時の国の王女
「ハロルド、やはりあなたの仕業でしたか」
王女は低い声で冷静に言い放ち、横目でストラたちを一瞥した。
「子供たちを解放しなさい。話はそれからです」
王子は少し考えて息をつき、右手を二、三度こちらにむけて振った。すると、見張りの男があっさりと縄をほどいてふたりを解放してくれた。
「どうしてこの場所にあなたがいるのですか。なぜ、私の客人にこんな扱いをしたのですか。答えによっては、いくらあなたでもただではおきませんよ」
感情のない氷のような声色だった。ところが王子は恐れるどころか、口もとに意味深な笑みを浮かべている。
「質問をしたいのはこちらですよ。どうしてこの場所がわかったのですか? ここを知っているのは私 と一部の部下だけだというのに。どうやって情報を集めていたのか、教えていただきたいものです」
「その様子だと、そうとうやましいことがあるようですね」
王女は帽子──もとい王冠を手にとり、ことの次第を説明した。
「この王冠は時のエネルギーに敏感です。そして、この場所からは強烈な、不気味な『力』のようなものを感じます。何か私に隠しているのではありませんか? たとえば、そこにある大きな柱時計。それはなんなのですか?」
王子はしばらく押し黙っていたが、やがてくっくっと肩を揺らして笑いはじめた。
「さすがは姉上様ですね。何もかもお見通しというわけだ。ですが、あなたも爪が甘い。こんな人気のない場所に、たったひとりでのこのこやってくるなんてね……!」
突然、地面が激しく揺れ、バキバキと廃工場の床に大きなひびが入った。そして、柱時計が以前よりも勢いよく火花を吹きだした。
「きゃあ!?」
「何これ!」
ストラたちは動くこともできず、その場にうずくまったまま、事態のなりゆきを見守ることしかできなかった。
「残念ですが、姉上様。あなたにはこの場で消えてもらいます」
王子がすっと左手を前にだすと、金色のエネルギー波が束になって王女へと襲いかかった。
「うっ……!」
光球をまともにくらった王女は鎖骨を押さえて膝から崩れ落ちた。
「ハロルド、あなた……何を考えているの……!?」
しかし、王子は答えなかった。彼は無表情のまま舌打ちをし、ひとりごとのようにつぶやいた。
「普通なら消し炭になっているところなんだけどな。やっぱり王女は一撃じゃ無理か」
そして、周囲にいた男たちに言った。
「命が惜しいなら、今すぐここをでていけ。普通の人間なら、かすっただけで死ぬぞ」
「陛下、お待ちください!」
突如ひとりの男が、顔色を変えて前に進みでた。それは、さっきまでストラとアンジュを見張っていた男だった。
「王女殿下とはここで交渉をするのではなかったのですか?」
「ああ、おまえたちにはそう伝えていた。殺すつもりだなんて言ったら、誰も協力してくれないだろうからな。だが、僕ははじめからこの女を葬る気でいた。これは予定どおりだよ」
「しかし、王女を手にかけるなど!」
「うるさい」
刹那、男の動きが止まった。彼に、あのエネルギー波が当たったのだ。男は立っていたときの格好のまま、地面に倒れ伏した。慌ててストラたちが駆けよったが、そこに転がっていたのは人間の体ではなく、黒に近い茶色をした木炭のような物体だった。五本指の手の形が残っているため、かろうじてこの物体のもとが「人間」だったのだと判別できる。
「嫌ああ!」
アンジュが悲鳴をあげてしゃがみこんだ。ギルバートは言葉もなく、その物体を見おろしていた。ストラも、何がおこったのかはわからないまでも、これがとてつもなく恐ろしいことだということは理解できた。
「こ、殺される!」
さっきまで王子のそばに控えていた男たちは、皆我先にと逃げだした。王子はそれを冷めた目で眺めていた。
「まったく、使えない。臆病者ばかりだな」
「あんた、今、何したんだよ!?」
ギルバートが声を震わせて叫んだ。両手に握った拳が小刻みに震えている。王子はクスクス笑いながら、このおぞましい光景に似あわない綺麗な笑みをたたえて言った。
「うるさいから先に消したんだよ。王女より簡単に殺 れるしね。いいやつだったのに、残念だったな」
