ふたつの傷痕
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─────
新しい季節がやってきて落ち着きの無い雰囲気も収まってきた頃、ハンサムだって騒がれてる子が二年生にいるらしくて別の意味でクラスの落ち着きがなくなっている。主に女子。運動神経も良いらしくて王子様って呼ばれるのは直ぐだった。てゆうかそれが去年の話で、一年前から有名だったらしい…了くんの事で頭いっぱいで気付かなかったや。王子くんの名前を出されて首を傾げるとそれはもう驚かれた。
「本当に知らないの!?樹、ダーリンにしか興味なさ過ぎ。ほら、あの子」
「へえ。ハンサムだ」
「でしょ!?良かったー!怖い顔してなきゃハンサムって認識できない病気かと思ってた」
「……今もしかして私の悪口言った?」
なんのこと?ととぼける友達をジトっと睨みつける。そんなのお構いなしに熱いため息を吐く視線の先にはつまらなそうにしている王子くんがいる。あ、こっち見た
「きゃ、樹!こっち見たっ!」
「よかったねえ。告白は?」
「しないわよ!見てるだけで良いのっ!じゃなきゃファンクラブ会員に殺されちゃうでしょっ!」
「ファンクラブあるんだ…」
「この前なんて会員に詰められて泣いちゃった子だっているんだからっ!」
怖すぎる。アイドルじゃん。そのうち目が合っただけで失神する子とか出てきちゃったりして。でも分かる。私も了くんと目があったら飛び上がって駆け寄って抱き付く。会いたいなあ。お仕事うまく行ってるかな。この前免許取るんだって話をしてドライブデートに想いを馳せたりした所だ。行きたい。了くん忙しいからデート出来なさそうだけど。うう、またちゅーして欲しいっ!猫ちゃんモードのすりすりでもいいっ!
なんだか一日中気が抜けちゃって放課後になっても春の陽気にやられてのろのろ帰る準備をしていたら教室の外が騒がしい。黄色い声と走る音。息を切らせて入って来たのは今話題の王子くんだった。
「匿ってくれ」
「え、やだ」
私が言うことなんてお構いなしに前の席に座ってカーテンで私ごと覆ってしまった。窓際の席だったのを悔やんだのは初めてだ。
「やだよ。巻き込まないで!私が女の子にリンチされたらどう責任取るのっ」
「待ってくれ、ジュース奢る」
「安いわっ」
席から立ち上がろうとしたら腕を引かれて座らされる。今日厄日だったの?早く帰ればよかった…教室に誰も残ってなかったのが不幸中の幸いだ…。王子くんの名前を呼びながら女の子が入って来たけど直ぐにお邪魔しましたなんて去っていった。
「じゃあ昼飯」
「毎日お弁当だもん」
「チッ、面倒くせえな」
「どっちが」
王子くん嫌なやつなんだけど!さっさと帰れば良いのに。先生に呼ばれてるけど会議が長引いて待ってるらしい。文句言ってる。私も文句言いたい。王子くんとカーテンの中に隠れてるなんて知れたら女子全員から殺されちゃうかも知れない。嫌すぎる。
「アンタは騒がないんだな」
「うわ。…私にはダーリンがいるもんね。他の人に興味ない。王子くんよりダーリンのがかっこいい」
顔が良いって言われながら育ったんだな、王子くん。自分がモテるって知ってるんだ。ふーんって興味なさそうに肘をついてこっちを見てる。王子って名前じゃないって自己紹介されそうになったけど手を前に出して止めた。
「言わなくて良いよ。知らない事が私の武器になるの」
「…さっきの女だって俺の名前呼んでただろ」
「忘れた。って言うか女ってやめなよ。あの子とか女の子とか、せめて女子にしなさい。やな奴に拍車がかかってるよ」
「余計なお世話だっての」
つん、とそっぽを向く姿は弟みたいだけどあんまり可愛くない。チャイムがなったのでカーテンの中から王子くんを追い出した。会議も終わる頃でしょ。
「アンタは?」
「一緒に出ていける訳ないでしょ。女に手間をかけさせた事を反省しながら先生の所に行きなさい」
「かわいくねえの」
「どっちが!」
王子くんが去っていく音を聞きながら鞄を枕がわりにして寝る体制に入る。十五分くらいしたら帰ろ。
「騒がれてるからどんな奴かと思えば、案外普通なんだな」
…なにいまの。私の事!?騒がれてるのはそっちじゃんっ。なんか馬鹿にされた気がする。直ぐにカーテンから出て文句を言ってやろうと思ったけど王子くんは既に廊下を歩いていた。くそーっ。お礼はどうしたのっ!…もう了くんに抱き締めて貰わないと元気出ない。電話だけじゃもう持たない。待つって言ったのに……思ってたより消耗する。ため息しか出ない。
コンビニでも寄って買い食いしちゃおうかな。たっぷり時間を取ってから教室を出た。校門で張ってる女の子達に宮田くんを知らないか聞かれたけど「誰それ?」で事なきを得た。かわいくない王子くんなんか知らない。告白攻めにされちゃえ
コンビニに寄って生クリームが乗ったスイーツと紅茶を買って目的地を求めて彷徨う。どこで食べよっかな。河川敷まで降りても良いけど人通り結構あるしやっぱり公園かな。人少ないと良いな。公園に着くとチラホラ人はいたけどベンチの周りは静かだった。ここでいいや。
紅茶を一口飲んでから袋を開ける。なんか良い事ないかなあ。ぼーっとしながらあと一口、と言うところまで食べ進めた時だった。手に包帯、じゃないんだった。バンテージを巻いて走ってる人が公園の前を通った。フードを深く被ってるけどあのシルエットは間違いなく了くんだ!練習頑張ってるんだ!えー、かっこいいっ!
声はかけない。我慢我慢。この公園の前いつも通るのかな。張ってたら気づかれた時に怒られちゃうかな。了くんをじっと見ながら最後の一口を口に入れて紅茶の蓋を開けようとしたらフードがこちらを向いた。目が合った!慌てて紅茶を置いて手でハートを作る。
直ぐにそっぽを向いて走り去っちゃったけど了くん上級者の私なら分かる。フン、って言ってた。良い事あった!この公園に住みたいまである。了くんを補給できたので紅茶飲んで一息ついたら帰ろう。よし、これで明日も頑張れる!
数日後のお昼、友達とご飯を食べてると王子くんがクラスにやって来て私が座っている席にジュースを「ほらよ」と置いて出て行った。クラス中騒然である。最悪だ。動けなくなってた所を助けた時のお礼かも!なんて言って事なきを得た。お菓子やジュースを貰ったりあげたりするのは日常茶飯事だし。
王子くんの話題は了くんの存在を声を大にして主張して惚気る。その努力の甲斐もあって度々何かくれる様になっても慕ってくれる後輩の一人として認識されるに抑えた。王子くん、思ってたよりでかい爆弾だった…女の子に呼び出されたりとかしなくてよかった…長期にわたる心理戦にもうへとへとだ。
バイト先でもレジ締めが上手くいかなくて時間かかっちゃったし。何度数え直しても金額が合わなくて焦ってる時にレジのトレーに100円が残っていた時の脱力感たら無い。レジ締め変わるなんてお節介言うんじゃなかった…大人しく厨房に引っ込んでたら良かった…つかれた…おなかすいたな…。
早く帰ろ。そう思っても疲れた心じゃ踏み出せる歩幅も狭くなる。全然前に進まない。人ってなんで飛べないんだろ…
「こんな時間に何してる」
「っ!りょ、…ううううっ」
急に背後から声をかけられ柔らかく体当たりをされる。一瞬飛び上がったけど了くんの顔が見えて目の奥が熱くなった。心の中で沢山謝りながら五秒くださいと口にして抱き付いた。了くんの匂いに癒される。いっぱい吸い込んで身体中に溜め込んでおこう。
「…誰に泣かされた?」
「ううん、泣いてない。ちょっと疲れてただけ。今バイトから帰ってるとこなの」
直ぐに涙を引っ込めて口元を緩める。出来るだけ平気そうな顔をして離れると了くんのこめかみがぴくりと動いた気がしたけど気のせいかな。了くんに元気もらったからもう大丈夫。今日はハグも出来たし上出来!
