黒妖精の招待状
驚いたことに、店の陳列物はどれも無料で、小人たちはみな好き勝手にクッキーや食器や飾りや飲み物などを手にとっていた。並べられた商品はどれも独特の見た目をしていて、黄色い実をのせたライトグリーンのマフィン、ワインレッドのカプチーノ、紫のミルクセーキに雪の結晶型のキャラメルなど、見ているだけで心踊る愉快な品揃えだった。みゆきはそれらを楽しみながら、人をかき分け少しずつ道を進んでいった。
そのうち、道を歩く小人の数は増えていき、だんだんと人混みも窮屈になってきた。そして、店の数は減っていき、屋台の列が完全に消えさったとき、みゆきは凍った噴水を中心にしたまるくて大きな広場にいた。そこでは何頭ものトナカイがそりを引いてぐるぐる噴水を中心に回っており、乗っている人々を降ろしてはどこかへと去っていた。そのほとんどは屋根なしの小さなそりで、乗っているのはいずれも屋台にいた小人と変わらぬいでたちの人だった。ところが、一番最後にやってきたそりは、まるで馬車のように大きく、立派な屋根がついていて、扉や窓は黄金で縁どられ、外側には色とりどりの綺麗な宝石が埋めこまれていた。みゆきは引きよせられるようにそのそりに近づき、トナカイの陰に隠れて、扉が開くのを待った。
数秒後、待ちかまえていた小人によって扉が開けられ、七人の人間が降りてきた。そりから降りてきた人たちはみんなバラバラの服装をしていた。かっちりした燕尾服やイブニングドレス、エプロンドレスのような民族衣装、色鮮やかな中華風の装い、中央アジア風の派手な衣装など、その種類は様々だった。ただひとつ共通していたのは、その人たちが皆、小学生くらいの子供だったということだ。彼らはそりを降りると、道を歩いてきた小人に混ざり、列をなして同じ方向へと歩きだした。みゆきはどうしても彼らの行き先が気になり、一行をつかまえて尋ねた。
「ねえ、どこへ行くの?」
すると、黄色いロングドレスを着た褐色の女の子が立ち止まり、にっこり笑って白い招待状を見せてくれた。
「私たちね、妖精のクリスマスパーティーに招待されたの。世界中から選ばれた特別な子供だけが行ける、素晴らしいパーティーなのよ」
「え?」
みゆきはパジャマのポケットから、先ほどの招待状を取りだした。招待状ならば、みゆきも持っている。
「招待状ならわたしも持ってる。わたしも行く!」
こうしてみゆきは、子供たちの列に加わった。太いもみの木の間を縫うように敷かれた小道を進んでいくと、突然目の前に、大きなウェディングケーキが現れた。それはついさっき、屋台を歩いているときに遠くに見えた建物だった。真っ白な生クリームの上から雪色の粉砂糖がかかり、特大の苺やブルーベリーやヒイラギ、クリスマスメッセージが書かれたプレートが載せられ、薄桃のクリームで細く模様がつけられている。しかし、そのケーキの最下層部には観音開きの立派な扉がついており、大勢の小人が出入りしていた。
「このケーキみたいなの、なあに?」
「知らないの? 妖精の国のお城よ。クリスマス用にケーキのような飾りつけをされているの。ここがパーティー会場よ」
さっきの女の子はそう答えると、扉の前にいた受付らしき黒い服の小人に招待状を見せ、中へと消えていった。ほかの子供たちも皆、同様にした。そこでみゆきも列に並び、小人に招待状を見せた。ところが、小人はその招待状を見るやいなや眉をひそめ、招待状を裏返したり、逆さにしたり、透かしたりしたあげく、みゆきに返してきた。
「これはうちの招待状じゃありませんね。会場をお間違えでは?」
みゆきはびっくりして身体中の力が抜けてしまった。話が違う。みゆきが会ったのはたしかに妖精で、これはたしかにパーティーの招待状なのに。
「違うよ、妖精の招待状だもん。ちゃんと貰ったんだもん」
みゆきはしつこく食いさがったが、残念ながらその訴えは聞き入れられなかった。しまいには偽物の招待状を用意した人間として不法侵入者呼ばわりされ、警備隊らしき小人に両腕を掴まれ、最初のトナカイがいたロータリーまで連れ戻されてしまった。
