もう一つの物語
ー愛するひとー
病院での《出来事》があってから樹くんは、ますます私に対しての庇護欲が強くなっていった……。
買い物は彼が購入してくれることが多かったが、私を連れて一緒に行くこともある。しかしそれも週に一度あるかないかだった。
そもそも妊娠がわかった地点で私は仕事を辞めざるを得なかった。
辞めたくない、続けさせて欲しいと伝えたが樹くんは頑なに許してはくれなかった。
彼の実家が絡めば、尚更私は逆らうことができなかった。
もちろん妊婦の定期検診も、樹くんが付き添うことで一人で出かけることはなくなってしまう。
心と身体のストレスになってはいけないと気分転換に買い物以外の外出、主に公園だがこれに関しても樹くんが付き添うことで私は完全に一人で過ごすことはできなくなったのだ。
そんなある日、大きくなったお腹を抱えて私たち夫婦は通い慣れた公園に散歩に来ていた。
「大丈夫?」
いつものように身体を労ってくれる彼。
「大丈夫だよ、ありがとう」
歩きながら答え、私は公園にある遊具に目がいく。
若い夫婦と小さな女の子が一緒になって遊んでいる。
とても楽しそうに思え、私は思わず足を止めた。
隣を歩く樹くんも同じようにして足を止める。私の視線の先に気がついたようだ。
「かわいいね、2歳くらいかな」
「うん、かわいい。女の子だったら良いな」
「そうだね」
一緒にお出かけしたり、料理したり、やりたいことはたくさんある。
ちなみにお腹の子の性別はあえて聞いていない。
産婦人科の先生からどうするか聞かれたが、産まれてからの楽しみにしたいので断ったのだ。
結婚して一年。
彼の両親から定められた期限は三年。
やっと授かった生命。無事に産まれてくれれば何も言うことはないと樹くんは言ってくれた。
「無事に産まれてきてね」
お腹を撫でるとそれに反応してかお腹の赤ちゃんが動く。
「動いた」
「ほんとに」
樹くんが私のお腹に触れると、答えるかのように動く。
嬉しさが混み上げてきたのだろう。彼は私のお腹に耳を当ててきた。
「無事に産まれてきてくれるだけでいいから」
そう優しく話しかけていた。
その姿に私の心はときめいてしまう。
ああ、この人が私の愛する人なんだと。
もうすぐ予定日になるので散歩は控えめにし、私たちは自宅へと戻った。
※※※
そしていよいよ私のお産が始まった。
朝、仕事に行く樹くんを見送ろうと玄関まで歩いている最中、痛みが現れた。
彼がかかりつけの産婦人科に電話をしてくれ、車で連れて行ってくれることになる。
断ったが、樹くんが初産の私に何かあったら心配で仕事に集中できないと言うので、彼の業務に支障をきたしてはいけないと思い言う通りにした。
そして今現在私は、産婦人科の個室にあるベッドに横たわっている。
樹くんは体調に変化があったら必ず連絡するよう、私に言い聞かせて仕事に行った。
ちなみにここの産婦人科も、彼の実家と繋がりがある。なのでこうして優先的に部屋を借りることができるのだ。
医者の家系に産まれた彼を改めてすごい人なんだと思う。
こんな平凡な私を選んでくれたのも、私の為に親との約束を守り、誰とも付き合うことなく医大を卒業し医者になりそして私と結婚し、番にしてくれたこと。
(番になれた理由は私が妊娠し、身体の変化《βから後天性のΩ》が現れたことによるものだが)
妊娠し、Ω性になってからは彼の両親は私たちにあまり口を挟まなくなった。今では早く孫の顔を見せて欲しいと言われているぐらいだ。
あまりの変化に最初は警戒したが、孫の誕生を喜んでくれるのは素直に嬉しい。
少しずつだが樹くんの両親、義父母とも良い関係を築けたらいいなと思う。
窓辺に設置されたカーテンの合間から差し込む陽の光が私のお腹を照らす。
もうすぐお昼になろうとしていた。
その後も陣痛の間隔を測りながら私は初めてのお産に緊張していた。
樹くんには小まめに連絡を入れ、彼もまた返信をしてくれていた。
そして、間隔が短くなってくるといよいよ本番が近づいてくる。
分娩室に入り、痛みに耐えながら私はこの世で最も大変な瞬間を過ごす。
痛みから早く逃れたい。
汗が身体中から噴き出る感覚がする。
痛みと苦しいのが重なって意識が朦朧としてくる。先生や看護師たちが『あと少し、頑張って、お母さん』と励ましてくれるが、あと少しとは一体どれくらいのことなのだろうかと思い始めた頃、分娩室のドアが開かれた。
「間に合った!」
樹くんが息を切らせて入ってきたのだ。
仕事を終わらせて走って来たのだろう。
以前から立ち会い出産を行いたいと申し出ていたが、本当に来てくれるなんて。
私は汗だくの顔ではあるが、彼の到着に安堵していた。