「あれ、樹先輩?」
「ほんとだ」
了くんの後ろの方から声をかけられて覗くと王子くんファンクラブの子たちがいた。笑顔で手を振ると振り返して去っていく。去り際に本当に彼氏いたんだと聞こえてげっそりする。嘘ついてると思われてたの!?呼び出し秒読みだったって事!?怖すぎる…
「……行くぞ」
「えっ一緒に帰っていいの!?やったっ」
それならばと背筋を伸ばして腕に巻きつく。頬擦りをしてやっと一息付けた。もう百人力。なんでもこいだ。王子くんの事をかい摘んで話して実はちょっと参ってたんだ、と弱音を吐くと鼻で笑ってくれた。了くんの声聞くだけでやな気持ちも吹き飛んじゃう。すごい。
「そんな面倒くせえこと良くやるぜ」
「そうじゃ無いともっと面倒くせえ事になるんだよ〜!」
女の子はかわいいけど怖いんだよ。知らないと思うけど。なんて思ってたら嫌と言うほど知ってると返されて顔を見上げる。むくれたような顔してる。妹さんかな、怖いの。ふふ、家族に甘い了くんかわいい。あれ、でも私も了くんに怖いって言われた事ある気がするな…
「あ、ねっ、そんな事よりこの前、私の愛は伝わった!?」
「知らねえ。オレは口の端にクリーム付けた女にしか会ってねえな」
「その人了くんに気がありそうじゃなかった!?」
「……ふん」
めちゃくちゃ伝わってる〜〜〜!私はもう満足です。頑張ってよかった!嬉しくてゴロゴロ甘える。でもクリームついてるの見られたと思ったら複雑…でも無いやもう今はなんでも良い!鼻歌歌っちゃいそうだ。
「了くんはこの時間までお仕事だったの?」
「ジムだよ。仕事は今は夕方には終わる」
「そうなんだ!遅くまで練習お疲れ様っ」
え、定時なのかな。水谷さん、本当にいい所紹介してくれたんだ。凄い。さすが水谷さん。…と言うことは
「もう三ヶ月以上経つね。…そろそろちゅーしたくなった?」
無視じゃん。涼しい顔。んー、残念。次はまた三ヶ月後に迫ってみようかな。そろそろ了くんと私の家の分かれ道に着く。夜遅いし妹さん一人で待ってるんだもんね、早く帰るに越したことはない。
「今日はここで良いよ、夜遅いし。妹さん心配しちゃう」
「あ?……何言ってやがる」
手を離して足を止めたら了くんも止まりかけたけど、ちらっとこちらを見て私の家の方の道に進んで行った。夜遅いから送るんだろうが。もう前を向いてしまったので小さいけど確かに聞こえた。は、と息が止まる。胸が高鳴って思わず手で押さえた。了くんが私をだ、大事にしてくれてる…!
「っ、うーーっ!了くんっ」
衝動を抑えきれなくて空いた距離を走って埋めて背中に抱きついた。歩きづらいから腕にしろって怒る了くんにまたくらっときてしまう。これ以上好きにさせて私をどうしたいの!?
「もーーすきーーーーっ!」
「うるせえなっ!歩き辛えつってんだろうがっ!」
長い腕が伸びてきたと思ったら私の髪をぐしゃぐしゃにして了くんが抵抗してる。触ってもらえるのが嬉しくてきゃあっと語尾にハートが付くくらい甘えた声を出すと固まってしまったので仕方なく腕の方に抱きつき直して髪を整えた。
「ふふ、ありがと了くん」
顔をじっと見られて笑顔を返すと何事も無かったみたいに歩き出す。了くんはクールだなあ。
そろそろ了くんの誕生日が近い。いつお話しできるか分からないし会って話せるうちに予定聞いておこうかな
「了くんの誕生日、今年はお祝いしたいな」
「いらねえよ」
「プレゼントだけでも渡させて!忙しいなら十分、や、五分で済ませるから!」
当日は多分妹さんがお祝いするだろうし、前後でちょこっと了くんの時間が欲しいな、とおねだりしてはっとした。あれ、了くんの誕生日なのに私が欲しがってる…。じゃあまた偶然会えた時に渡せる様に準備しておこうかな。うーん。それが一番良いのかも。
「……だめ?」
「…………」
色々提案しても了くんは黙ったままだ。こう言うの苦手だったかな。
「…実はね、預かってるものがあるんだよね」
とは言えこれは受け取って貰わないと困ってしまう。本当は去年の誕生日に、と言われていた物だったのだ。去年は怒涛の一年だったから渡しそびれてしまったので今年は絶対に渡したい。
「…オレもお前に聞きたい事がある」
「え?」
「お袋に何を吹き込まれたのか、だ。五分、十分じゃ話し尽くせねえだろ」
「そ、そんな大したお話しはしてないよ!?」
「それはオレが決める」
「…はい」
妹に聞かせられる話しかも分からないから居ない時が良い。と物凄く警戒されている。本当に雑談くらいしかしてないんだけどな…。今度の日曜日、妹さんが昼から遊びに行くからその日に了くんの家で。と言われて今度は私が固まった。そ、それって、で、でーと…って事で良いのかな…!ち、違うよね、真面目なお話しだし!