「なんで? わたし、ちゃんと招待状持ってるのに」
みゆきがロータリーでうずくまっている間も、たくさんの小人たちが白い招待状を手にもみの木の小道へと消えていった。そのうち、ロータリーには人がいなくなり、かわりにもみの木の森のむこうから、賑やかな音楽と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。みゆきは悔しくてたまらず、粉砂糖のような雪の地面にぼろぼろと涙を落とした。
「まったく、人の話を聞かない人ね」
ふと顔をあげると、目の前にルプレが立っていた。みゆきは慌てて立ち上がり、ルプレの身体にすがりついて叫んだ。
「どうしてわたしはお城に入れないの。どうしてわたしはパーティーに行けないの。招待状を持ってるのに!」
「だってそれ、あたしの招待状だもの」
ルプレはすまして答えた。
「それは、あたしが作った招待状。あたしの用意したパーティーに呼ぶためのものなの。あの場所のパーティーとは違う」
そして、薄い唇に笑みをたたえてみゆきの手を引いた。
「あたしのパーティーはこっち」
ついたのは、丸太を組んで造られた、山小屋のような小さなログハウスだった。中には手作り感のある木製のテーブルがひとつに背もたれのない四角い椅子がふたつ、それから石造りの小さな暖炉がひとつだけだった。テーブルの中央には大きなキャンドルが一本だけ置かれ、その炎だけがこの部屋の灯りとなっていた。暖炉にも火は入っているようだったが、そのほとんどは灰と木炭で、明るさには乏しかった。
「なにこれ」
みゆきは呆然としてその部屋を見渡した。さっきの美しい城に比べて、ここはなんとみすぼらしいのだろう。
「ここが会場よ。あんまり広くないけれど、きっと楽しいと思うの」
ルプレは薄い笑みのまま、四角い椅子の片方に着席した。みゆきはどうしても納得がいかず、不機嫌さを隠すことなく質問をした。
「クリスマスケーキはある?」
「ないわ。ショートケーキもシュトーレンもブッシュ・ド・ノエルも、あたしは持っていないから。でも、お菓子ならあるのよ」
そう言って彼女はかわいらしい菓子を並べはじめた。でも、どれもこれもさっき小人たちの屋台に置いていたものだった。みゆきはついさっき、まったく同じものを口にしてきたところだった。
「プレゼントは?」
「あまりいいものは持っていないけれど、これでよければ」
ルプレは少し困ったように、白い布袋を出してきた。袋は汚れてほとんどねずみ色に近く、とてもプレゼントとは言いがたい見た目のものだった。中身は灰、白い小石、棒きれなど、嫌がらせとしか思えないものばかりだった。
「ひどい!」
みゆきはいよいよ耐えきれなくなり、声をあげて泣きだした。
「どうしてこんなひどいことするの。わたし、ちゃんといい子にしていたのに。騙すなんてひどい! ルプレなんて大嫌い!」
すると、ぐらりと地面が揺れ、視界がぐるぐると渦を巻きはじめた。そしてガンガンと頭を内側から殴られるような痛みが生じ、目の前が真っ暗になった。何がなんだかわからないまま、みゆきはふらふらと地面に倒れこんだ。
目がさめると、そこは布団の上だった。みゆきはまばたきをしながらぐったりと寝返りをうち、それから夢のことを思いだすと跳ね起きて、号泣しながら母の胸に突進していった。枕元に置かれていたプレゼントなどお構いなしだった。
「せっかくのクリスマスなのに、どうしたの!?」
仰天する両親に、みゆきは嗚咽を漏らしながら妖精からもらった偽の招待状の話をした。両親は困惑しつつもみゆきの背中を撫でて落ちつかせ、慰めの言葉をかけてくれた。
「かわいそうに、悪夢を見たのか。みゆきはいい子なのに、変なこともあるんだなあ」
「あなたがいけないのよ。昨晩おかしな話をして、みゆきを興奮させるから」
しかし、みゆきの悲しみはそう長くは続かなかった。数分後には枕元のプレゼントのことを思いだしていたし、宅配便で祖父母からのプレゼントが追加で届いた。それに、昼食のあとは母とショッピングに行って、かわいい手袋を追加で買ってもらえた。
