第三章

陽寄さんの従姉弟だという青年は、蓮に冷たい印象を与えると先程と変わらない、人懐っこい姿を後方にいる二人に向ける。

「出直して来ます。どうもすみませんでした」

礼をして彼は去って行った。

「どうした?なんか言われたか?」

龍真が声をかける。何か話しかけられているのが見えたようだ。
なんでもないと首を振ったが二人が心配そうにこちらを見ている。本当になんでもないよと言ったが、蓮は心に不安の種を感じていた。









※※


蓮たちが帰宅する一時間ほど前、双子の兄妹である優と鈴は一足先に自宅に着いていた。
今日母親は遅番で、夜7時まで仕事だった。もちろん迎えに行くのは夫である樹の役目であったが。

「ただいま」
「ただいまぁー」
「二人ともお帰り」

仕事が休みの父が今日は出迎えてくれる。
玄関で靴を脱ぎ、鈴は優に注意を受ける前に手を洗いに洗面所へと向かって行った。
きちんと脱いだ靴を端に寄せ、優は出迎えてくれた父に話す。

「聞いてほしいことがあるんだけど」
「どうした、優?」
「今日のおやつは蒸しパンだって!ママの手作りだ!」

洗い終えた鈴がキッチンに置いてあるおやつを発見したようだ。

「嗽もちゃんとしたの?」

優はもうすでに蒸しパンにかぶりついている妹が気になるようだ。

「話しはあとで、父さんの部屋に行くから」
「分かった」

お昼過ぎに妻を職場に送り届けた後すぐ、彼女から電話があった。
蓮が学校で発情状態に陥り、持参していた薬を服用して大事には至らなかったと。
帰りは蒼と一緒に帰るように連絡を入れたと言っていた。
何があったのだろうと思いながら、樹は子どもたちの帰りを待つのだった。





※※※

優が話しをしようと父の部屋に行こうとした矢先、兄二人が帰宅して来た。

「ただいま」
「おかえり」

階段の上から出迎えの挨拶をする。

「二人揃って帰って来るなんて珍しいね。蒼兄、部活は?」
「今日は休んだ」
「なんで」
「蓮兄が学校で調子悪くなったから、一緒に帰ってくれって母さんからメールきたから」
「体調不良?」

帰宅した兄の蓮を見るにそのような姿、様子は見受けられない。
優は階段を降りて二人の前へとやって来る。
そこへ父も出迎えに奥からやってきた。

「お帰り、蓮。身体は大丈夫……か?」

父は母から大方の事情を聞いているようだった。

「だだいま、父さん。身体は今はもう大丈夫。優が用意してくれた薬を服用したら落ち着いたよ」
「薬……蓮兄、学校で騒動起こしたの?!」

優が驚き声を荒げる。

「それはないと思う。陽寄さんが助けてくれたから」
「陽寄さん?ああ、この前家に来た人だよね」
「でも彼女、僕を助けたあとに早退して」
「蓮兄のフェロモンにやられたとか?」

蒼が口を挟む。

「違う、陽寄さんには……効かなかった、みたいなんだ」

彼女はβで効かないのは当たり前なのに。不規則に起こす発情の波を感じられないのはわかる。けれどそんな言葉じゃ伝えられないぐらい、彼女は匂いに酔っていなかった。
違和感をこのとき蓮は感じていたが、それよりも自身の身体のことでいっぱいになっていたので冷静に考えられなかったのだ。
玄関で話しても疲れるので、四人はリビングの席へと移動することにした。

「それで、彼女から連絡は?」

蓮はスマホを開いたが首を振る。

「来てない、返信はないよ」

優はため息を吐くと、以前蓮が襲われたときに落ちていた紙切れをテーブルの上に置いた。

「これはあのときの」
「そう、蓮兄が倒れていた廊下に落ちていたもの」

そして一冊の本を横に並べ、あるページを開いた。

「難しい内容だな、これ」

蒼が頭を悩ます。こんな難しい本を読んでいるとはさすが弟、と思う。
兄には構わず、優は開いたページと紙切れを照らし合わせ始めた。

「この薬剤配列、似ていない?この紙切れの配列と」

優が示した先には確かによく似た文字、数字の羅列があった。
しかし素人がみても理解できない。

「これは何を表しているの?」

蓮が弟に問いかけた。

「これは、蓮兄が飲んだ薬、つまり抑制剤の薬の基となった配列表だよ」

下の段にはΩの発情期を抑える薬の配列も載っていた。
落ちていた紙は発情を抑える薬の表を示していたのだろうか?

「じゃあこの紙切れは抑制剤の……」
「似ているけど違う、これは」
「違う?」
「じゃあなんだよ?」

痺れをきらした蒼が立ち上がり弟に言い寄る。
優は一呼吸置いて話し出した。

「これは抑制剤よりも高度な薬を開発する為に作られた配列文字記号だよ。おそらく……」

そこで黙っていた父が口を開いた。

「番の、解消薬……」

優たち三人が父親に目を向けた。

「番……解消……」

子どもである蓮たちは両親のことを思った。
父と母は《運命の番》として結ばれている。それを解消することが可能となり得る薬が開発されようとした事実を、父は一体どのような心境で語ったのだろうか?
優は本の方へ視線を戻した。

「この抑制剤を生み出した人物、そしてこの本の著者、それが……」





ー如月 晴人 と言う人物だったー













第三章、END.
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