「なんだ、予定があるのかよ」
「へ!?な、ないよ!ちょっとドキドキしちゃっただけ!」
誤魔化す様に日曜日お昼から、を繰り返して浮かれてごめんなさいの気持ちで眉を下げた。お家で、なら私からのプレゼントも渡せそう。邪魔にならない様な消耗品が無難だよね。気持ちが重たすぎるのはもう渡しちゃったから。
…でも了くん、多分毎日つけてくれてるんだよね。首に抱き付くと硬い感触あるし…。服の隙間から了くんの首に金色が見えると息が止まりそうになるからあんまり直視できないけど…夏になったら会う度に倒れちゃうかも。ただの目印なのに両思いだって言われてるみたいで勘違いしちゃう。こっそり熱いため息を逃して落ち着かせる。楽しみだなあ。
今日もまた別れ際に首に抱き付いてどさくさに紛れてキスをした。了くんも気にした様子ないし、良いってことなんだろう。多分。やめろって言われないから続けよう。
翌日、学校に行くと友達に「昨日ダーリンといちゃついてたんだって?」と聞かれて驚いたけど、デート(じゃ無いけど)に誘われた事を思いだしてにへ、と笑ってしまう。
「あの人も樹の前じゃただの男かあ」
「なーにそれ」
「樹が監視対象から外れた事をご報告します」
「ひっ!監視されてたの!?よ、よかった…」
「良かったねえ。ダーリンの前ではしゃぐ樹を見て白だと判断したらしいよ」
徹底した後輩扱いが功を奏したね。と背中を撫でてくれる友達に寄りかかって脱力する。来たばかりなのにもう帰りたい。疲れた。
「私は近くであの綺麗な顔が見れてラッキーだけどね」
「…そういう、正直すぎる所すきだなあ」
「私も樹の事だあいすきよ」
嫌味を軽く一蹴されて笑い合う。持つべき物は良き友だ。大分気が楽になって、一日を無事にやり過ごす事ができた。日曜日までに了くんのプレゼントを用意しないといけない。と言ってもなんとなく決めていたので直ぐに用意できそうだ。夏は着替えも多い方がいいだろうし、偶然遠目に会えた時に私のテンションもあがるのでトレーニングウェアにしようと思う。着てもらえる事をお祈りしなきゃ
日曜日、学校帰りにスポーツ店で吟味したプレゼントと預かっていた物を持って了くんの家へと向かう。ドキドキする…了くんをナンパしてから約二年、密室で二人きりになるのは初めてだ。了くんのコートの中は密室みたいだったけど…う、思い出したら熱くなってきたっ。
熱を振り切る様に走って角を曲がったら了くんがこちらに歩いて来ていた。私がお家に行くって言ったのにどうしたんだろ
「りょーくんっ!どうしたの!?」
私が駆け寄ると立ち止まって待ってくれてる。うわあ。なんか私に用事がある感じがしてめちゃくちゃ良い。了くんの目的が私!テンションあがるっ。
「…迎えに来てくれたの?」
「…お前は一度しか見てない場所を覚えてんのか?」
「そこが了くんのお家ならバッチリ」
「……張ってねえだろうな」
「私の理性を褒めてもいいよ」
腕に巻きついて見上げながらお礼を言うとため息をつくみたいに鼻息を長く吐き出した。でもお迎え嬉しいっ!浮かれたテンションのまま並んで歩く。これはもうほぼデートでは!?今日は最高の日だ。また鼻歌が出ちゃいそうっ
「……本当に入って良いの?」
「あ?そうじゃなきゃ呼ばねえよ」
了くんのお家の階段の前までくると緊張してたたらを踏んだ。ここは了くんの努力の結晶だ。そんな大事な場所に私が入っちゃっても良いのかな。グズグズしている私に痺れを切らしたのか組んだ腕を解いて背中を押される。階段を登るたびに緊張でどうにかなってしまいそうだ。
「んな構えなくてもいきなり取って食ったりしねえから安心しろ」
「そ、そう言う事じゃなくて」
私的には了くんにならいつだって食べられちゃっても良いんだけど。そうじゃ無い。とりあえず深呼吸して鍵を開ける姿を見つめる。了くんが私が近づくのを許してくれるのが凄く嬉しい反面、距離を測り間違えないか怖くなる。戸を開けて入ると、私の為に支えて待ってくれているのが凄く…凄く…すごい…
「おじゃまします…」
私が入ると私の背後に手を伸ばして鍵を閉めた。その音に身体が反応してしまうと了くんが意味深に口角を上げる。だ、だから違うって言ったのに!そう言うサービスされるとそう言う意味でも緊張してしまう!いじわる!すき!もっとして!!思わず抱き付いちゃったけど慌てて離れる。
「誘惑に乗る所だった…!なんて恐ろしいの、了くん…!」
「テメエ……」
低い声で唸られたから怒られると思ったのに中に入るように言われた。さては了くん、まだ私がどれだけ了くんの事が好きか分かってないな。
「座ったらとっとと話せよ。洗いざらい、全部、一片たりとも隠さずにだ」
靴を脱いでいる間に了くんはもう座って目の前の机をトントン叩いている。催促の仕方がかわいい。たまらず笑みが溢れる。なんでも言う事聞きたくなっちゃう。お陰で緊張が少し解けた。了くんの横に座って取り敢えず、と誕生日プレゼントを渡してしまう。タイミングを失ったら渡せなくなっちゃうし。
「先に…早いけど、お誕生日おめでとう。了くんに出会えて嬉しい」
「…………」
じっと見られたけど受け取ってもらえた!良かった!私の誕生日を聞かれたけど、プレゼントなら了くんのキスが良いので、了くんがちゃんとキスしてくれる時までは内緒にしちゃおう。凄く不服そうな顔されたけど了くんが欲しいものをくれるまでは秘密!と言ったらそれ以上なにも言わなかった。代わりに話を催促される。物凄く気になってるんだな…
「と、言っても…なにから話せば…」
「初めから話せ。お袋はお前に何の用があったんだ?」
「あー、んー…」
どう話そうか悩んでいると言葉を選ばなくて良いからそのまま話せと釘が降って来た。うーん。
「真っ先に聞かれてたのはいつも了くんのお外での様子、かな。会ったとき何してた、とかそれを見て私がどう思ったとか。…でも了くんについてはそんなに話す事なくて、殆どは私の事について色々お話ししたかな」
「どんな事だ」
「んー、学校はどうとか…勉強とかバイトとか、趣味とか家族の事とか…?本当に雑談って感じだったよ」
あれ、なんか了くんの顔が険しい…?
「……なんで会う事になった?」
「確か…新しく出来た喫茶店のケーキが食べたいんだけどって言われて…一人で入るのは勇気がいる外観だし、了くんはついて来てくれないからって……い、妹さんがいるの…その時私知らなくて…」
怖い顔して舌打ちした。無意識に背筋が伸びる。そこで話した内容も同じ様な事で…いやちょっとニュアンスが違ったけど…その頃から了はどう?から了とはどう?に変わった。
「それで趣味の話になって、お料理に行き詰まってるって言ったら…じゃあレシピのメモをあげるって…次の予定が…」
また了くんのこめかみに皺が増えた。うう、めちゃくちゃ怒ってる…
「そ、その時に一緒に渡されたのが、これ、なの」
小さな箱が二つ。了くんの方に差し出すと、受け取って中身を確認したと思ったら突き返された。
「いらねえよ。お前がもってろ」
「えっ、でも…了くんにって言われて」
「…それについては何も話さなかったのか?」
「ええ、と…十八歳の誕生日に渡すつもりだけど、私の言う事は聞かないから貴方から渡して欲しいって…断ったけどじゃあ預かっててって…帰ってしまって…」
了くんは具合が悪そうに長いため息を吐いて了くんパパママは大恋愛の末、十八歳で結婚した事を二人が小さい頃から惚気ていて、恐らくいつまでたっても言う事を聞かない不良息子のお尻を蹴飛ばそうとこれを私に渡したんだろう。と言った。
「けっこ……つ、つまりそれは…指輪…ってこと…?」
「中身見てねえのかよ」
「だ、だって見るからに凄そうな箱だし、中を見たら持っておくの怖くなっちゃうと思って…うう、ごめんなさい…」
つまり私は今了くんに指輪を渡して結婚を催促をしてしまった、と言う事になる!?の!?や、やってしまった…了くんに合わせる顔がない…。両手で顔を隠して蹲る。確かにプロポーズ紛いの事はしたけど待つって言ったのにこんなのまるで手のひらをひっくり返して詰め寄ってるみたいだ。恥ずかしくて凄く申し訳ない…絶対にこれはお返ししないといけない…!
