シロツメクサ

「四葉のクローバーを探そう!」
 その言葉を合図に、チカは地面に這いつくばり、シロツメクサ畑に生えているクローバーをひとつひとつ目で追いはじめた。
 天気のいい日はこうやって、小学校の帰りに河川敷で友達と遊ぶことが多い。本当は寄り道をしてはいけないのだけれど、家に帰った友達ともう一度会うのは大変なのだ。せっかく約束をしてもすっぽかされることも少なくない。だからどの子もみんな、暗黙の了解で学校帰りにこっそり遊ぶのだ。
 そして今日、チカたち女の子のグループは、文字通り道草をくっている。
 ほかの子はみんな草の上にかがみこみ、ちまちまとクローバーを指でかき分けている。チカももちろん、白い花をよけながらクローバーの葉をひとつひとつ観察した。
「三つ。これも三つ。三つ……」
 四葉はそう簡単には見つからない。それでもチカは目を凝らした。どこかに四葉があるはずだ。特別な幸せの四葉のクローバーが。
 チカの瞳に映るのは緑の葉だけだった。緑、緑、緑……どこまでも続く緑。わき目もふらずに一心に探しているうちに、チカの見る世界は緑一辺になり、チカの背後も緑になり、上も下も、とうとう世界が緑色に染まった。
 気づいたときには、チカは小さくなってたくさんのクローバーにうずもれていた。クローバーの茎は、通学路に生えている街路樹と同じくらい太く、その葉はパラソル屋根のように大きかった。葉と葉の間からは木漏れ日のように陽光が差しこんでいる。
「どうしよう。小さくなっちゃった」
 チカは困りはてて、クローバーの森をあてもなくさまよい歩いた。行けども行けども出てくるのはクローバーの茎と葉、それからタワービルみたいに背の高いシロツメクサの花だけだった。
 しかし、よく観察してみると、はるか前方にぼんやりと明るい場所が見える。きっと日光を遮るクローバーの影がないのだ。この鬱蒼とした森から出られるかもしれない! チカは喜びいさんで駆けだした。
 チカの読みどおり、そこは森の出口だった。森を抜けると、そこにはかわいらしい緑と白の街があった。緑の服と白いシロツメクサの花先の形をした帽子を身に着け、頭から三枚の葉を垂らした人々が楽しそうに談笑しながら道を行き交っている。
「わあ、変な子。変な色だし、花も葉もない。どこから来たの?」
 ひとりのクローバーが足を止めて尋ねた。チカは正直に答えた。
「四葉のクローバーを探していたら、道に迷ってここへたどり着いたの」
「へえ、君も『よつば姫』に会いたいの?」
 クローバーはにっこり笑って、遠くに見えるシロツメクサの花束を指さした。
「よつば姫はあそこだよ。行ってみるといい」
 花束のそばまで行くと、そこには人だかりができていた。よくよく見るとそれは花束ではなく、シロツメクサを編みあげて造られた宮殿だった。クローバーたちは宮殿の周りを囲んで声をはりあげた。
「幸せのよつば姫、あなたに会いにきました」
「よつば姫、姿を見せてください」
 すると、宮殿の中から声がした。
「とても変わったクローバーがいるわね。あなた誰?」
 その途端、クローバーたちの目がいっせいにチカのほうを向いた。チカはしどろもどろになりながら答えた。
「クローバーじゃないの。わたしはチカ」
 そう答えると、クローバーたちは口々に騒いだ。
「クローバーじゃないだって!」
「四葉よりも珍しい」
「ご利益があるに違いない!」
 クローバーたちは目の色を変えてこちらに手を伸ばしてきた。チカは逃げようとしたが、四方八方にクローバーたちがいて逃げだせない。次々に伸びてくる手を必死に払いのけていると、ふいに誰かが優しくチカのティーシャツの裾を引いた。
「こっち。頭を低くして目立たないようにして、私についてきて」
 何がなんだかわからないまま、チカはその言葉にしたがって腰をかがめ、その「誰か」を追って群集から逃げだした。クローバーたちはあいかわらず存在しないチカをめぐって争いをくり広げていた。
「大丈夫?」
 人家のない場所まで来ると、その「誰か」はようやくこちらをふり返った。チカはお礼を言おうとして、はじめて顔をあげてその人を見た。
 その人は頭に花輪と王冠をつけ、四つの葉を垂らしていた。さっきまで三つの葉ばかり見ていたチカにとって、その四つ目の葉は新鮮な光景だった。
「私はよつば姫。葉が四つあるからそう呼ばれているの」
 よつば姫は苦しそうに胸元を押さえて目をふせた。
「四葉は珍しいから、勝手に特別なクローバーに祭りあげられた。私を見ると幸せになるという噂が広まって、毎日知らない子が集まってくるの。私は普通に過ごしたいのに。四枚目の葉なんていらない」
 そして、チカに言った。
「私をみんなと同じにしてくれないかしら」
 チカはその言葉に答えようとした。ところがその瞬間、突風が吹き、よつば姫の姿は煙のようにあっけなく消えうせてしまった。
 チカはもとどおり河川敷で四つん這いになっており、目の前には四葉のクローバーがひとり、残り風に揺れていた。
「あっ、四葉だ!」
 友達のひとりがやってきて声をあげた。
「やったね、チカ。幸せのクローバーだよ!」
 けれどもチカは答えず、黙ってクローバーに手を伸ばすと、その四枚目の葉をちぎり取った。友達は仰天してチカの手首を掴んだ。
「何してるの!? それじゃ三葉になっちゃうよ」
「三葉でいいんだよ」
 チカは三枚葉になったクローバーを見つめて言った。
「三葉でいるほうが、クローバーは幸せなの。だから、これでいいんだ」


(終)
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