本編
公園から歩いて5分ぐらいのところにある図書館に樹くんは案内してくれた。
こちら側の町へはあまり来ないので図書館があったことに私は驚いた。
「へぇ、ここに図書館があるんだ」
彼と私は図書館の入り口に足を踏み入れた。
「ここだといろんな資料にも目を通せるし、話しやすいかなと思って」
でも声を出しちゃいけないから、話し合いは隣のスペースに設けられた談話室じゃないとダメだからと樹くんは説明してくれた。
図書館は静かに過ごすのがモットーの公共施設だ。
だが歯科衛生士の資料も、それに関連する職種関係の本も置いてあるので、私が購入した本と併用して良い話し合いが出来そうだ。
念のため、ノートを持ってきて良かったと思う。
資料を探して自分なりに一度意見をまとめ、それから話し合いするという方法で意見が合致し、それぞれ自身の職種に関連する本を探すのだった。
※
1時間半ぐらい経ったあと、私は書きまとめたノートを持って談話室へと向かう。
席には樹くんが先に座っており、もう意見をまとめたのかと関心する。
さすがはα性を持つ優秀な彼だ。
バイト時代にも、樹くんの天才的な才能を私は感じていた。
ーあのような事態に陥らなければ、今も交流があったかも知れないー
「お待たせしました」
「大丈夫、今来たところだから」
私が近づくと樹くんは立ち上がり、どうぞと席を譲ってくれる。
「早速なんだけど……」
隣同士に座る形となるが、私の思いとは裏腹に彼は調べた内容と、自分のまとめた感想を語り出した。樹くんからは恐怖を感じられない。
本当に、意見交流目的の為の話し合いのようだ。
私は、樹くんの話しに耳を傾けて聞き入った。
もちろん私の調べた内容も交えて、お互いに必要な意見を言い合う。
話しの流れで、やはり歯科衛生士には子どもたち、医者にはお年寄りの観点から問題があることを導き出す。
「私の仕事では、子どもたちの歯科嫌いを無くす、つまり虫歯を無くして元気に過ごすことができるかが課題かと思います」
「そうだね。虫歯を治療することで子どもたちが元気になると、俺たち医者も助かる。歯科嫌いを無くす方法か、確かにこれからの課題だね。こちらはお年寄りの病院嫌いをどうにかしたいと思う」
お年寄りは風邪を引いても寝てれば治ると言う謎のまじないに捉われており、悪化する傾向が多い。
しかも家族が通院するよう勧めてもなかなか重い腰をあげようとしない。
病院、それはもう家に帰れないという宣告を受けたのも同然に思えるようだった。
最後くらい自分の好きにさせてくれ!と言うお年寄りなりの《わがまま》なのかも知れないが、周囲はそうは思わない。
一日でも長くそばにいて欲しいから病院で治療をし、長生きをして欲しいと願う家族の思いが伝わらない現状。
「たしかに、歳を重ねた方はなかなか病院に通われないです。それは歯科業界でも同じです」
義歯を合わせればしっかりと噛むことができ、美味しく食べられると言うのに、合わせるのが面倒や、新しい義歯の違和感などを理由に柔らかいものしか食べない人が多い。
しっかりと噛むことでその食材の美味しさを感じることができるのに、それを怠るお年寄りもまた、増えつつある。
一番良いのは自分の自歯で食べられることなのだが、それを代用した義歯など、とにかく咀嚼できる口腔内の衛生状態、またその状態を維持できるようサポートすることができる環境が必要かと思われた。
長々と話し合いをしたが、老若男女、どんな方にも病院と歯科業界は繋がりを強く持った方がよい職種だという結論が出た。
もう少し話し合いを続行したかったが、談話室の時計を見ると夕方の5時を回っていた。
「話し込んじゃった。そろそろ帰ります」
「そうだね。暗くならないうちに帰った方が良いから」
樹くんとの会話はとても勉強になり、良い刺激となった。
過去の出来事を切り離すと、正直もっと話したい気持ちになる。
「あの!」
私は席を立ち、歩き出した樹くんの背に声をかけた。
彼が振り向く。
「今日はとても勉強になりました。欲を言えば……話し足りないぐらいです。なので……」
私は以前の囚われていた気持ちを置いて樹くんと向き合う。
「またこうして意見交換しませんか?もちろんお互いの仕事の向上のために」
少しの間があり、彼が頷いた。窓ガラスに当たる夕日が反射となって表情までは見えなかったが。
「そうだね、こうした交流は定期的にした方が効果が見られるから良いと思うよ」
次はいつにしようかと話し、私は再び樹くんと話しをする予定を立て合うのだった。
※
「それじゃあ、気をつけて」
最寄り駅まで送り届けると、彼女は礼をして乗り場に続く階段を上がって行く。
再び、彼女と会うチャンスができた。
正直、これっきりになるかも知れないと思っていたので、樹としては新たな作戦を考えていたのだが彼女は自分との話し合いを気に入った様子だった。
ただし、医者と歯科衛生士という肩書きの立場での交流だったが。
それでも彼女から次の予定を相談されるなんて思わなかった。
薄く微笑んだ表情は、おそらく逆光となって彼女には見えなかっただろう。
樹が行った悍ましいほどの過去を彼女は拭い去ることはできないだろう。
ならばそれを超えるような光景を、彼女に見せるしかない。
番の相手には、あれからずっと薬を服用してもらっている。
自分も飲んでいる。この頃、躰に違和感を感じることが多くなったので、瑠偉さんのところに行こうと連絡を入れていた。
「愛しているのは、彼女だけ。あの日から変わらず、彼女だけに自分の想いが伝わればいいんだ……」
彼女と一緒になれたら、それが俺の幸せなんだと樹は思うのだった。
続く。