「あ…う…了くんと妹さんが持ってた方が良いと思うの、で」
「……お袋はお前にやるつもりで渡したんだろうが」
「で、でも…そう言う事じゃ、ないかも…だし…」
了くんの結婚相手はもちろん私が良いと思ってるけど、…了くんが決める事だし…何より了くんママが遺した物を私が独り占めするのはよくない気がする。
「やる」
「そんなっ…こんなに大事な物貰えないよっ」
「……待つんだろ」
「へっ、あ…うん、」
「…こんなのどうせ、」
不自然に言葉を区切ったので指の隙間から様子を伺って首を傾げると粗雑に指輪を拾い上げてそのままの勢いで私の左手を攫った。
「オレが持ってたってガラクタと変わらねえ」
いつもと変わらない表情の了くんを唖然と見つめる。私の薬指を飾るダイヤモンドが視界に入ってこめかみが熱を持つ。あまりの衝撃に叫び出さない様口を抑えるのがやっとだ。お陰で頬を伝う涙が拭えない。了くんは…私と、そのつもりでいてくれてるの?
泣くなと腕を引かれるまま胸に飛び込んで縋り付く。了くんが振り向いてくれるのを待つんじゃなくて、了くんとの結婚を待っていていいの?
「りょ、くんっ…うぇ…りょーくん…っ…がんばるから、まっててね…っ」
「……オレが待つのか?」
「うんっ、この指輪が似合う女性になってみせるからっ」
強く腰を抱かれて声が漏れる。頬を撫でられて顎を掬われると目が合った。唇が額に降って来て、もうなにも考えられないや。鼻が触れ合って、額が擦り寄せられる。目を瞑ると親指に続いて吐息が唇を奪って行った。了くんと私との距離は、やっぱり後一センチだ。まだ遠い。どうして?結婚してくれるんじゃないの…?私が未熟だからかな。…頑張らないと。親指が外れて唇の下にキスされて堪らず目の前の鼻にお返しをする。身体を伸ばして頬に擦り寄ると了くんの顔が濡れてしまった。
「ああ、了くんの力が抜けちゃう」
「パンじゃねえ」
「ん、ふふ。パンじゃねえのかあ。ん、」
顔を拭っているとそんな事お構いなしにキスをくれて擽ったい。くすくす笑っているのに涙が全然止まってくれない。了くんをこれ以上濡らすわけにはいかないと思っているのに了くんは気にしてないのか拭っていた手を掴んで、頬に噛みついた。
「んえっ」
了くん噛み癖があるんだろうか。取り敢えず大人しくしているとブラウスのボタンが外される気配がした。またがじがじするのかな。ボタンのある服着て来て良かった。
「……いいのか?」
「ん、?いいよ」
「何されるか分かってんのか?」
「んー、…でも、いいよ」
「…随分と余裕じゃねえか。いつも涼しい顔して煽りやがって。そのツラ歪ませたくなるぜ」
余裕がある様に見えるんだ。了くんが軽く流せる様に戯けてるけど全部本心なんだけどな。複雑そうな顔をしてる了くんを笑う。
「余裕なんじゃなくて、いつも了くんになら何されても良いって思ってるんだよ」
了くん、さては私にどれだけ好かれてるのか分かってないんでしょ。私の笑い声は了くんに食べられる事で直ぐに止められてしまった。やっぱりがじがじするの好きなんだ。首筋に噛みつかれて背中が震える。猫ちゃんになっちゃった了くんがかわいくて首に手を回して襟足を撫でると指輪と目が合った。視界がまた滲んでいく
「んっ…りょ、くん…ぞわぞわする…あ、んぅっ」
体を捩ると身動きが取れない様に抱き込まれた。了くんの体に潰された胸が気持ち良くてあられも無い声が出てしまう。了くんはそう言う気分になったりしないのかな。これ、凄くやらしい事してると思うんだけどな。同じ気持ちになって欲しくて目の前の耳を口に含むと了くんが勢いよく顔を上げた。
「やめろ」
「ええ、わたしもしたい…」
「…今はやめろ」
「む、了く、ひあっ!きゃ、んうっ!やあっ、ふ、っ!」
口を尖らせると分からせるみたいに耳に甘噛みされてその快感を思い知らされる。了くんが唇を寄せて歯を立ててくる度にびくびく震えて腰が動く。耳の後ろを強く吸われて目の前が眩んだ。そこで「分かったな」って囁かれてもその声に情け無い音を返すしか無くて分からないって言えなくて悔しい。動けない私を見て了くんはまた首筋に顔を埋めてしまった。
「揃いで買ったのか?」
「ん、…そ、だよ。…ちゃんとしたとこで…ぁ…はやり、だし…了くんに、にあうと思って…んっ」
あの日みたいに私の細いネックレスを唇でなぞって遊んでる。食べちゃダメって言われたので仕方なく了くんの猫っ毛を撫でくりまわしていると熱い舌が谷間の方まで降りて来た。ちく、とした痛みが続いてる。痕つけるの好きなのかな。どうやって隠そう。なんて考えながら目の前で揺れる髪の毛を撫でて頭にキスをする。
いつもと違う顔をした了くんが胸元でじっと私を見上げて体を起こした。顎を掬われて横を向かされる。首筋を見て満足そうに鼻を鳴らしてるのがもうめちゃくちゃかわいい。
「わたしも了くんにちゅーしたい」
唇以外ならいいんでしょ?返事を待たずに顎先にキスをして口の端に移動する。頬にも、と体を浮かせたら了くんに抱き込まれて阻止された。
「終いだ」
「え!ちょっとしかしてないよ」
無言の圧力で押し切られた。うーん。いいもん。隙を見てしちゃうもんね。すっかり止まった涙の跡を拭って了くんの胸に擦り寄る。了くんはもう一つの小さな箱を開けていた。中には大粒の真珠のイヤリングが入っていてついため息が出てしまう。
「すてき……ぁ、これは妹さんに」
「これもお前に遺したモンだろ」
「こんなに沢山のしあわせ、独り占め出来ないよ…了くんママもその方が喜んでくれると思うし」
「…なら、妹が十八になるまで預かってろ。ウチじゃあ直ぐ見つけられちまう」
了くん、サプライズとかするんだ。頬を緩めて頷くと片手で頬を挟まれて唇が8の形にされた。笑ったのに怒ったの!?この前より力強い!これやだ!恥ずかしい!逃れようともがくと口を開けた了くんと目が合って驚きに固まる。え、食べられちゃうの!?