まるで道端に落とした小銭を惜しむような軽い口ぶりだった。アンジュは声もなく震えている。ストラも、王子の異常な笑顔に恐怖を感じていた。
「何言ってんだよ。人を殺したってことか? それでどうして笑えるんだよ!」
「そいつは僕の護衛に命を懸けると誓った人間だ。だから僕も信頼して雇ってやっていたんだ。それなのに、身の程もわきまえずに、偉そうに僕に楯突いた。だから死んだんだ。何もおかしなことなんてない」
ギルバートは絶句していた。しばらく沈黙が続いたあと、彼は絞りだすように言った。
「じゃあ……じゃあ、王女様もこれから殺すっていうのか?」
「当然。そのためにこうして準備してきたんだ」
「どうしてだよ!?」
「邪魔だからさ」
王子は床に手をついて苦しんでいる王女を一瞥した。王女は荒い呼吸をしながらも、なんとか立ちあがろうともがいていた。
「『長子が王位を継ぐ』なんて馬鹿げた文献が見つかったせいで、次期国王の座がこの女に渡されようとしているんだ。なんとしても食い止めなければならない。だから、この女を消すんだ。そうすれば僕が確実に王位につくことができる」
「何言ってんだ!?」
ギルバートは目をむいて三歩前に進みでた。その顔には、さっきまでの恐怖は微塵もなく、ただ、凄まじい怒りが滾っていた。
「あんた、バカだろ。姉さん殺してまで王様になりたいのかよ。そんなに国王になるのが大事かよ。狂ってる!」
「黙れ!」
王子は突然目を見開き、鬼のような形相で怒鳴った。
「王家の長男は王になるのが勤め。その道を絶たれた人間がどういう立場になるのか、おまえには想像できないだろう。国王の座を持ちえない王子など不要品だ。仕える価値も、結婚する価値も、世話する価値もない。そんなやつに生きている価値があると思うか? このままこの女に王位を明け渡せば、僕は死んだも同然だ。それなら、死ぬ覚悟でこいつを消す。そうすれば王座は僕のもとに還ってくるんだ!」
「何言ってんだよ。あんた、おかしいよ……」
ギルバートは目の前の王子を力なく見つめている。その顔も声も、とうに覇気をなくしていた。
王子はその様子を見てほくそ笑み、背後の装置を手で指した。
「これは僕の魔力を増幅させるための装置だ。この国の王族には『時』を操る魔法の力がある。普通の人間なら裏で暗殺することができるが、この力があるせいで、王女だけは簡単には殺せない。対抗するすべがあるとすれば、同じ王族である僕の力だけだ。だけど、王族の力は必ず『生まれた順に強い』という法則がある。僕は弟だから、生まれつき王女より弱かった。だから、正攻法ではどうやってもこの女には勝てない。そこで、技術者たちを集めて僕の力をレイチェル王女より強くするための装置を開発させたのさ。表向きには『環境保全のための道具だ』と偽ってね。本当はこれを利用して一週間空の時間を止め続け、その原因が見つかったという情報を流して王女を呼びよせる予定だったんだが、おかしな子供がやってきたおかげで手間が省けた。そして今、めでたく暗殺のチャンスを掴んだというわけさ!」
それから、つかつかとギルバートの目の前まで歩いてきた。
「さあ、どうする。それでも王女の味方をするか? 今のうちに降参するなら、おまえのことは見逃してあげるよ。僕は優しいから、かわいい従兄弟に手をかけたりはしないさ。ただし、将来は僕の臣下になってもらうよ。大丈夫、悪いようにはしないから。それに、国王に仕えるなんて光栄だとは思わないか?」
ギルバートは黙りこくって下をむいていた。そして、ぽつりと言った。
「おまえ、そんなやつだったか?」
その言葉が意外だったのか、王子は眉をひそめた。しかし、ギルバートは淡々と言葉を続けた。
「たしかに、あんたのことは嫌いだったよ。いつも執拗に絡んでくるし、悪口ばっかり言ってくるし。だけど、笑顔で人を殺すような最低な人間じゃなかった。あんた、誰だよ?」
王子は口を引きむすんでギルバートを見おろしていたが、やがてチッと舌打ちをすると踵を返した。
「それが答えか」
