第二章 本編


家族 




深い海に沈んでいくような感覚を覚える。
足掻いても抜け出せない、身体の自由がきかない。必死に手を伸ばし、見えない何かに縋ろうとする。


誰か、誰か、助けて、僕は、僕は……



目を開けるとそこは見慣れた天井、自分の部屋だった。
傍らには心配してこちらを覗き込む蒼の姿。

「蓮兄、気がついた!?」

何があったのかわからない。頭がぼんやりする。

「蒼……」
「すごく、心配した……」

無事を確かめるように兄の肩に自分の額を載せてくる。いつも元気な弟が、泣きそうな顔をしていた。

「そうだ、飲んだお茶に何か入ってて、身体が熱くなって、それから……」

思い出そうとすると部屋のドアが開いて、両親と妹の伊織が顔を出した。

「蓮!」

母が僕に抱きついてきた。
とても心配だったんだと思う。抱きしめられた母の身体が震えている。小さい頃は思わなかったが、今はこんなに小さく感じる母の背中。

「母さん……僕は大丈夫……」

震える母の背を撫で、蓮は顔をあげる。
母以外の家族もみんな、安堵の表情を浮かべていた。

「さて、作りますか!伊織特製の元気になるご飯を」

腕まくりした妹は部屋を出て行く。
母だけはずっと抱きしめてくれていた。

「母さん、ちょっと息が……苦しいかも……」
「あ、ごめんね。身体辛いのに」

緩められた母の手を僕は握り返す。

「本当に心配かけてごめんなさい」
「無事だったらそれでいいの……」

母の目に涙が浮かんでいる。

今回の事件で、蓮は自分の立場がいかに危険な存在であることを知らされた。
父が母を支えるようにして立たせる。

「蓮、身体の調子は?」

「うん、今はもうなんともないみたい」

身体を動かしてみても違和感はない。

(そう言えば意識を失う前に何か飲まされたような……)
微かに残る記憶を蘇らせる。
(柔らかい感触、あれって……)

「ファースト……キス……」

思わず口元を抑える。

「どうしたの、蓮?」
「……なんでも……ないよ」

下を向いて返事をする。
心配そうに母がこちらを覗き込んできた。

「まだ身体辛いの?顔が赤い気がするわ」
「だ、大丈夫だよ」

母が額に手を当てて熱があるか確認しようとした矢先、伊織が出て行った扉から二人の人物が顔を出した。

「蓮兄ちゃん。大丈夫?」
「身体、違和感とかない?蓮兄」

一番下の兄妹、優と鈴だった。鈴は兄の蓮に駆け寄る。

「ほんとに?」

こちらもうるうると涙目である。
「大丈夫だよ鈴、心配かけたね。ごめんね」
「無事でよかったぁあ」

母と同じように抱きついてくる、可愛い妹。
よしよしと頭を撫でながらもう一人の弟、優に声をかけた。

「優、何か言いたそうな感じだね」

さすがは兄、と言った様子で優は一枚の紙を取り出した。

「これ、蒼兄が持って帰ってきたんだけど……」

みんなに話したいと言い、蓮たちはリビングに集まることになった。





       ※※※

伊織はご飯を作っているので、リビングには両親、蒼、優、鈴、そして蓮の6人がテーブルを挟んで座る。

「蒼兄が、あの場所で見つけたものなんだけど」

優は集まったみんなに先程見せた紙をテーブルの上に出した。

「蓮兄が倒れてた廊下に落ちてたんだけど……これって……」

紙切れであるが何か書いてあるようだ。
優はこんな話をし始めた。

「De……すなわち薬の効能に関する薬剤の配列表が書かれてる」

集まった全員、どういうこと?と言う顔をしている。


「蒼兄の拾ったこの配列表、実はまだ公表されていない、未発表のもののようなんだ」
「未発表?」
「承認されていない薬ってこと」

はーいと鈴が手を上げる。

「承認されてないと使っちゃいけないんだよね?優」

妹の質問に優は頷く。

「この薬は世に出回っていない、つまり未発表前に、何らかの形で蓮兄のもとにきたことになる」
「なぜ、そんなことを」

今度は母が質問する。

「理由はわからないけど、落とした、もしくはわざと落として行った……」
「わざと?」
「気づいてもらいたい何かが書かれていた……とか?」

その可能性が高いと優は頷いた。

「でも、配列以外何も情報が無くて」

お手上げ状態だと優は首を振り、手を上げた。
短時間でここまで調べて解読しているだけでも凄いことだと蓮は思う。
さすが将来、医者になりたいというだけある。情報と知識が半端ない。