「んむーーっ!」
はな!鼻に噛みついた!やっぱり了くん噛み癖がある!痛く無いけどびっくりする!何度かがじがじしたら満足したのか離してくれたけど顔を噛まれるって凄く不思議な感覚だ。
「了くんは人の顔を食べちゃうクセがあるの…?」
「んなワケねえだろ」
「ええ?ふふ。そうなんだ」
食べてるけどね。んな訳ありまくってる。試しに私も食べて良いか聞いたらダメって言われた。ダメなんだ。隙を見つけたら試すリストの内容が増えたな。
「あとね、もう一つ。妹さんお料理すると思ってね」
了くんママがくれたレシピのメモ帳だ。メモと言うよりもうこれは本って言って良いくらい質が良い。かわいい絵が描いてあるし注意もポイントもわかりやすく色付きでまとめられてる。
「お前はもういいのか?」
「書き写したから大丈夫!それにね、了くんや妹さんの名前沢山書いてあるから、了くんにも読んで欲しいと思って」
読まないって即答されたからブーイングを送っておく。寂しくなっちゃうかもしれないけど、絶対力になると思ったんだけどな。二人が好きな味とかよく食べるものとか本当に沢山書いてあった。
「たくさん愛されてたんだね、わ、」
急に体を倒されて目を見開くとメモ帳を奪われ机へ見送る。怒らせちゃったと思ったらそんな顔はしてなくて表情が読めない。手首を掴まれて床に押し付けられて漸くこれは押し倒されたんだと気がついた。かぁっと顔に熱が集まる
「…ここは青くなる所だろうが」
「す、すきなひとに押し倒されたら赤くなるよ」
「それも今だけだ。オレはお前が思っているより醜い人間だぜ」
手首を離して頬に当てられた手が滑る様に這って私の首を掴んだ。やわやわと撫でられると了くんの唇を思い出して落ち着かない。了くんを見るとなんだか寂しそうで思わず顔に手を伸ばすと凄く驚いた顔してる。
「確かめて。何度も。どうせって思う度に」
私は本当に了くんになら何されても良いって思ってるんだよ。疑うなら何度だって同じことを言うし安心できるまでずっと腕に閉じ込めて気持ちを伝え続ける。そんなの寧ろご褒美だ。薄い頬を撫でてキスしたいな、なんてぼんやり考える。
「私はずっと、了くんのそばで待ってるよ。あっ、ひゃっ」
了くんが覆い被さって私を閉じ込めた。また首筋を食べてる。でもさっきより、なんか…やらしい…濡れた音が耳元で聞こえる。少し乱暴だけど、了くんに求められてる感じがして凄くくらくらする。
「あっあっ、りょ、く…んっひゃう…っ、だいすき、あっ、…りょうくん…っ」
私を見下ろす了くんが怖い顔で私の額に擦り寄って吐息が重なると舌打ちを溢して大きな手で私の口を塞いだ。勢いでしちゃえばいいのに。そのままの距離で見つめ合うとなんだか歯痒くて了くんの首に手を回す。了くんは大きく息を吐き出して私を抱き起こした。
「ふあ、りょーくん下みないで」
「ああ?」
「ぜったいぱんつ見えてる」
押し倒された時から感じていたけどスカートが捲り上がって太ももが空気に触れている。確かめてないけど多分見えてしまってる。早く直せって言われると、…うーんもうちょっと、なんかなあ…
「やっぱり見ていいよ。そう言えば気合い入れてかわいいの「それ以上口走ったら二度とウチに入れねえからな」
「ざんねん…ここまでかあ」
離れようとしたら肩を抱かれて阻止されたので片手だけ離してスカートを直す。ボタンも閉める様に言われて、今日は了くんが直してくれないのかな。なんて伺ってみたけど口を開いたら怖い事するって顔に書いてあるから仕方なく自分でする。でも了くんに抱き込まれたままなので下を確認できない。手探りで何とかボタンを閉める。また落ち着くまでくっ付いてて良いのかな。了くんに頬擦りして幸せのため息を逃した。
「ねえ、ちゅー「うるせえ」
遮った!今日あんまりできてないからしたいのに!
「じゃあキ「黙れ」
了くん本気だ…!今日はもう閉店かあ。仕方ない。沢山猫ちゃん見れたから我慢しよう。
「了くん」
「……なんだよ」
「生まれて来てくれてありがとう」
返事はなかったけど構わず了くんの背中に手を回して隙間を埋める。了くんの寂しい気持ちが少しでも埋まりますように。首筋に額を擦り寄せると服の下に隠れた存在を感じて蕩けてしまう。にやけた声出ちゃう。顔が見たくて引っ付いたまま見上げると了くんもこっちを見てる。んーっ、かっこいい!なんでキスしちゃいけないの!
「ちゅーされるのきらい?」
「……今はやめろ」
「今だけ?うーーん?」
今じゃなかったらしてもいいの?それっていつ?難しすぎるぜ了くん。でも引っ付くのはいいんだ…?じゃあもっと引っ付いちゃおう。膝の上に乗っちゃうもんね。首に両手を回して膝を立てると私の意図を悟った了くんは焦った様な声を出して全力で止めた。
「了くんの守備範囲がわからない…」
「いいから 黙って じっとしてろっ」
お、怒られた…でも頭を胸に抱き込んでくれてるので、もうどうしたら良いのか分からない。うーん。この前は好きって言っただけで怒られたし。気まぐれ屋さんなのかな。やっぱり了くんは猫ちゃんだな。自分からくっつくのは良いのに、抱き上げたら引っ掻かれちゃう。でも嫌いだからって訳じゃないなら落ち込まなくて良いか。次の機会を伺おう。
おとなしく胸に擦り寄って黙っておく。了くんあったかいな。良い匂いするし。目を瞑ったら眠なくなる。でも勿体無いから起きてなきゃ。こんなに長い時間一緒にいられるの初めてだし。次のデートはいつになるのかな、─────
「……樹、おい。樹、起きろ」
「ん、む……りょ、…?」
あれ、何で了くんが居るんだろ。私どうしたんだっけ。ゆめ…?とりあえず目が覚める前に首に巻きついてキスをする。んー、表情変わらない。夢なら唇を狙っても怒られないかな。狙いをすましてくっ付くと既の所で躱されていつもの口の端に落ち着いた。夢でも隙がないなあ
「オイ、寝惚けてんじゃねえ。起きろ」
「む?……おきてる…?」
何してたんだっけ。首を傾げながら了くんから離れて辺りを見回すと見慣れない部屋、了くん家だ。…そうだった!
「ねてた……?」
わたしは何て勿体無いことを……!折角沢山了くんに引っ付いていられたのに!あったかいからつい寝ちゃったの?あ、あり得ない…もっといちゃいちゃするべきだったのに…!寝起きでくらくらする頭を抱えて打ちひしがれると腕を引かれて了くんの腕の中に戻った。え、私まだ寝てる…?しあわせの香りがする
「んーむ、りょーくんすき。けっこんしよっ」
「ああ、待ってろ」
「んふふ。まつ」
了くんの言葉が嬉しくてハートマークを語尾に付けて返事をした。んー、やっぱり夢かも。背中に手を回して頬擦りする。あったかい。折角だから脇腹とか胸板とか腹筋とかペタペタ弄って、了くんが見た目よりずっと薄い事に気がついた。筋肉だけだからかな。ご飯ちゃんと食べてるのかな。ボクサーって減量があるんだっけ…?
「やめろ、擽ってえ」
「え?」
見上げるといつもの無表情の了くんがいて、私を見下ろしている。あれ、
「………ゆめじゃない…?」
了くんのあったかい手が私の頬を摘んで引き伸ばす。痛くはないけどしっかり感触がある。嘘…!火が付いたみたいに顔が熱くなる。あの日と一緒だ…!あれ!?私本物の了くんに結婚しよって言っちゃった!?え!?でも待ってろって…!!待ってろって言わなかった!?
「目は覚めたか?」
「さ、さめ、ました…っ」
了くんの手が離れると赤い顔を隠したくて手で押さえる。左手に違和感があって視線を落とすと薬指に指輪があってぎょっとする。ずっと付けっぱなしだったんだ…!うう、ドキドキする…!