意識がはっきりとしてくる。
「……きて、くれ、たの」
途切れ途切れに話す私の手を握りしめて樹くんは微笑んだ。
「一緒に、幸せを噛みしめたい」
私はゆっくりと頷いた。
彼に励まされ、私は最後の踏ん張りに挑む。
「んぎゃあ!おんぎゃああ!」
分娩室に響く元気いっぱいの産声。
声を聞いて私は涙が止まらなくなった。
樹くんもまた私の涙を拭い、頑張ったね、ありがとうと嬉し涙を流している。
周囲からも『おめでとうございます』と祝福の言葉がかけられた。
産まれてきた我が子と初対面する。
「おめでとうございます、男の子ですよ」
「男の……子、小さくて……かわいい」
一生懸命に泣いているのは、もうすでに母親が恋しいのかなと思っていたら、樹くんも同じことを思っていたらしい。
「母親(君)のことが好きらしいね」
まるで自分と一緒だと。
その後、産後の処置を行い私は病室へと戻って行った。
※※※
次の日、我が子に会いに行くと樹くんから聞いたのか、義父母が病院に来ていた。
私は挨拶をし、産まれた子が男の子だったことを告げた。
義父母たちはとても喜んでいた。
義母からは、《身体、大丈夫かしら?無理しないでね。子育ては私たちも協力して行うから、母親のあなたが倒れたら大変だもの。それより息子の樹に怒られるわ》と、とても積極的に関わってくれるようだ。
義父も同じようで、あれだけ私たち二人の仲を裂こうとしていた人とは思えない程、柔和な人物となった。
そこへ樹くんがやって来る。
今日は午後から出勤らしい。
「二人とも来てくれたんだ」
「ええ、初孫なのよ。しかも男の子なんてお祝いしなきゃ!」
ウキウキと祝福ムードを出す義母に樹くんは『あんまり無理させないでね、俺の奥さんを』と私を引き寄せた。
義父母たちはやれやれといった雰囲気で私たちを見て、これだと二人目も早いなと言いながら、孫の顔を新生児室から覗き見た。
我が子は今、すやすやと眠りについている。
その寝顔は、隣にいる樹くんに良く似ていると私は思う。
義父母たちも、息子に似ているなと話していた。
そして第二の性がやってきた先生から告げられる。
私と樹くん、そして義父母たちはその性別の発表に緊張していた。
「あなたのお子様は……」
ーα性でしたー
新たな幕開けとなりそうな予感がするのは気のせいだろうか、それとも……
END.
病院での《出来事》があってから樹くんは、ますます私に対しての庇護欲が強くなっていった……。
買い物は彼が購入してくれることが多かったが、私を連れて一緒に行くこともある。しかしそれも週に一度あるかないかだった。
そもそも妊娠がわかった地点で私は仕事を辞めざるを得なかった。
辞めたくない、続けさせて欲しいと伝えたが樹くんは頑なに許してはくれなかった。
彼の実家が絡めば、尚更私は逆らうことができなかった。
もちろん妊婦の定期検診も、樹くんが付き添うことで一人で出かけることはなくなってしまう。
心と身体のストレスになってはいけないと気分転換に買い物以外の外出、主に公園だがこれに関しても樹くんが付き添うことで私は完全に一人で過ごすことはできなくなったのだ。
そんなある日、大きくなったお腹を抱えて私たち夫婦は通い慣れた公園に散歩に来ていた。
「大丈夫?」
いつものように身体を労ってくれる彼。
「大丈夫だよ、ありがとう」
歩きながら答え、私は公園にある遊具に目がいく。
若い夫婦と小さな女の子が一緒になって遊んでいる。
とても楽しそうに思え、私は思わず足を止めた。
隣を歩く樹くんも同じようにして足を止める。私の視線の先に気がついたようだ。
「かわいいね、2歳くらいかな」
「うん、かわいい。女の子だったら良いな」
「そうだね」
一緒にお出かけしたり、料理したり、やりたいことはたくさんある。
ちなみにお腹の子の性別はあえて聞いていない。
産婦人科の先生からどうするか聞かれたが、産まれてからの楽しみにしたいので断ったのだ。
結婚して一年。
彼の両親から定められた期限は三年。
やっと授かった生命。無事に産まれてくれれば何も言うことはないと樹くんは言ってくれた。
「無事に産まれてきてね」
お腹を撫でるとそれに反応してかお腹の赤ちゃんが動く。
「動いた」
「ほんとに」
樹くんが私のお腹に触れると、答えるかのように動く。
嬉しさが混み上げてきたのだろう。彼は私のお腹に耳を当ててきた。
「無事に産まれてきてくれるだけでいいから」
そう優しく話しかけていた。
その姿に私の心はときめいてしまう。
ああ、この人が私の愛する人なんだと。
もうすぐ予定日になるので散歩は控えめにし、私たちは自宅へと戻った。
※※※
そしていよいよ私のお産が始まった。