そして、今度は王女の前へと歩を進めていった。
またさっきと同じ攻撃をする気だ、とストラは直感した。
王女は低い声で冷静に言い放ち、横目でストラたちを一瞥した。
「子供たちを解放しなさい。話はそれからです」
王子は少し考えて息をつき、右手を二、三度こちらにむけて振った。すると、見張りの男があっさりと縄をほどいてふたりを解放してくれた。
「どうしてこの場所にあなたがいるのですか。なぜ、私の客人にこんな扱いをしたのですか。答えによっては、いくらあなたでもただではおきませんよ」
感情のない氷のような声色だった。ところが王子は恐れるどころか、口もとに意味深な笑みを浮かべている。
「質問をしたいのはこちらですよ。どうしてこの場所がわかったのですか? ここを知っているのは
「その様子だと、そうとうやましいことがあるようですね」
王女は帽子──もとい王冠を手にとり、ことの次第を説明した。
「この王冠は時のエネルギーに敏感です。そして、この場所からは強烈な、不気味な『力』のようなものを感じます。何か私に隠しているのではありませんか? たとえば、そこにある大きな柱時計。それはなんなのですか?」
王子はしばらく押し黙っていたが、やがてくっくっと肩を揺らして笑いはじめた。
「さすがは姉上様ですね。何もかもお見通しというわけだ。ですが、あなたも爪が甘い。こんな人気のない場所に、たったひとりでのこのこやってくるなんてね……!」
突然、地面が激しく揺れ、バキバキと廃工場の床に大きなひびが入った。そして、柱時計が以前よりも勢いよく火花を吹きだした。
「きゃあ!?」
「何これ!」
ストラたちは動くこともできず、その場にうずくまったまま、事態のなりゆきを見守ることしかできなかった。
「残念ですが、姉上様。あなたにはこの場で消えてもらいます」
王子がすっと左手を前にだすと、金色のエネルギー波が束になって王女へと襲いかかった。
「うっ……!」
光球をまともにくらった王女は鎖骨を押さえて膝から崩れ落ちた。
「ハロルド、あなた……何を考えているの……!?」
しかし、王子は答えなかった。彼は無表情のまま舌打ちをし、ひとりごとのようにつぶやいた。
「普通なら消し炭になっているところなんだけどな。やっぱり王女は一撃じゃ無理か」
そして、周囲にいた男たちに言った。
「命が惜しいなら、今すぐここをでていけ。普通の人間なら、かすっただけで死ぬぞ」
「陛下、お待ちください!」
突如ひとりの男が、顔色を変えて前に進みでた。それは、さっきまでストラとアンジュを見張っていた男だった。
「王女殿下とはここで交渉をするのではなかったのですか?」
「ああ、おまえたちにはそう伝えていた。殺すつもりだなんて言ったら、誰も協力してくれないだろうからな。だが、僕ははじめからこの女を葬る気でいた。これは予定どおりだよ」
「しかし、王女を手にかけるなど!」
「うるさい」
刹那、男の動きが止まった。彼に、あのエネルギー波が当たったのだ。男は立っていたときの格好のまま、地面に倒れ伏した。慌ててストラたちが駆けよったが、そこに転がっていたのは人間の体ではなく、黒に近い茶色をした木炭のような物体だった。五本指の手の形が残っているため、かろうじてこの物体のもとが「人間」だったのだと判別できる。
「嫌ああ!」
アンジュが悲鳴をあげてしゃがみこんだ。ギルバートは言葉もなく、その物体を見おろしていた。ストラも、何がおこったのかはわからないまでも、これがとてつもなく恐ろしいことだということは理解できた。
「こ、殺される!」
さっきまで王子のそばに控えていた男たちは、皆我先にと逃げだした。王子はそれを冷めた目で眺めていた。
「まったく、使えない。臆病者ばかりだな」
「あんた、今、何したんだよ!?」
ギルバートが声を震わせて叫んだ。両手に握った拳が小刻みに震えている。王子はクスクス笑いながら、このおぞましい光景に似あわない綺麗な笑みをたたえて言った。
「うるさいから先に消したんだよ。王女より簡単に