「もう夕方だぞ」
「え!私そんなに寝ちゃってた!?ごめんね、身体痛くない!?」
「そんな柔じゃねえ」
「うう、ありがとう」
了くん優しい。帰るか?と聞かれてちょっと迷ったけど頷いた。これ以上迷惑掛けられないや。送ってくれるつもりの了くんを引き留めて断った。そりゃあ少しでも長く一緒にいたいけど。「今日了くんがウチの前まで来たら、多分そのまま持って帰っちゃうから」と言ったら微妙な顔をして承知してくれた。預かっておくイヤリングと指輪を外して仕舞う時物凄く見られたけど頑張るね!と拳を見せたら頷いてくれる。今日の了くんはサービス心旺盛だ。
玄関で靴を履いて了くんに向かって手を伸ばすとしゃがんでくれる。すかさず首に抱き付いてキスしても良いか聞くと返事の代わりにキスをくれた。ええっ!帰れなくなっちゃう…!何とか自分を律して唇を寄せる。うう、すき
「はあ、了くんのポケットに住みたい」
「まだ寝惚けてやがるのか?」
「おきてる!」
私の後ろで鍵を開ける音が聞こえる。了くん手が長い。ドアノブを回して開けてくれたので仕方なく手を離して帰る事にする。
「またね、了くん」
「おう、気をつけろよ」
階段を降りて振り返ると了くんが見送りに出てくれてて嬉しくなって大きく手を振っちゃう。よし、もう振り向かないぞ。じゃないといつまで経っても帰れない。浮き足立つ心を押さえ付けながら何とか歩くと後ろから呼び止められた。
新しい季節がやってきて落ち着きの無い雰囲気も収まってきた頃、ハンサムだって騒がれてる子が二年生にいるらしくて別の意味でクラスの落ち着きがなくなっている。主に女子。運動神経も良いらしくて王子様って呼ばれるのは直ぐだった。てゆうかそれが去年の話で、一年前から有名だったらしい…了くんの事で頭いっぱいで気付かなかったや。王子くんの名前を出されて首を傾げるとそれはもう驚かれた。
「本当に知らないの!?樹、ダーリンにしか興味なさ過ぎ。ほら、あの子」
「へえ。ハンサムだ」
「でしょ!?良かったー!怖い顔してなきゃハンサムって認識できない病気かと思ってた」
「……今もしかして私の悪口言った?」
なんのこと?ととぼける友達をジトっと睨みつける。そんなのお構いなしに熱いため息を吐く視線の先にはつまらなそうにしている王子くんがいる。あ、こっち見た
「きゃ、樹!こっち見たっ!」
「よかったねえ。告白は?」
「しないわよ!見てるだけで良いのっ!じゃなきゃファンクラブ会員に殺されちゃうでしょっ!」
「ファンクラブあるんだ…」
「この前なんて会員に詰められて泣いちゃった子だっているんだからっ!」
怖すぎる。アイドルじゃん。そのうち目が合っただけで失神する子とか出てきちゃったりして。でも分かる。私も了くんと目があったら飛び上がって駆け寄って抱き付く。会いたいなあ。お仕事うまく行ってるかな。この前免許取るんだって話をしてドライブデートに想いを馳せたりした所だ。行きたい。了くん忙しいからデート出来なさそうだけど。うう、またちゅーして欲しいっ!猫ちゃんモードのすりすりでもいいっ!
なんだか一日中気が抜けちゃって放課後になっても春の陽気にやられてのろのろ帰る準備をしていたら教室の外が騒がしい。黄色い声と走る音。息を切らせて入って来たのは今話題の王子くんだった。
「匿ってくれ」
「え、やだ」
私が言うことなんてお構いなしに前の席に座ってカーテンで私ごと覆ってしまった。窓際の席だったのを悔やんだのは初めてだ。
「やだよ。巻き込まないで!私が女の子にリンチされたらどう責任取るのっ」
「待ってくれ、ジュース奢る」
「安いわっ」
席から立ち上がろうとしたら腕を引かれて座らされる。今日厄日だったの?早く帰ればよかった…教室に誰も残ってなかったのが不幸中の幸いだ…。王子くんの名前を呼びながら女の子が入って来たけど直ぐにお邪魔しましたなんて去っていった。
「じゃあ昼飯」
「毎日お弁当だもん」
「チッ、面倒くせえな」
「どっちが」
王子くん嫌なやつなんだけど!さっさと帰れば良いのに。先生に呼ばれてるけど会議が長引いて待ってるらしい。文句言ってる。私も文句言いたい。王子くんとカーテンの中に隠れてるなんて知れたら女子全員から殺されちゃうかも知れない。嫌すぎる。
「アンタは騒がないんだな」
「うわ。…私にはダーリンがいるもんね。他の人に興味ない。王子くんよりダーリンのがかっこいい」
顔が良いって言われながら育ったんだな、王子くん。自分がモテるって知ってるんだ。ふーんって興味なさそうに肘をついてこっちを見てる。王子って名前じゃないって自己紹介されそうになったけど手を前に出して止めた。
「言わなくて良いよ。知らない事が私の武器になるの」
「…さっきの女だって俺の名前呼んでただろ」
「忘れた。って言うか女ってやめなよ。あの子とか女の子とか、せめて女子にしなさい。やな奴に拍車がかかってるよ」
「余計なお世話だっての」
つん、とそっぽを向く姿は弟みたいだけどあんまり可愛くない。チャイムがなったのでカーテンの中から王子くんを追い出した。会議も終わる頃でしょ。
「アンタは?」
「一緒に出ていける訳ないでしょ。女に手間をかけさせた事を反省しながら先生の所に行きなさい」
「かわいくねえの」
「どっちが!」
王子くんが去っていく音を聞きながら鞄を枕がわりにして寝る体制に入る。十五分くらいしたら帰ろ。
「騒がれてるからどんな奴かと思えば、案外普通なんだな」
…なにいまの。私の事!?騒がれてるのはそっちじゃんっ。なんか馬鹿にされた気がする。直ぐにカーテンから出て文句を言ってやろうと思ったけど王子くんは既に廊下を歩いていた。くそーっ。お礼はどうしたのっ!…もう了くんに抱き締めて貰わないと元気出ない。電話だけじゃもう持たない。待つって言ったのに……思ってたより消耗する。ため息しか出ない。
コンビニでも寄って買い食いしちゃおうかな。たっぷり時間を取ってから教室を出た。校門で張ってる女の子達に宮田くんを知らないか聞かれたけど「誰それ?」で事なきを得た。かわいくない王子くんなんか知らない。告白攻めにされちゃえ
コンビニに寄って生クリームが乗ったスイーツと紅茶を買って目的地を求めて彷徨う。どこで食べよっかな。河川敷まで降りても良いけど人通り結構あるしやっぱり公園かな。人少ないと良いな。公園に着くとチラホラ人はいたけどベンチの周りは静かだった。ここでいいや。
紅茶を一口飲んでから袋を開ける。なんか良い事ないかなあ。ぼーっとしながらあと一口、と言うところまで食べ進めた時だった。手に包帯、じゃないんだった。バンテージを巻いて走ってる人が公園の前を通った。フードを深く被ってるけどあのシルエットは間違いなく了くんだ!練習頑張ってるんだ!えー、かっこいいっ!
声はかけない。我慢我慢。この公園の前いつも通るのかな。張ってたら気づかれた時に怒られちゃうかな。了くんをじっと見ながら最後の一口を口に入れて紅茶の蓋を開けようとしたらフードがこちらを向いた。目が合った!慌てて紅茶を置いて手でハートを作る。
直ぐにそっぽを向いて走り去っちゃったけど了くん上級者の私なら分かる。フン、って言ってた。良い事あった!この公園に住みたいまである。了くんを補給できたので紅茶飲んで一息ついたら帰ろう。よし、これで明日も頑張れる!
