本編


後日、職場の休憩室にて碧さんに約束の日、友人と会うのでマンションには行けなくなったことを謝った。

彼は怒ることもなく《楽しんでおいで》と、私の話しを受けとめてくれた。

しつこく問いただすわけでもない。

そんな碧さんを騙しているような気持ちになり、私はちょっぴり後ろめくなる。

「ごめんなさい……、碧さんとの約束が先だったのに」

彼は頭を垂れる私の顔を上げさせた。

「碧……さん?」
「それじゃあ、キャンセルした埋め合わせをしてもらおうかな」
「埋め合わせ?」

そう、と彼は私の頬にキスをし不敵な笑みを浮かべる。
その表情に私はなんだか嫌な予感がして離れようとしたが、碧さんの腕の中に囚われてしまう。

「次の休みは、僕をうーんと甘やかしてもらいます。覚悟は?」

どんな仕打ちが待っているのかと思っていたので私はふふと笑う。

「覚悟、してます!」

目線を合わせ、約束だからねと額と額をくっ付けて笑いあった。
今度のお休みがとても楽しみになる私と碧さんなのだった。







樹くんとの約束当日、私は身支度を整え、手提げ鞄に本を入れるとアパートを出る。

待ち合わせの時刻は午後1時。

碧さんのお仕事時間は午後からなので、私は彼の仕事開始前にメールを送った。

《碧さん、お仕事頑張ってください》

鞄にスマホを直し、私は待ち合わせの場所へと向かう。
指定された公園まではいつも乗り降りする電車の乗り場と反対方向に乗らなければならないので、私は反対側の駅のホーム階段を登る。
登り切ったところでメールを知らせる音がした。
プラットフォームに着き電車を待つ間、スマホを開くと二通メッセージが入っていた。

一通目は、碧さんからだった。

《頑張るよ!そっちはお友達と楽しく過ごして来てね!》

お友達……と言う言葉に少し嘘をついているような気分にもなるがこれはただの交流会と自身に再度言い聞かせて、私は二通目のメッセージを開いた。

送信者は樹くんからだった。

《公園の中にある、滑り台の前に待ち合わせ場所が変更になりました。時間は同じです》

「時計台の下じゃないんだ」

私はわかりました、今から電車に乗るのであと30分くらいで着くと思いますと返信すると、やってきた電車に乗り込んだ。

平日のこの時間はこちら側の電車はあまり混まないようで、私は座席に腰をかけて景色を眺めていた。

目的の最寄り駅まであと、五駅。

そこから徒歩で10分ぐらいだが各停の電車に乗り込んだので五駅分の停車、発車がある。
揺れる車内の広告を見たり、スケジュール帳を開いて明日明後日の勤務を確認をする。

(来週の日曜日は碧さんをうんと甘やかす日だ》

何をして彼と過ごそうかと思い、私は誰もいない車内で小さく笑うのだった。





電車を降りて10分程歩いた先に目的地があり、私は徒歩で公園への道のりを進む。
歩くと汗ばみ、私は鞄からハンカチを取り出して額と頬に付いた汗を拭う。

「ふぅ、もっと普段から歩かないとね。躰のためにも」

年齢を重ねるにつれ、躰にも負担が生じてくる。
健康は若いうちに考えていなければと思いつつも、早く涼しい場所に行きたいなと甘えた感情も持ち合わせながらようやく公園の入り口に着いた。

腕時計を見ると午後1時前だった。

変更となった場所を探して公園内を歩く。
その途中で最初に待ち合わせしていた時計台の横を通る。

時計台の下にはバリケードがしてあり、《老朽化に付き、取替工事実施中、注意!》と書いた看板が立て掛けてあった。

「だから場所、変えたんだ」

危険だった為、樹くんは私に教えてくれたようだ。

そこで私は気づく。

もしかして、樹くんは私が電車に乗る前からこの公園に来ていたことになるのではないかと。

「待たせちゃってるかも、急ごう」

足早に時計台の前を過ぎると、何人かの親子連れとすれ違う。

いつか私も、碧さんと……

そんな思いを抱きながら歩いてゆくと前方に緑のペンキで塗られた滑り台が見えた。
その前に佇む一人の男性に私は声を掛けた。

「樹くん、待たせてごめんなさい」

彼は顔を上げると心底安堵した表情を見せた。

「……本当に、来てくれた……」
「え、何?」

よく聞き取れなかったので聞き返したが、樹くんはなんでもないよ、よく迷わずに来られたねと話す。

過去、私は樹くんに女友達と遊びに行った際、友達と逸れ、迷ったエピソードを語ったことがあった。
それは彼が私と同じβ性だと思っていた頃の話しだった。
そんな昔の話しを持ち出され、私は樹くんに近づいて抗議をする。

「そこまで方向音痴じゃありません!」

頬を膨らませて怒ると彼は懐かしいものでも見るような目をして私を見つめてきた。

「樹くん?」
「……あの頃とは違うんだ。ごめんね、なんでもない」

それじゃあ行こうかと、樹くんは私と少し距離を空けて歩き出した。

彼なりの配慮かも知れなかった。
確かに私は今も心の中で樹くんに対する警戒心を持っている。

なので彼の後ろを歩き距離を保ったまま、話し合いができる場所へと向かう。
時折樹くんが振り向いて私が来ているか確認してきたが、私はちゃんと着いて来ているから前向いて歩いてくださいと言うと彼はそうだねと頷いて歩き出したのだった。











続く。






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