第四章


如月製薬は薬学に関して国内トップレベルの企業だった。
そして如月家からは多数の薬剤師や薬に関する仕事に就くものが多い中、《如月 晴人》もそのうちの一人だった。
彼の専門は開発、調合、つまり新薬や既存の薬を改良をし、身体に負担の少ないものにする分野だった。
学生時代からその才能を開花させ、まさに絵に描いたようなエリートコースを進んでいるようにみえた。
だが母親の存在が、晴人にとっていかに重要であったか、一族の者は誰一人として知らないのであった。

「晴人、お願いね。私にもし何かあったらあの子をーー」

「そんな縁起でもないこと言わないで、お母さん」

このとき交わした約束が現実となるとは、思いもしなかった。








※※※

晴人はαとしてこの世に生を受け、如月家から大切に育てられてきた。しかし、10年後、やっとの思いで二人目を産んだ母親から告げられたのは、妹はβだと言うことだった。一族からは失望と厄介者として妹は扱われることになる。
しかし母親だけは違った。

「バース性だけで人生決められるなんてまっぴらごめんだわ」

父とは政略結婚の末に自分を産んだが、妹が冷遇されるのに耐えられなかった母は実家の陽寄家に身を置くことになった。
陽寄家は家系的にもΩ性の者が産まれやすく、母親もΩであったので、政略結婚にはもってこいの相手だったらしい。

「一生独り身でも良かったぐらいよ、ほんと迷惑な話しだわ」

意外と短気な性格なのに、良くあの如月家で生活していたなと思われがちだが、本人曰く猫かぶっていたらしい。
そんな母親である菜那に転機が訪れたのは晴人を産んで10年後のことだった。
初めの子がα性だったので大いに期待が膨らむ中での妊娠、出産で、産声をあげて泣く姿が愛らしく、産まれて来てくれてありがとうと感動の余韻に浸っていた菜那に衝撃の事実が知らされる。

「お子さんの……バース性がわかりません」

担当した医者も複雑な表情で結果を知らせた。
それはつまり、αでもβでもΩでもないということ。
菜那は慌てて、誤魔化した。

「私の一族(陽寄家)は成長するにつれてわかってくるので大丈夫です」

本当はこの地点で菜那はわかっていた。
産まれた子、娘は我が一族の希少な血を持って産まれたのだと。
その後、秘密裏に検査したところ、やはり《NB》の反応が出た。この真実は誰にも知られてはいけない。嫁ぎ先の如月家には娘はβだったと偽りの性を告げた。
途端に如月家は手のひらを返したように妹に、そして母親である菜那に冷たい態度をとりだした。まるでα以外の子は用済みだと言わんばかりに。
これを機に菜那は妹を連れて実家である陽寄家で過ごすことになるのだが、長男の晴人は如月家が離さなかったのである。
幼い娘を連れ、菜那は如月家の門を出る。

「こんな家、二度と帰らないわよ!」

菜那は門の柱を思い切り蹴飛ばす。それでも怒りは収まらないが、これ以上蹴ると腕の中にいる娘を落としてしまいそうだったので諦めた。
去って行く母親の後ろ姿を晴人は追いかける。

「お母さん、行ってしまうの?」

10歳とは言え、まだまだ親が恋しい年齢だ。
寂しそうにする息子に母親である菜那は優しく声をかける。

「晴人、離れていても私とこの子はあなたを思ってる。陽寄家もあなたの家なんだし、顔見せに来ても良いのよ」

なんなら一緒に帰りましょうと晴人を誘う。
しかし晴人も自分の立場を理解していた。

「……一緒には行けない。でも、お母さんと妹のことはずっと大切に思っているから。遊びに行くよ、陽寄家に」

そして菜那は唯一、秘密にしていた妹の血のことをこのとき息子に明かした。
晴人は驚いたがこの瞬間、彼には目指すべき道が見えた気がした。

「お母さん、僕、《NB》の研究をする。そして妹や、陽寄家以外に《NB》が産まれる可能性のある子たちが安心して暮らせる世の中にするよ」
「まあ、頼もしいわ。この子も喜んでる」

母親の腕の中で同じ血を分けた妹が笑っている。

ーこの笑顔を失わせないー

晴人はそう誓った。



そして数年後、如月 晴人は学生時代からその類稀な能力が開花し、如月製薬の本社に就職。如月家に多大な貢献をもたらした。
特にバース性で、発情期を最大限に抑える新薬の開発に成功したときは、一族総出で祝ってくれた。もちろん母親の菜那も、妹もだ。

月日は流れ、妹は13歳となった。

如月家と同様、陽寄家でも冷遇されているらしいが、そんな雰囲気は微塵も感じさせないくらい逞しい女の子に成長している。
それもこれも母親の菜那が原因かと思われた。

「他人に振り回される人生なんてまっぴらごめんだわ。自分の身は自分で守れるように、逞しくなりなさい」
「はい!お母さん!」

護身術や、空手など、身を守ることは全て習わせているようで、同年齢の子達より強いのではないかと思う。
妹の原点には母親の存在が不可欠だったのだと、晴人は強く感じるのだった。









続く。
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