数日後のお昼、友達とご飯を食べてると王子くんがクラスにやって来て私が座っている席にジュースを「ほらよ」と置いて出て行った。クラス中騒然である。最悪だ。動けなくなってた所を助けた時のお礼かも!なんて言って事なきを得た。お菓子やジュースを貰ったりあげたりするのは日常茶飯事だし。
王子くんの話題は了くんの存在を声を大にして主張して惚気る。その努力の甲斐もあって度々何かくれる様になっても慕ってくれる後輩の一人として認識されるに抑えた。王子くん、思ってたよりでかい爆弾だった…女の子に呼び出されたりとかしなくてよかった…長期にわたる心理戦にもうへとへとだ。
バイト先でもレジ締めが上手くいかなくて時間かかっちゃったし。何度数え直しても金額が合わなくて焦ってる時にレジのトレーに100円が残っていた時の脱力感たら無い。レジ締め変わるなんてお節介言うんじゃなかった…大人しく厨房に引っ込んでたら良かった…つかれた…おなかすいたな…。
早く帰ろ。そう思っても疲れた心じゃ踏み出せる歩幅も狭くなる。全然前に進まない。人ってなんで飛べないんだろ…
「こんな時間に何してる」
「っ!りょ、…ううううっ」
急に背後から声をかけられ柔らかく体当たりをされる。一瞬飛び上がったけど了くんの顔が見えて目の奥が熱くなった。心の中で沢山謝りながら五秒くださいと口にして抱き付いた。了くんの匂いに癒される。いっぱい吸い込んで身体中に溜め込んでおこう。
「…誰に泣かされた?」
「ううん、泣いてない。ちょっと疲れてただけ。今バイトから帰ってるとこなの」
直ぐに涙を引っ込めて口元を緩める。出来るだけ平気そうな顔をして離れると了くんのこめかみがぴくりと動いた気がしたけど気のせいかな。了くんに元気もらったからもう大丈夫。今日はハグも出来たし上出来!
「あれ、樹先輩?」
「ほんとだ」
了くんの後ろの方から声をかけられて覗くと王子くんファンクラブの子たちがいた。笑顔で手を振ると振り返して去っていく。去り際に本当に彼氏いたんだと聞こえてげっそりする。嘘ついてると思われてたの!?呼び出し秒読みだったって事!?怖すぎる…
「……行くぞ」
「えっ一緒に帰っていいの!?やったっ」
それならばと背筋を伸ばして腕に巻きつく。頬擦りをしてやっと一息付けた。もう百人力。なんでもこいだ。王子くんの事をかい摘んで話して実はちょっと参ってたんだ、と弱音を吐くと鼻で笑ってくれた。了くんの声聞くだけでやな気持ちも吹き飛んじゃう。すごい。
「そんな面倒くせえこと良くやるぜ」
「そうじゃ無いともっと面倒くせえ事になるんだよ〜!」
女の子はかわいいけど怖いんだよ。知らないと思うけど。なんて思ってたら嫌と言うほど知ってると返されて顔を見上げる。むくれたような顔してる。妹さんかな、怖いの。ふふ、家族に甘い了くんかわいい。あれ、でも私も了くんに怖いって言われた事ある気がするな…
「あ、ねっ、そんな事よりこの前、私の愛は伝わった!?」
「知らねえ。オレは口の端にクリーム付けた女にしか会ってねえな」
「その人了くんに気がありそうじゃなかった!?」
「……ふん」
めちゃくちゃ伝わってる〜〜〜!私はもう満足です。頑張ってよかった!嬉しくてゴロゴロ甘える。でもクリームついてるの見られたと思ったら複雑…でも無いやもう今はなんでも良い!鼻歌歌っちゃいそうだ。
「了くんはこの時間までお仕事だったの?」
「ジムだよ。仕事は今は夕方には終わる」
「そうなんだ!遅くまで練習お疲れ様っ」
え、定時なのかな。水谷さん、本当にいい所紹介してくれたんだ。凄い。さすが水谷さん。…と言うことは
「もう三ヶ月以上経つね。…そろそろちゅーしたくなった?」
無視じゃん。涼しい顔。んー、残念。次はまた三ヶ月後に迫ってみようかな。そろそろ了くんと私の家の分かれ道に着く。夜遅いし妹さん一人で待ってるんだもんね、早く帰るに越したことはない。
「今日はここで良いよ、夜遅いし。妹さん心配しちゃう」
「あ?……何言ってやがる」
手を離して足を止めたら了くんも止まりかけたけど、ちらっとこちらを見て私の家の方の道に進んで行った。夜遅いから送るんだろうが。もう前を向いてしまったので小さいけど確かに聞こえた。は、と息が止まる。胸が高鳴って思わず手で押さえた。了くんが私をだ、大事にしてくれてる…!
「っ、うーーっ!了くんっ」
衝動を抑えきれなくて空いた距離を走って埋めて背中に抱きついた。歩きづらいから腕にしろって怒る了くんにまたくらっときてしまう。これ以上好きにさせて私をどうしたいの!?
「もーーすきーーーーっ!」
「うるせえなっ!歩き辛えつってんだろうがっ!」
長い腕が伸びてきたと思ったら私の髪をぐしゃぐしゃにして了くんが抵抗してる。触ってもらえるのが嬉しくてきゃあっと語尾にハートが付くくらい甘えた声を出すと固まってしまったので仕方なく腕の方に抱きつき直して髪を整えた。
「ふふ、ありがと了くん」
顔をじっと見られて笑顔を返すと何事も無かったみたいに歩き出す。了くんはクールだなあ。
そろそろ了くんの誕生日が近い。いつお話しできるか分からないし会って話せるうちに予定聞いておこうかな
「了くんの誕生日、今年はお祝いしたいな」
「いらねえよ」
「プレゼントだけでも渡させて!忙しいなら十分、や、五分で済ませるから!」
当日は多分妹さんがお祝いするだろうし、前後でちょこっと了くんの時間が欲しいな、とおねだりしてはっとした。あれ、了くんの誕生日なのに私が欲しがってる…。じゃあまた偶然会えた時に渡せる様に準備しておこうかな。うーん。それが一番良いのかも。
「……だめ?」
「…………」
色々提案しても了くんは黙ったままだ。こう言うの苦手だったかな。
「…実はね、預かってるものがあるんだよね」
とは言えこれは受け取って貰わないと困ってしまう。本当は去年の誕生日に、と言われていた物だったのだ。去年は怒涛の一年だったから渡しそびれてしまったので今年は絶対に渡したい。
「…オレもお前に聞きたい事がある」
「え?」
「お袋に何を吹き込まれたのか、だ。五分、十分じゃ話し尽くせねえだろ」
「そ、そんな大したお話しはしてないよ!?」
「それはオレが決める」
「…はい」
妹に聞かせられる話しかも分からないから居ない時が良い。と物凄く警戒されている。本当に雑談くらいしかしてないんだけどな…。今度の日曜日、妹さんが昼から遊びに行くからその日に了くんの家で。と言われて今度は私が固まった。そ、それって、で、でーと…って事で良いのかな…!ち、違うよね、真面目なお話しだし!
