第5話

「ルリ、今のは?」
 あかりは今にも驚きと興奮で破裂しそうな心臓を押さえながら尋ねた。ルリはこともなげに答えた。
「足りてない意識エネルギーを補填したの。厳密には単なるあたしの魔力だけど、『ラピスラズリの力』はよく効くんだよ。昔はおばあちゃんがよくやってたの。今でも、古いお客さんにはあたしがすることもあるし」
 さらさらと言葉を紡ぐルリをよそに、遠也はひとりで木の幹にしがみついていた。あかりが肩を貸そうとすると、彼はなおも首を振った。
「もう、自分で動けるよ。ルリの変な技が効いたみたいだ」
「変でもないし、技でもないよ。馬鹿にしないで!」
 遠也の言葉に呼応するように、ルリは突然激高した。彼女は昔から、よくわからないタイミングで怒りだす癖があった。
「そういう口のききかたするんなら、さっきの魔力は返してもらうよ?」
 ルリはひとりでぷりぷり怒っていた。こうなると手がつけられないので、あかりは彼女を刺激しないよう諭した。
「急に怒らないでよ。具合が悪いんだから、心配してあげたら?」
「心配なんかいらないよ! こんなのは単なるエネルギー不足。頻繁に離脱りだつしてるからこうなるんだよ」
「りだつ?」
 あかりはルリの言葉をくりかえした。ルリは「そうだよ」とだけ答え、怒涛の勢いで続きをまくしたてた。
「いい、あかりの部屋に遠也がきたのは、遠也が『離脱』してたから。遠也の意思に関係なく、勝手に意識が動きまわってるの。ようは夢遊病だよ。ただし動きまわるのは身体じゃなくて、魂のほう。ただでさえ不完全なのに、不完全な中身が勝手に暴れてるから、収集がつかなくなっちゃってるってわけ」
「夢遊病って、寝てる間に歩き回っちゃうっていうやつ?」
 あかりは過去に読んだ少女漫画の読み切り作品を思いだしながら確認した。たしか、眠っている人が無意識に起きあがり、眠ったまま歩きだしてしまう病気のことだったはずだ。
「そうだよ。きっと、あかりの家の窓にいたのは『遠也』の分身。おおかた、遠也が寝ているあいだに意識の中から抜けだして、あかりの家にいったんだよ。で、目がさめる前に遠也の意識の中に戻っていった。だから遠也の中にも同じ記憶が残っているわけ。そうでしょ?」
 ルリが遠也にらみつけると、遠也はばつが悪そうにうなずいた。
「うん、全部覚えてる……窓をあけようとして、あかないから叩いてみて、そしたらあかりが窓をあけてくれて……それから、部屋に何か落としたことも……でも、僕がやったことじゃないんだ。その、なんていうか、違う人のやっていることをぼんやりみていた感じというか、それこそ夢をみていたような……」
「まあ、そうだろうね」
 ルリは冷たくいいはなつと、さっと自分の後頭部に手をかけた。そして、結っていたポニーテールから、器用に髪飾りだけをとりはずした。それは、澄んだ空色の美しい玉飾りだった。
「はい、これ。遠也が眠れないって聞いたから持ってきたんだけど、これを選んで正解だったみたいだね」
 よくみると、それは髪飾りではなく「腕輪」だった。かつてあかりがルリに手渡された「ラピスラズリの腕輪」に似た形をしている。
 遠也は腕輪をみて顔をしかめ、不服そうに尋ねた。
「これ何?」
天青石セレスタイト。これは安全な腕輪だから、安心して。今の遠也にはぴったりだと思うよ。暴れてる意識を落ちつかせるのにむいてるんだ。おばあちゃんが浄化してくれてる強力な石だから、よく効くはず」
 あかりは目をまるくして腕輪とルリを交互にみた。
「ルリ、腕輪をヘアゴムにつけていたの?」
 もちろん、珍しい髪飾りをしていたのには気づいていた。が、当のルリが「これ、かわいいでしょ」としか話さなかったので、たいして気にとめてはいなかった。
「そう! これなら先生にも没収されないし、見た目もいい感じでしょ。あたしの秘密兵器」
 ルリはあかりの驚きをみて機嫌をよくしたのか、意気揚々と遠也の手をとり、腕輪をその手首にはめた。遠也は不満そうな顔のまま、されるがままになっている。
「よし。じゃあ、今日はこのまま、寝るまで腕輪をつけていて。袖の下に隠しといてね。明日まであかりの部屋に誰もこなければ成功ってことで。わかった?」
「うーん……わかったよ」
 遠也はむすっとした顔のまま、承諾した。
「ルリの指示に従うのはしゃくだけど、また窓を叩くわけにはいかないからね」
「あっ、何それ!」
「ルリ、ちょっと、もうすぐチャイムが鳴るから」
 今にも暴れだしそうなルリを羽交い締めにして、あかりはふたりを教室まで連れていった。


 クラスメイトはいつもどおりだった。ルリの杖を目撃した人はいないようで、その日の教室は平和そのものだった。遠也も調子がよくなったようで、午後からは普段の調子に戻っていた。
「おかげで全然眠くならないよ。持つべきものは夢の専門家だね。少しはルリのこと尊敬しようかな」
「少しは? 少しはって何?」
「それ以外は壊滅的だろ。今日も国語の教科書忘れてるし」
「何その態度。やっぱり腕輪返して!」
「いや冗談、冗談だよ。一応感謝はしてるから。腕輪は返さない」
 憎まれ口を叩きながらも、遠也は腕輪を気に入っているようだった。本当によく効いているのかもしれない。心なしかルリへの口調も優しいような気がする。
 あかりはほっとして席を立ち、腕輪をめぐって争うふたりのもとへ歩いていった。
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