朝、仕事に行く樹くんを見送ろうと玄関まで歩いている最中、痛みが現れた。
彼がかかりつけの産婦人科に電話をしてくれ、車で連れて行ってくれることになる。
断ったが、樹くんが初産の私に何かあったら心配で仕事に集中できないと言うので、彼の業務に支障をきたしてはいけないと思い言う通りにした。
そして今現在私は、産婦人科の個室にあるベッドに横たわっている。
樹くんは体調に変化があったら必ず連絡するよう、私に言い聞かせて仕事に行った。
ちなみにここの産婦人科も、彼の実家と繋がりがある。なのでこうして優先的に部屋を借りることができるのだ。
医者の家系に産まれた彼を改めてすごい人なんだと思う。
こんな平凡な私を選んでくれたのも、私の為に親との約束を守り、誰とも付き合うことなく医大を卒業し医者になりそして私と結婚し、番にしてくれたこと。
(番になれた理由は私が妊娠し、身体の変化《βから後天性のΩ》が現れたことによるものだが)
妊娠し、Ω性になってからは彼の両親は私たちにあまり口を挟まなくなった。今では早く孫の顔を見せて欲しいと言われているぐらいだ。
あまりの変化に最初は警戒したが、孫の誕生を喜んでくれるのは素直に嬉しい。
少しずつだが樹くんの両親、義父母とも良い関係を築けたらいいなと思う。
窓辺に設置されたカーテンの合間から差し込む陽の光が私のお腹を照らす。
もうすぐお昼になろうとしていた。
その後も陣痛の間隔を測りながら私は初めてのお産に緊張していた。
樹くんには小まめに連絡を入れ、彼もまた返信をしてくれていた。
そして、間隔が短くなってくるといよいよ本番が近づいてくる。
分娩室に入り、痛みに耐えながら私はこの世で最も大変な瞬間を過ごす。
痛みから早く逃れたい。
汗が身体中から噴き出る感覚がする。
痛みと苦しいのが重なって意識が朦朧としてくる。先生や看護師たちが『あと少し、頑張って、お母さん』と励ましてくれるが、あと少しとは一体どれくらいのことなのだろうかと思い始めた頃、分娩室のドアが開かれた。
「間に合った!」
樹くんが息を切らせて入ってきたのだ。
仕事を終わらせて走って来たのだろう。
以前から立ち会い出産を行いたいと申し出ていたが、本当に来てくれるなんて。
私は汗だくの顔ではあるが、彼の到着に安堵していた。
意識がはっきりとしてくる。
「……きて、くれ、たの」
途切れ途切れに話す私の手を握りしめて樹くんは微笑んだ。
「一緒に、幸せを噛みしめたい」
私はゆっくりと頷いた。
彼に励まされ、私は最後の踏ん張りに挑む。
「んぎゃあ!おんぎゃああ!」
分娩室に響く元気いっぱいの産声。
声を聞いて私は涙が止まらなくなった。
樹くんもまた私の涙を拭い、頑張ったね、ありがとうと嬉し涙を流している。
周囲からも『おめでとうございます』と祝福の言葉がかけられた。
産まれてきた我が子と初対面する。
「おめでとうございます、男の子ですよ」
「男の……子、小さくて……かわいい」
一生懸命に泣いているのは、もうすでに母親が恋しいのかなと思っていたら、樹くんも同じことを思っていたらしい。
「母親(君)のことが好きらしいね」
まるで自分と一緒だと。
その後、産後の処置を行い私は病室へと戻って行った。
※※※
次の日、我が子に会いに行くと樹くんから聞いたのか、義父母が病院に来ていた。
私は挨拶をし、産まれた子が男の子だったことを告げた。
義父母たちはとても喜んでいた。
義母からは、《身体、大丈夫かしら?無理しないでね。子育ては私たちも協力して行うから、母親のあなたが倒れたら大変だもの。それより息子の樹に怒られるわ》と、とても積極的に関わってくれるようだ。
義父も同じようで、あれだけ私たち二人の仲を裂こうとしていた人とは思えない程、柔和な人物となった。
そこへ樹くんがやって来る。
今日は午後から出勤らしい。
「二人とも来てくれたんだ」
「ええ、初孫なのよ。しかも男の子なんてお祝いしなきゃ!」
ウキウキと祝福ムードを出す義母に樹くんは『あんまり無理させないでね、俺の奥さんを』と私を引き寄せた。
義父母たちはやれやれといった雰囲気で私たちを見て、これだと二人目も早いなと言いながら、孫の顔を新生児室から覗き見た。
我が子は今、すやすやと眠りについている。
その寝顔は、隣にいる樹くんに良く似ていると私は思う。
義父母たちも、息子に似ているなと話していた。
そして第二の性がやってきた先生から告げられる。
私と樹くん、そして義父母たちはその性別の発表に緊張していた。
「あなたのお子様は……」
ーα性でしたー
新たな幕開けとなりそうな予感がするのは気のせいだろうか、それとも……
END.