そういうわけで、みゆきは一日も経たないうちに、あんな夢のことは忘れてしまったのだった。
──これは、みゆきが四歳のときのクリスマス・イブの話である。
そのうち、道を歩く小人の数は増えていき、だんだんと人混みも窮屈になってきた。そして、店の数は減っていき、屋台の列が完全に消えさったとき、みゆきは凍った噴水を中心にしたまるくて大きな広場にいた。そこでは何頭ものトナカイがそりを引いてぐるぐる噴水を中心に回っており、乗っている人々を降ろしてはどこかへと去っていた。そのほとんどは屋根なしの小さなそりで、乗っているのはいずれも屋台にいた小人と変わらぬいでたちの人だった。ところが、一番最後にやってきたそりは、まるで馬車のように大きく、立派な屋根がついていて、扉や窓は黄金で縁どられ、外側には色とりどりの綺麗な宝石が埋めこまれていた。みゆきは引きよせられるようにそのそりに近づき、トナカイの陰に隠れて、扉が開くのを待った。
数秒後、待ちかまえていた小人によって扉が開けられ、七人の人間が降りてきた。そりから降りてきた人たちはみんなバラバラの服装をしていた。かっちりした燕尾服やイブニングドレス、エプロンドレスのような民族衣装、色鮮やかな中華風の装い、中央アジア風の派手な衣装など、その種類は様々だった。ただひとつ共通していたのは、その人たちが皆、小学生くらいの子供だったということだ。彼らはそりを降りると、道を歩いてきた小人に混ざり、列をなして同じ方向へと歩きだした。みゆきはどうしても彼らの行き先が気になり、一行をつかまえて尋ねた。
「ねえ、どこへ行くの?」
すると、黄色いロングドレスを着た褐色の女の子が立ち止まり、にっこり笑って白い招待状を見せてくれた。
「私たちね、妖精のクリスマスパーティーに招待されたの。世界中から選ばれた特別な子供だけが行ける、素晴らしいパーティーなのよ」
「え?」
みゆきはパジャマのポケットから、先ほどの招待状を取りだした。招待状ならば、みゆきも持っている。
「招待状ならわたしも持ってる。わたしも行く!」
こうしてみゆきは、子供たちの列に加わった。太いもみの木の間を縫うように敷かれた小道を進んでいくと、突然目の前に、大きなウェディングケーキが現れた。それはついさっき、屋台を歩いているときに遠くに見えた建物だった。真っ白な生クリームの上から雪色の粉砂糖がかかり、特大の苺やブルーベリーやヒイラギ、クリスマスメッセージが書かれたプレートが載せられ、薄桃のクリームで細く模様がつけられている。しかし、そのケーキの最下層部には観音開きの立派な扉がついており、大勢の小人が出入りしていた。
「このケーキみたいなの、なあに?」
「知らないの? 妖精の国のお城よ。クリスマス用にケーキのような飾りつけをされているの。ここがパーティー会場よ」
さっきの女の子はそう答えると、扉の前にいた受付らしき黒い服の小人に招待状を見せ、中へと消えていった。ほかの子供たちも皆、同様にした。そこでみゆきも列に並び、小人に招待状を見せた。ところが、小人はその招待状を見るやいなや眉をひそめ、招待状を裏返したり、逆さにしたり、透かしたりしたあげく、みゆきに返してきた。
「これはうちの招待状じゃありませんね。会場をお間違えでは?」
みゆきはびっくりして身体中の力が抜けてしまった。話が違う。みゆきが会ったのはたしかに妖精で、これはたしかにパーティーの招待状なのに。
「違うよ、妖精の招待状だもん。ちゃんと貰ったんだもん」
みゆきはしつこく食いさがったが、残念ながらその訴えは聞き入れられなかった。しまいには偽物の招待状を用意した人間として不法侵入者呼ばわりされ、警備隊らしき小人に両腕を掴まれ、最初のトナカイがいたロータリーまで連れ戻されてしまった。
「なんで? わたし、ちゃんと招待状持ってるのに」