まるで道端に落とした小銭を惜しむような軽い口ぶりだった。アンジュは声もなく震えている。ストラも、王子の異常な笑顔に恐怖を感じていた。
「何言ってんだよ。人を殺したってことか? それでどうして笑えるんだよ!」
「そいつは僕の護衛に命を懸けると誓った人間だ。だから僕も信頼して雇ってやっていたんだ。それなのに、身の程もわきまえずに、偉そうに僕に楯突いた。だから死んだんだ。何もおかしなことなんてない」
ギルバートは絶句していた。しばらく沈黙が続いたあと、彼は絞りだすように言った。
「じゃあ……じゃあ、王女様もこれから殺すっていうのか?」
「当然。そのためにこうして準備してきたんだ」
「どうしてだよ!?」
「邪魔だからさ」
王子は床に手をついて苦しんでいる王女を一瞥した。王女は荒い呼吸をしながらも、なんとか立ちあがろうともがいていた。
「『長子が王位を継ぐ』なんて馬鹿げた文献が見つかったせいで、次期国王の座がこの女に渡されようとしているんだ。なんとしても食い止めなければならない。だから、この女を消すんだ。そうすれば僕が確実に王位につくことができる」
「何言ってんだ!?」
ギルバートは目をむいて三歩前に進みでた。その顔には、さっきまでの恐怖は微塵もなく、ただ、凄まじい怒りが滾っていた。
「あんた、バカだろ。姉さん殺してまで王様になりたいのかよ。そんなに国王になるのが大事かよ。狂ってる!」
「黙れ!」
王子は突然目を見開き、鬼のような形相で怒鳴った。
「王家の長男は王になるのが勤め。その道を絶たれた人間がどういう立場になるのか、おまえには想像できないだろう。国王の座を持ちえない王子など不要品だ。仕える価値も、結婚する価値も、世話する価値もない。そんなやつに生きている価値があると思うか? このままこの女に王位を明け渡せば、僕は死んだも同然だ。それなら、死ぬ覚悟でこいつを消す。そうすれば王座は僕のもとに還ってくるんだ!」
「何言ってんだよ。あんた、おかしいよ……」
ギルバートは目の前の王子を力なく見つめている。その顔も声も、とうに覇気をなくしていた。
王子はその様子を見てほくそ笑み、背後の装置を手で指した。
「これは僕の魔力を増幅させるための装置だ。この国の王族には『時』を操る魔法の力がある。普通の人間なら裏で暗殺することができるが、この力があるせいで、王女だけは簡単には殺せない。対抗するすべがあるとすれば、同じ王族である僕の力だけだ。だけど、王族の力は必ず『生まれた順に強い』という法則がある。僕は弟だから、生まれつき王女より弱かった。だから、正攻法ではどうやってもこの女には勝てない。そこで、技術者たちを集めて僕の力をレイチェル王女より強くするための装置を開発させたのさ。表向きには『環境保全のための道具だ』と偽ってね。本当はこれを利用して一週間空の時間を止め続け、その原因が見つかったという情報を流して王女を呼びよせる予定だったんだが、おかしな子供がやってきたおかげで手間が省けた。そして今、めでたく暗殺のチャンスを掴んだというわけさ!」
それから、つかつかとギルバートの目の前まで歩いてきた。
「さあ、どうする。それでも王女の味方をするか? 今のうちに降参するなら、おまえのことは見逃してあげるよ。僕は優しいから、かわいい従兄弟に手をかけたりはしないさ。ただし、将来は僕の臣下になってもらうよ。大丈夫、悪いようにはしないから。それに、国王に仕えるなんて光栄だとは思わないか?」
ギルバートは黙りこくって下をむいていた。そして、ぽつりと言った。
「おまえ、そんなやつだったか?」
その言葉が意外だったのか、王子は眉をひそめた。しかし、ギルバートは淡々と言葉を続けた。
「たしかに、あんたのことは嫌いだったよ。いつも執拗に絡んでくるし、悪口ばっかり言ってくるし。だけど、笑顔で人を殺すような最低な人間じゃなかった。あんた、誰だよ?」
王子は口を引きむすんでギルバートを見おろしていたが、やがてチッと舌打ちをすると踵を返した。
「それが答えか」
そして、今度は王女の前へと歩を進めていった。
またさっきと同じ攻撃をする気だ、とストラは直感した。