さんは知らない?」
 父に尋ねてはみたものの、たいして期待はしていなかった。父は人の私物を捨てたりはしないし、そもそも家族の持ち物に興味など示さない。
「脱走したんじゃないか?」
 父は眉ひとつ動かさず、そう答えた。


 今でこそハイキングコースや、頂上への専用道路が整備されているが、相変わらず険しいことには変わりない、この山の中腹に、その神社はあった。
「こんにちは、お約束していた向坂さきさかです」
 お守りや御籤みくじを売っている巫女さんに声をかけると、すぐに神主が出てきた。
「あなたが向坂さんですか。いや、驚きましたよ。朝、本殿に行ってみたら、凄い数のぬいぐるみがずらっと並んでいてね。いたずら目的かと思っていたんですが、そういうわけでもなさそうですね」
 奥へ入れてもらうと、くすんだ畳の上に私の子たちが綺麗に並べられていた。確かに、私の子だ。間違いない。皆そろって、じいっと黒い瞳をこちらに向けている。
「確かにうちは、人形のお焚き上げなんかもやっておりますが、お話を聞いたところ、手違いで連れてこられたようですね。お返ししましょうか」
 私は、ぬいぐるみたちの顔を見た。なんだか、ひどくやつれているような気がする。そして、彼らの足元は揃いも揃って泥だらけだった。
「この子たちは、自力でここへ来たんですね」
 私がそう言うと、神主が目を伏せた。
「お気づきでしたか」
「私は、この子たちの親みたいなものですから」
 そう、私にはわかってしまった。この子たちは、誰の助けも借りず、自らここへやって来たのだ。
「供養ということでよろしいんですね」
「はい」
 私は手続きを済ませるとまっすぐに家へ帰り、空っぽの部屋で泣き崩れた。


「リコ、最近生き生きしているわねえ」
「うん。ぬいぐるみがなくなってから、なんだか変わった」
 母と兄は、よくそんな会話をした。分厚い専門書に目を落としながら、父がぼそりと言った。
「モノは持ち主を変える。消えることで変わることもある」
 あれきり、私は部屋に余計なモノを溜めることをやめた。
 大切にしすぎると、彼らはまた、私のために消えていってしまうから。


(終)
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