第四章
ー如月 晴人ー
その人物が作り出した抑制剤の仕組みが、今回の事件と関わりがある……
そう睨んだ優は、父や兄たちをリビングに集めて話しをしたのだ。
そして、抑制剤よりも高度な技術が必要とする実験が、おそらく行われている。
父が語った言葉。
【番の解消薬】
もし現実になってしまえば、世の中にいる番の者たちは反発するであろう。
両親のようにお互いが望み、愛し合って番になった者同士なら尚更だ。
「みんな、そんな暗い顔してどうしたの?」
そんな重苦しい中、おやつの蒸しパンを食べ終え、自分の部屋に戻っていた鈴がリビングで話す声に気づいてやってきた。
妹はまだ中学生、だからといってこの問題に関わらせないわけにはいかなかった。しかも彼女は母親を除いて一ノ瀬家唯一のΩ性を持ち、狙われる可能性も十分にあり得る。
「鈴、ちょっときて」
「優?」
鈴は兄たちの元へ近づく。
そこで妹は先程の話しを優や兄、そして父親から聞かされた。
これはとても大切なことだと。
優たちから全てを聞き終えた鈴は呆然としている。
「鈴、大丈夫?」
蓮が鈴の意識を戻そうと肩に触れた。我に返った鈴は下を向きながら話す。
「……難しいことだね。私はΩだから気をつけなきゃ。薬も、必ず持ち歩くようにする」
「僕もサポートする、鈴」
「優……いつもありがとう」
妹の身辺の守りは弟の優が担ってくれるので皆が安堵していると、父が手をそっと上げた。
「父さん、どうしたの?」
「実は、みんなに会って欲しい人がいる。日を決めて会いに行きたいと思っているんだ」
父は先程と同じく慎重な面持ちだった。
※※
その日の夜、仕事を終えた妻を迎えに行った樹は帰宅途中の車内で彼女に語った。
息子の蓮たちが服用している薬の開発元が、今回の事件に関与している可能性が高いということ。そして番の解消薬が開発されているかも知れない事実を。
「そう……なのね」
蓮の学校での出来事を含め、彼女は深いため息をついた。
「仕事で疲れているのに、こんな重い話しして、ごめんね」
「ううん、話してくれてありがとう。それよりも……」
前方の信号が赤になる。
「番の……解消薬、私たちのような《運命の番》同士でも、その作用が働いてしまうのかしら……」
停車した車内で樹が妻の方に目を向ける。
その表情からは失いたくないという声にならない彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。
信号が変わり、走り出した車内で樹が話す。
「番解消薬ができたとしても、俺はあなたを離しはしない。一生、君は俺の番であり妻で……」
車を道路脇に停め、身体をこちらに向けてくる。
「愛する女性、ただ一人」
「……樹くん」
仕事から帰る道中だというのに、向けられた彼の灰青色の瞳に彼女は囚われてしまう。
近づく唇に自然と重ね合ってしまう。
優しく髪を撫でられ、不意にグイっと身体を引き寄せられる。
口付けがより深くなり、舌が絡まる。お互いの唾液が車内を淫らな雰囲気にしていく。
「ん、はぁん」
彼女の鼻から抜けるような甘い声に、樹は酔いしれていく。
愛する妻をもっと乱してやりたい衝動に駆られたとき、スマホが鳴った。
はぁはぁと荒い息をする妻に変わって樹が電話に出た。
「お父さん、お母さん迎えに行くのにどれだけ時間かかっているの?ご飯冷めちゃう!」
本日の料理担当である伊織から帰宅の催促だった。
「ごめん、もうすぐ帰るから」
電話を切って妻に目を向けた。
目が少し潤んでいる、このまま帰ると何かあったと勘づかれてしまいそうだ。
特に優には……
娘に少し用事ができたから先に食べて欲しいとメールし、車を走らせる。
「樹くん?」
「ちょっと遠回りして帰ろう。それとも、続き……したい?」
妻が耳元まで真っ赤にして狼狽えている。
何年経ってもこの表情をみると無性に愛し合いたくなってしまうから困ったものだ。
少し帰宅時間をずらして樹たち夫婦は自宅に帰るのであった。
続く。
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