小さな囚人

 凍りつく俺に、ショウイチは淡々と説明してくれた。
 俺は一度、家族を失ったこと。リンドウという少女のもとで契約書にサインしたこと。そして、俺は今死んでいるということを。
 ショウイチに促されるまま、棺桶を覗きこむと、そこには確かに年老いた「俺」がいた。
「奥さんが起こそうとしたら、すでに布団の中で冷たくなっていたんですって。小説みたいよね」
「余命宣告されていたんですってね。まあ、長生きしたし、大往生じゃない? 孫にも恵まれて、いい人生だったわよね」
「自宅で眠るように死ぬなんて、いいじゃない。今どき幸せよ」
 そんな親族の話し声が、どこからともなく聞こえた。俺は何も信じられず、黙って棺に眠る自分を呆然と見つめていた。
「あら、あの子たちは?」
「さあ。お孫さんじゃないの」
 話し声がするほうを横目で見やると、見知らぬ女性たちがこちらを見ていた。誰だこいつらは。こんな得体の知れないやつに死に顔を見られると知っていたら、家族葬にするよう遺言を残しておいたのに。
「そろそろ、行きましょう。部外者であることが知れてはまずいですから」
 ショウイチがそう囁き、俺の腕を引いて外へと連れだした。


「これから、あなたには『買った時間』の返済をしていただきます」
 葬儀場をでると、開口一番、ショウイチはそう言った。
「あなたは、奥様とお子様の寿命を余分に買いました。その対価を支払っていただくのです」
 そう言って、彼はそのまますたすたと駐車場を横切って、車道へ向かった。この葬儀場は広い道路の脇にあるらしく、目の前を猛スピードの乗用車がビュンビュン走っている。危ないぞ、と声をかけようとすると、ショウイチは「こっちですよ」と、道路脇の街路樹に手をかけて、こちらを振りかえった。俺が跡を追うと、ショウイチは俺に、街路樹の根元の土を踏むよう指示した。よくわからないまま、俺はコンクリートがくり抜かれ土が剥きだしになっているエリアに足を踏み入れた。
 刹那、目の前の空間が歪んだ。
 その歪みがおさまったとき、俺がいたのは葬儀場ではなかった。
 妙に湿っぽい、枯葉の混ざった土。生い茂る背の高い木々。どうやらここは、森か山の中らしい。ふと横に首を振ると、そこには──コンクリートの壁に挟まれた、大きな門があった。俺は、その光景に既視感を覚えた。
「嘘だろ?」
 何年前のことだったか、どうして辿りついたのだったか、もうほとんど覚えていない。だが、俺はこの景色をはっきりと思いだした。俺は、ここに来たことがある。夢の中で道に迷って、そしてここにやってきたのだ。
「夢だ。あれは夢だったはずなんだ」
「どうかされましたか?」
きょとんとするショウイチに、俺は途切れ途切れに「あの夢」の話をした。話が終わると、ショウイチは少し考えるそぶりをし、ぽつりと呟いた。
「ああ。『あれ』があなただったんですね。ずっと前、突然この付近にやってきて、僕に道を訊いた人がいました。覚えていますよ」
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