優は蓮と同じαとして産まれてきた。
そして鈴は優の双子の妹であるが、母親以外の家族の中で最初からΩ性として生を受けたのだ。
産まれたときから守らないといけない存在……。
双子の兄、優はそう言って鈴のことを守ってきた。
そして、中学に上がったあたりから、鈴の身体に変化が訪れはじめる。
Ω性の発情期だ。
成長期と重なり不安定であるため、それを見極めて妹を守るために、優は鈴の身体を薬で抑え、調整している。
もちろんクラスは一緒だ。
こうして鈴は優と、その家族に見守られて生活をしているのだ。
お陰で鈴は今のところ安定している。

事件解決の糸口が見つからないまま伊織が作った元気の出る料理を、家族一緒に食べるのだった。




※※※

「身体を休めるのに、しばらく学校は休んだ方が良いと思う」

弟の優は、特に蓮兄は今まで発情状態を起こしたことがなかった分、反動が大きいと言う。
なぜ起こらなかったのかは不明だが。
今落ち着いているとはいえ、一度でも起こされた本能は、今後大きな衝動性を引き起こすことになる。
それも含めて体調を整えることを先決に、とのことだった。

「分かった、いろいろと調べてくれてありがとう、優」
「大切な家族だから、当たり前だよ」

当然のように言われ、嬉しくなった。
優しい弟に、家族に恵まれたなぁと思う。
優と別れ、自分の部屋に向かうと廊下で父と出会う。

「蓮、少し話せるか?」

二人でとのことだったので、蓮は自分の部屋で話そうと提案した。


      ※※

パタンとドアを閉める。
蓮と父はベッドに横並びに座った。
話し出したのは、父からだった。

「あの人から聞いた話しのことだけれど」

父の方を見る。

「父さんと母さんのこと、だよね」
「ああ」

そこから父は母親との出会いから、執着し、合意なく無理やり母を襲ったこと、実家からの圧力、祖父の差し金で自身が強制的な発情状態に陥らされたこと、そして駆け落ちしたことを話してくれた。
その最中、母が蓮を身籠ったことも。
最初は聞きたくない内容であったが、父が母を想う、強い愛情を感じた。
だから最後まで聞くことができたのだ。
ここまで愛されて、母がβ性からΩ性に変化した理由も頷ける。
父は困難を乗り越えて、母と結ばれたのだ。

ー運命の番ーとして。
ただ一人の伴侶として。

だから17年経った今も尚、母に深い愛情を注ぐのだなと理解した。


「彼女も俺も、蓮が産まれたときはほんとうに嬉しかった」

血の繋がった我が子を抱いたとき、涙が溢れたと、そして産まれてきてくれてありがとうと感謝と幸せな気持ちでいっぱいだったことも。

蓮は自身の生い立ちが決して悪いことではなかったと思った。

それだけで充分、両親の愛を感じられたから。
話し終えたあと、父は最後にこう話した。

「蓮、今までα性の衝動が現れなかったのは、母親の、β性の名残りがあったからかもしれない」
「え……じゃあ僕はβ性なの?」

首を振って父は答えた。

「残念ながらα性だ。優も言っていたと思うが、一度呼び覚まされた性は、今後、蓮、お前の身体を襲うことになる。だから、一層、気をつけなければならない。あの人は特に、祖父には気をつけないと」

そこからはα性の発情期のときはどうするのか、抑えるための薬の話、Ω性の者と接触する際は特に気をつけなければならないことも教わった。

しばらくは体調不良で休むとして、今までと同じ生活をすることはできなくなったことを蓮は強く感じるのだった。







第二章、END.












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