もう一つの物語

ー望むものー



自身の欲を抑えられず、気づけば彼女は快楽の中で意識を手放していた。
気を失った躰を抱き抱え、ベッドに横たわらせる。
枕元に置いたスマホが光る。
メッセージと着信が入っていた。
時刻は午前5時。
昨日帰宅してから散々彼女の躰を暴いた。
底なしの欲望を、叩きつけるように彼女の中に吐き出して。

眠る彼女は一体どんな夢を見ているのだろうとメッセージを開きながら思う。
相手は両親からだった。

《何度連絡入れても出ない。蓮のことで話しがある》

短い文面だった。
早く連絡してこいとのことだろう。
朝早くに電話するのも気が引けるが、メッセージが入ったのも日付が変わる直前だった。
発信ボタンを押して相手が出るのを待つ。
何度か鳴らしたあと、ようやく電話に出てくれた。

「もしもし」
「昨日何度も電話したのに何故出なかったんだ?」

通話の相手は実父だった。不機嫌な声が聞こえてくる。

「ごめん、昨日は……それどころじゃなかったから」

一晩経ってようやく気持ちが落ち着いた。

一年半前に彼女の前に現れた男、そいつが偶然にも昨日、彼女の目の前にいた。
楽しそうに話していた。
俺に向けられないその微笑みが、相手の男には向けられた。

(あなたは俺の妻、恋焦がれて何年も辛い時期を耐えて結ばれた仲じゃなかったのか?)

気がつけば嫉妬心として彼女の躰を貪り尽くす結果となってしまった。

「……どうした?」

実父が話しかけてくる。
電話越しに後ろで息子の蓮が泣いている声が聞こえてきた。
両親と離れて心細くなってきたのだろう。
実母が懸命にあやしている声も聞き取れた。

「……蓮を迎えに行くよ。朝まで面倒見させてごめんなさい」

通話を切る。
スマホを置くと彼女に目を向ける。
まだ目覚めそうにない、あれだけのことをしたんだ。
躰に残る自身が付けた痕。
その一つに触れると昨夜のことが思い出される。
彼女の頭を撫で、髪を一房掴むと樹は目を閉じてキスをする。

「無理させて、ごめんね」

でもあなたが好きで、好きで堪らないんだ。

愛を、気持ちを伝えるのが難しすぎてどうしようもなく心が苦しくなっていく。

一層のこと、離れてしまった方がいいのかもと思う。
でもそれはできない。

「手放すなんて、もう俺にはできないんだ。あなたしか……」


愛せないんだ。


その声は静かに部屋の中に消えていった。






※※※

実家に着くと実父が出迎えてくれ、奥のリビングで息子の蓮は実母に抱っこされていた。
昨夜は不安で眠れなかったのだろう。
その上かなり泣いたようで目が今でも潤んでいた。
樹の姿をみるなり蓮は手を伸ばしてくる。

「ぱ、ぱ」
「蓮」

息子はわかっている。
自分が父親で、そして彼女が母親であると。
実母から引きとると蓮は安心した様子で樹の腕の中で抱きついてきた。
少しの間離れたとはいえ、蓮にとってはとてつもなく寂しい思いをしたことだろう。
ごめんなと頭を撫でると腕の中の我が子は笑う。
どうやら機嫌が良くなったようだ。
実母は久しぶりの子守りで疲れたらしいが、またしたいと言ってくれる。
母親というのは何十年経とうが強いなと思う。

「二人とも、本当にありがとう。それじゃあ……」
「待ちなさい」

それまで黙っていた実父が口を開いた。

「何、父さん……」

ほんのわずか、沈黙が流れる。

「彼女と、何かあったのか?」

的確に見極めて確信をついてくる。
さすがは自分を育てた親だと思う。
樹が蓮を抱え直すと父はソファに座るよう促してくれた。
樹は自分の隣に蓮を座らせ、向かいに両親が座る。

「どうしたの?」

心配そうに実母が尋ねる。

「昨日、何かあったことは確かなんだ……」

それ以上は話し辛かった。
両親二人は顔を見合わせた後、実父が話し出した。

「その何かを解決するには、彼女が関係しているのか?」
「……っ」

息子の蓮がこちらを向いて不思議そうな顔をしている。
まるで彼女に見られているような気がした。
ため息を吐くと実父は樹と孫の蓮を見比べた。

「一ノ瀬家とは関係のない、一般的な家庭で育った女性だ。ましてやβ性で、ごくありふれた生活を送ってきた……」
「それは!」
「だが樹、お前が彼女のことを好きになり、私たち両親や一族を敵に回しかねないほどの執着愛を見せた。だから私たちも条件を出して諦めさせようとした」

けれど、と実父が続ける。

「その条件すら呑み、お前は彼女と一緒になるために努力して今の地位を築いたんだ。そして彼女がお前の愛に応えて結婚することになった。彼女が後天性のΩとなって、私たちも最初は驚いたよ、けれどそれが結果だ」

一生懸命に頑張っていることを認め、両親は彼女を一族に迎え入れたと話す。

こうなる運命だったんだ、お前たち夫婦は。

そう言われた気がした。


惹かれ逢う運命の番としてではなくても、
自身の力で惹かれ逢い、番となった。

それは紛れもなく真実。
ここまで話すと実父はソファから立ち上がる。

「さあ、帰りなさい。彼女が待っているだろう?」

そしてしっかり彼女と向き合い、お互いの気持ちを出し合いなさいと言ってくれた。

黙っていては何も解決できない。

樹はなんだか背中を押された気がした。

「ありがとう、父さん、母さん」

お礼を言って蓮を抱っこする。
帰って話し合おう。
話し合ってお互いの気持ちを整理しよう。

玄関で両親と別れ、樹は自宅へと帰った。









続く。







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