黒妖精の招待状

「うわー、寒い」
 コートをすり抜けて突き刺さる冷気に震えながら、十五歳のみゆきは塾からの帰り道を急いでいた。こんな寒い日には友達とカフェやカラオケに行ってのんびり暖かく過ごしたいものだが、追いこみ時期の受験生にそんな余裕はない。今日なんて十二月二十四日で世間はクリスマスだなんだと浮かれているというのに、塾はいつもどおりの時間に授業を行い、あたりまえのように過去問の課題を山積みにしてよこしてきた。
 駅につくと、駅前の広場では何やらイベントをやっていて、誰かがギターを片手に歌をうたい、通りすがりの人が足を止めて見物していた。その中には、乳母車を押した観光客らしき外国人の家族もいた。小さな赤ちゃんと、三歳くらいの女の子を連れている。
 かわいい子だな、と思い、みゆきはその女の子を眺めた。ピンクのダウンジャケットに黒いズボンを履いた、黒髪で青い瞳の、綺麗な顔の女の子だった。
 みゆきがその子に目をとめてからわずか三秒後、女の子はくるりとこちらを振りかえった。そして、まっすぐこちらに駆けてくると、みゆきの前で立ちどまり、クスッと笑った。
「また会えたわね」
「え?」
 何のことかわからずに聞き返すと、女の子は目を細めて言った。
「最後に一目でいいから会っておこうと思ったの。この記憶も、そろそろなくなってしまいそうだから。ありがとね、みゆき」
 そう言い終えた瞬間、女の子の姿がぐにゃりと歪み──一瞬だけ、ルプレの姿になった。
「あ……!」
 みゆきが声をだそうとした瞬間、遠くから男性が猛スピードで走ってくると、ルプレに手を伸ばした。すると、ルプレの姿はフッとろうそくを吹き消すかのように消滅し、もとの小さな女の子へと戻ってしまった。男性は女の子の父親のようで、みゆきに向かって謝罪らしき言葉を外国語で言うと、女の子を連れて赤ちゃんを連れた女性──おそらくは奥さんだろう──のほうへと行ってしまった。みゆきは何も言えず、ただ呆気にとられてその光景を眺めていた。
 女の子は男性に手を引かれながらも、最後にこちらを振りかえってウインクをし、そして、そのまま二度と振りかえることなく行ってしまった。


END
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