第三章
蓮が目を覚ましたのは、お昼を回った頃だった。
教室に戻ると龍真が大丈夫か?と心配そうに声をかけてくる。陽寄さんから状態を聞いたようだった。
「もう大丈夫……あれ、陽寄さんは?」
隣の席にいるはずの彼女がいない。
「なんか、体調悪いから早退するって帰った……」
頬の怪我はあったけど、かすり傷程度だった。
体調を崩すようには見えなかったが。
そこで思い出す。
陽寄さんはどうして蓮のα性を知っていたのか?
眠りに着く前に何か言っていたようだが、『ごめん』の言葉しか聞こえなかった。
午後からの授業までまだ少し時間があったので、体調不良を起こした内容を母親にメールし陽寄さんにも迷惑をかけたことと、体調の様子を聞くメッセージを送る。
母からはすぐに返信があった。
早退しなくてもいいのかしら?と子どもを心配する文面が書かれていた。
大丈夫と返事を返し、そのまま授業を受ける。
その日、陽寄さんからの連絡はなかった。
放課後。
「一緒に帰ろ、蓮兄。龍真さんも」
母から聞いたのだろう、弟の蒼が二年のクラスに顔を出した。
途端にきゃぁあ!と同じクラスの女子たちから声が上がる。
(まずい、騒ぎになる!)
蓮は蒼と龍真と一緒に慌てて教室を後にした。
「母さんからメールきて、今日は一緒に帰ってほしいってさ」
内容は聞いているようだった。
靴を履き変え、三人はグラウンドを越えた先にある校門へと向かう。
家族の中で、この発情状態のことを理解できるのは弟の優しかいない。
父はすでに母という番を得ているので起こらない(母親に対しては起こるらしい)ので頼りは優だけだ。
蒼と龍真はβ、妹の伊織も同じβ性。一番下の妹は母親以外の唯一のΩ性なので蓮や優とは違う、定期的に起こる発情期(ヒート)がある。
中学に上り、その調整が難しい時期があって学校でちょっとした騒ぎになったことがある。
その際にも優は冷静に鈴の、妹の発情に対処したのだ。
優のおかげで鈴は体調をコントロールできるようになり、今では問題なく学校に通えている。
将来医者になりたいと宣言している、まだ中学生の弟のことを心の底から尊敬する。
そして同じα性の者同士、持っていた方が良いと抑制剤を持たせてくれたことにも感謝だ。
服用すると一気に眠気に襲われるが、効果は抜群だった。
開発者にも感謝の言葉を伝えたいぐらいだ。
「そう言えば陽寄さんは?」
学年の違う蒼は、彼女が早退したことを知らない。
「陽寄さん、帰ったんだ。午前中に」
隣を歩く龍真がいない理由を話した。
「そうなの?」
どうしたんだろう?と蒼が聞き返そうとした時、校門の前で誰かがこちらを見ていることに気づく。
その人物はこちらに用があるようで、他の生徒には見向きもしていない。
「誰だ?」
三人とも知らない顔ぶれのようだ。
門前まで来ると、その人物はこちらに声をかけてきた。
「こんにちは、始めまして」
お辞儀をし、挨拶する律儀な青年が顔をあげる。
黒のマッシュヘアで、眼鏡をかけている彼が笑みを浮かべた。
「陽寄 遥さんのお友達です……よね?」
彼女の名前が出た途端、三人は顔を見合わせた。
蓮が問う。
「あなたは、陽寄さんのお知り合いですか?」
相手は頷いた。
「遥お姉ちゃんは僕の従姉弟で、陽寄 翔と言います」
従姉弟……と聞いて三人はまたもや顔を見合わせた。
兄がいるとは聞いていたが彼女に従姉弟がいたなんて聞いたことがない、初耳だ。
翔と名乗った青年は、その場に遥がいないことを尋ねてきた。
「今日は遥お姉ちゃんはいないんですか?」
「体調不良で早退したみたいなんだ」
「そうなんですか!?」
知らなかったようで、彼は驚いている。
「久しぶりに会いに来たのに」
残念そうに彼は肩を落としている。
「連絡とったんだけど、彼女から返事がなくて」
スマホを取り出し、もう一度蓮はメールを確認する。
やはり返信はきていなかった。
「え?見せてください」
蓮のスマホ画面を覗き込むようにして翔は近づく。
「ほんとだ、既読になってない」
「いつもならもっと早く返信してくれるんだけど……」
どうしたんだろうと蓮が話した矢先、相手の纏う空気が変わった気がした。
顔を上げると、彼の目が先程とは違っていた。
眼鏡の奥にある瞳からは怒りを感じる。
蓮の制服のネクタイを引っ張り顔を近づけると、翔は冷淡な声で言った。
「ほんと親しずき。でもハルカ姉さんは、俺のものだから」
これ以上近づくなと。
蓮はたしかにそう聞き届けたのだった。
続く。