第5話
「遠也が窓から入ってきた!?」
ルリは信じられない、といわんばかりに素っ頓狂な声をあげた。
さいわい、今朝の通学路にいるのはあかりとルリのふたりだけだった。あのあと、オセロと小物を拾いおえたあかりは、夜まで母親を説得しつづけ、どうにか子供だけの登校の許可を得ることに成功したのだった。
ひとつ残念だったのは、オセロの駒がひとつ行方不明になってしまったことだ。棚の隙間からベッドの下までくまなく探してみたものの、どうしてもみつからなかったので、あかりは今日、ひそかに部屋のカーペットを引きはがす計画をたてていた。
「うん。おとといの音も同じだと思う。野良猫のせいってことにしておいたけどね」
「野良猫よりたちが悪いよ! 次、窓にあいつがきたら殴ってでも追いかえさなきゃ。そんな危ないやつだなんて知らなかった!」
「遠也くん本人じゃないよ」
話す順番を間違えたことを後悔しながら、あかりはルリに夕方のできごとを話した。ルリの顔は、はじめは怒りでまっ赤になっていたが、やがて冷静になり、それから鋭い目つきで思案しはじめた。
「それ、遠也で間違いないよ。だったら昨日、寝不足だったのにも説明がつく。きっと、今日も寝不足だよ」
それは、ほかの答えなどありえないといわんばかりの口調だった。あかりは驚いて尋ねた。
「どうしてわかるの?」
「そういう病気があるんだよ。診断できる人は少ないけどね。もし、今日も遠也が休みだったら、家までいってみよう。ほうっておくと厄介なことになるから」
その必要はなかった。遠也はきちんと登校しており、校門近くでふたりを待ちうけていた。その目には
「あかりにいいたいことがあるんでしょ」
ルリは挨拶もせずに遠也をじろりと睨んだ。
遠也は、一瞬だけ不快そうにルリをみたが、何もいわずにあかりの前にやってきた。
「この記憶が正しいのか不安だったけど、あってたみたいだね……迷惑かけて本当にごめん」
その声に覇気はなかった。どうやら、今日も調子はよくないらしい。あかりは話を手短に終わらせるべく、簡潔に答えた。
「昨日、窓からきたのは遠也くんなの?」
「半分はそう……僕が覚えてるから、僕なんだと思う。でも、僕がやったんじゃないんだ。無意識というか、夢をみている感覚だったというか……もちろん、今日は謝るつもりでここにきたけど、でも、あれは僕じゃないんだよ」
そこまでしゃべりおえると、遠也はへなへなと地面に崩れおちた。あかりが支えようとすると、遠也は首をふってそれを拒否した。
「大丈夫。それに、こういうとき助けられるの、あんまり好きじゃないんだ」
そこで、あかりは遠也から身を離した。遠也はひとりで、ぐっと身体に力を入れては、諦めて地面に尻餅をついていた。自力では立ちあがれないようだった。
あかりは何度か遠也に声をかけたが、返ってくるのは「大丈夫」のひとことだけだった。
「ルリ、先生呼んでこよう」
ところが、ふりかえった先にルリはいなかった。ついさっきまであかりのすぐうしろにいたはずなのだが、その姿は忽然と消えていた。
「ルリ?」
驚いて探しにいこうとすると、遠くの裏庭から、息せき切って駆けてくるルリの姿がみえた。その手には、どういうわけか、あの「ラピスラズリの杖」が握られていた。
「ルリ、その杖ってどこから──」
あかりが質問する前に、ルリは走ってきた勢いそのまま、無言で杖を遠也の胸元にふりむけた。
「ルリ!?」
止める暇などなかった。一瞬、カッと濃い青の光が炸裂し、それから遅れて大きな衝撃が全身を襲った。それは物理的なものではなく、精神的なもので、心が強いショックを受けたときのような感覚だった。
周囲の児童たちはルリのことを気にとめてはいなかった。チラチラとこちらをみることはあっても、すぐに目をそらし、急ぎ足で昇降口へと歩いている。不思議に思ったあかりがもう一度ルリに目をむけると、その手にはもう、杖は握られていなかった。
「ルリ、杖は?」
「
ルリは平然と答え、地面に手をついたままの遠也をみおろした。
「どう。応急処置だけど、動くくらいはできるんじゃない?」
遠也は無言のままでゆっくりと立ちあがった。さっきまでより、いくぶん顔色はよくなっていた。