みゆきがロータリーでうずくまっている間も、たくさんの小人たちが白い招待状を手にもみの木の小道へと消えていった。そのうち、ロータリーには人がいなくなり、かわりにもみの木の森のむこうから、賑やかな音楽と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。みゆきは悔しくてたまらず、粉砂糖のような雪の地面にぼろぼろと涙を落とした。
「まったく、人の話を聞かない人ね」
ふと顔をあげると、目の前にルプレが立っていた。みゆきは慌てて立ち上がり、ルプレの身体にすがりついて叫んだ。
「どうしてわたしはお城に入れないの。どうしてわたしはパーティーに行けないの。招待状を持ってるのに!」
「だってそれ、あたしの招待状だもの」
ルプレはすまして答えた。
「それは、あたしが作った招待状。あたしの用意したパーティーに呼ぶためのものなの。あの場所のパーティーとは違う」
そして、薄い唇に笑みをたたえてみゆきの手を引いた。
「あたしのパーティーはこっち」
ついたのは、丸太を組んで造られた、山小屋のような小さなログハウスだった。中には手作り感のある木製のテーブルがひとつに背もたれのない四角い椅子がふたつ、それから石造りの小さな暖炉がひとつだけだった。テーブルの中央には大きなキャンドルが一本だけ置かれ、その炎だけがこの部屋の灯りとなっていた。暖炉にも火は入っているようだったが、そのほとんどは灰と木炭で、明るさには乏しかった。
「なにこれ」
みゆきは呆然としてその部屋を見渡した。さっきの美しい城に比べて、ここはなんとみすぼらしいのだろう。
「ここが会場よ。あんまり広くないけれど、きっと楽しいと思うの」
ルプレは薄い笑みのまま、四角い椅子の片方に着席した。みゆきはどうしても納得がいかず、不機嫌さを隠すことなく質問をした。
「クリスマスケーキはある?」
「ないわ。ショートケーキもシュトーレンもブッシュ・ド・ノエルも、あたしは持っていないから。でも、お菓子ならあるのよ」
そう言って彼女はかわいらしい菓子を並べはじめた。でも、どれもこれもさっき小人たちの屋台に置いていたものだった。みゆきはついさっき、まったく同じものを口にしてきたところだった。
「プレゼントは?」
「あまりいいものは持っていないけれど、これでよければ」
ルプレは少し困ったように、白い布袋を出してきた。袋は汚れてほとんどねずみ色に近く、とてもプレゼントとは言いがたい見た目のものだった。中身は灰、白い小石、棒きれなど、嫌がらせとしか思えないものばかりだった。
「ひどい!」
みゆきはいよいよ耐えきれなくなり、声をあげて泣きだした。
「どうしてこんなひどいことするの。わたし、ちゃんといい子にしていたのに。騙すなんてひどい! ルプレなんて大嫌い!」
すると、ぐらりと地面が揺れ、視界がぐるぐると渦を巻きはじめた。そしてガンガンと頭を内側から殴られるような痛みが生じ、目の前が真っ暗になった。何がなんだかわからないまま、みゆきはふらふらと地面に倒れこんだ。
目がさめると、そこは布団の上だった。みゆきはまばたきをしながらぐったりと寝返りをうち、それから夢のことを思いだすと跳ね起きて、号泣しながら母の胸に突進していった。枕元に置かれていたプレゼントなどお構いなしだった。
「せっかくのクリスマスなのに、どうしたの!?」
仰天する両親に、みゆきは嗚咽を漏らしながら妖精からもらった偽の招待状の話をした。両親は困惑しつつもみゆきの背中を撫でて落ちつかせ、慰めの言葉をかけてくれた。
「かわいそうに、悪夢を見たのか。みゆきはいい子なのに、変なこともあるんだなあ」
「あなたがいけないのよ。昨晩おかしな話をして、みゆきを興奮させるから」
しかし、みゆきの悲しみはそう長くは続かなかった。数分後には枕元のプレゼントのことを思いだしていたし、宅配便で祖父母からのプレゼントが追加で届いた。それに、昼食のあとは母とショッピングに行って、かわいい手袋を追加で買ってもらえた。
そういうわけで、みゆきは一日も経たないうちに、あんな夢のことは忘れてしまったのだった。
──これは、みゆきが四歳のときのクリスマス・イブの話である。