「なんだ、予定があるのかよ」
「へ!?な、ないよ!ちょっとドキドキしちゃっただけ!」
誤魔化す様に日曜日お昼から、を繰り返して浮かれてごめんなさいの気持ちで眉を下げた。お家で、なら私からのプレゼントも渡せそう。邪魔にならない様な消耗品が無難だよね。気持ちが重たすぎるのはもう渡しちゃったから。
…でも了くん、多分毎日つけてくれてるんだよね。首に抱き付くと硬い感触あるし…。服の隙間から了くんの首に金色が見えると息が止まりそうになるからあんまり直視できないけど…夏になったら会う度に倒れちゃうかも。ただの目印なのに両思いだって言われてるみたいで勘違いしちゃう。こっそり熱いため息を逃して落ち着かせる。楽しみだなあ。
今日もまた別れ際に首に抱き付いてどさくさに紛れてキスをした。了くんも気にした様子ないし、良いってことなんだろう。多分。やめろって言われないから続けよう。
翌日、学校に行くと友達に「昨日ダーリンといちゃついてたんだって?」と聞かれて驚いたけど、デート(じゃ無いけど)に誘われた事を思いだしてにへ、と笑ってしまう。
「あの人も樹の前じゃただの男かあ」
「なーにそれ」
「樹が監視対象から外れた事をご報告します」
「ひっ!監視されてたの!?よ、よかった…」
「良かったねえ。ダーリンの前ではしゃぐ樹を見て白だと判断したらしいよ」
徹底した後輩扱いが功を奏したね。と背中を撫でてくれる友達に寄りかかって脱力する。来たばかりなのにもう帰りたい。疲れた。
「私は近くであの綺麗な顔が見れてラッキーだけどね」
「…そういう、正直すぎる所すきだなあ」
「私も樹の事だあいすきよ」
嫌味を軽く一蹴されて笑い合う。持つべき物は良き友だ。大分気が楽になって、一日を無事にやり過ごす事ができた。日曜日までに了くんのプレゼントを用意しないといけない。と言ってもなんとなく決めていたので直ぐに用意できそうだ。夏は着替えも多い方がいいだろうし、偶然遠目に会えた時に私のテンションもあがるのでトレーニングウェアにしようと思う。着てもらえる事をお祈りしなきゃ
日曜日、学校帰りにスポーツ店で吟味したプレゼントと預かっていた物を持って了くんの家へと向かう。ドキドキする…了くんをナンパしてから約二年、密室で二人きりになるのは初めてだ。了くんのコートの中は密室みたいだったけど…う、思い出したら熱くなってきたっ。
熱を振り切る様に走って角を曲がったら了くんがこちらに歩いて来ていた。私がお家に行くって言ったのにどうしたんだろ
「りょーくんっ!どうしたの!?」
私が駆け寄ると立ち止まって待ってくれてる。うわあ。なんか私に用事がある感じがしてめちゃくちゃ良い。了くんの目的が私!テンションあがるっ。
「…迎えに来てくれたの?」
「…お前は一度しか見てない場所を覚えてんのか?」
「そこが了くんのお家ならバッチリ」
「……張ってねえだろうな」
「私の理性を褒めてもいいよ」
腕に巻きついて見上げながらお礼を言うとため息をつくみたいに鼻息を長く吐き出した。でもお迎え嬉しいっ!浮かれたテンションのまま並んで歩く。これはもうほぼデートでは!?今日は最高の日だ。また鼻歌が出ちゃいそうっ
「……本当に入って良いの?」
「あ?そうじゃなきゃ呼ばねえよ」
了くんのお家の階段の前までくると緊張してたたらを踏んだ。ここは了くんの努力の結晶だ。そんな大事な場所に私が入っちゃっても良いのかな。グズグズしている私に痺れを切らしたのか組んだ腕を解いて背中を押される。階段を登るたびに緊張でどうにかなってしまいそうだ。
「んな構えなくてもいきなり取って食ったりしねえから安心しろ」
「そ、そう言う事じゃなくて」
私的には了くんにならいつだって食べられちゃっても良いんだけど。そうじゃ無い。とりあえず深呼吸して鍵を開ける姿を見つめる。了くんが私が近づくのを許してくれるのが凄く嬉しい反面、距離を測り間違えないか怖くなる。戸を開けて入ると、私の為に支えて待ってくれているのが凄く…凄く…すごい…
「おじゃまします…」
私が入ると私の背後に手を伸ばして鍵を閉めた。その音に身体が反応してしまうと了くんが意味深に口角を上げる。だ、だから違うって言ったのに!そう言うサービスされるとそう言う意味でも緊張してしまう!いじわる!すき!もっとして!!思わず抱き付いちゃったけど慌てて離れる。
「誘惑に乗る所だった…!なんて恐ろしいの、了くん…!」
「テメエ……」
低い声で唸られたから怒られると思ったのに中に入るように言われた。さては了くん、まだ私がどれだけ了くんの事が好きか分かってないな。
「座ったらとっとと話せよ。洗いざらい、全部、一片たりとも隠さずにだ」
靴を脱いでいる間に了くんはもう座って目の前の机をトントン叩いている。催促の仕方がかわいい。たまらず笑みが溢れる。なんでも言う事聞きたくなっちゃう。お陰で緊張が少し解けた。了くんの横に座って取り敢えず、と誕生日プレゼントを渡してしまう。タイミングを失ったら渡せなくなっちゃうし。
「先に…早いけど、お誕生日おめでとう。了くんに出会えて嬉しい」
「…………」
じっと見られたけど受け取ってもらえた!良かった!私の誕生日を聞かれたけど、プレゼントなら了くんのキスが良いので、了くんがちゃんとキスしてくれる時までは内緒にしちゃおう。凄く不服そうな顔されたけど了くんが欲しいものをくれるまでは秘密!と言ったらそれ以上なにも言わなかった。代わりに話を催促される。物凄く気になってるんだな…
「と、言っても…なにから話せば…」
「初めから話せ。お袋はお前に何の用があったんだ?」
「あー、んー…」
どう話そうか悩んでいると言葉を選ばなくて良いからそのまま話せと釘が降って来た。うーん。
「真っ先に聞かれてたのはいつも了くんのお外での様子、かな。会ったとき何してた、とかそれを見て私がどう思ったとか。…でも了くんについてはそんなに話す事なくて、殆どは私の事について色々お話ししたかな」
「どんな事だ」
「んー、学校はどうとか…勉強とかバイトとか、趣味とか家族の事とか…?本当に雑談って感じだったよ」
あれ、なんか了くんの顔が険しい…?
「……なんで会う事になった?」
「確か…新しく出来た喫茶店のケーキが食べたいんだけどって言われて…一人で入るのは勇気がいる外観だし、了くんはついて来てくれないからって……い、妹さんがいるの…その時私知らなくて…」
怖い顔して舌打ちした。無意識に背筋が伸びる。そこで話した内容も同じ様な事で…いやちょっとニュアンスが違ったけど…その頃から了はどう?から了とはどう?に変わった。
「それで趣味の話になって、お料理に行き詰まってるって言ったら…じゃあレシピのメモをあげるって…次の予定が…」
また了くんのこめかみに皺が増えた。うう、めちゃくちゃ怒ってる…
「そ、その時に一緒に渡されたのが、これ、なの」
小さな箱が二つ。了くんの方に差し出すと、受け取って中身を確認したと思ったら突き返された。
「いらねえよ。お前がもってろ」
「えっ、でも…了くんにって言われて」
「…それについては何も話さなかったのか?」
「ええ、と…十八歳の誕生日に渡すつもりだけど、私の言う事は聞かないから貴方から渡して欲しいって…断ったけどじゃあ預かっててって…帰ってしまって…」
了くんは具合が悪そうに長いため息を吐いて了くんパパママは大恋愛の末、十八歳で結婚した事を二人が小さい頃から惚気ていて、恐らくいつまでたっても言う事を聞かない不良息子のお尻を蹴飛ばそうとこれを私に渡したんだろう。と言った。
「けっこ……つ、つまりそれは…指輪…ってこと…?」
「中身見てねえのかよ」
「だ、だって見るからに凄そうな箱だし、中を見たら持っておくの怖くなっちゃうと思って…うう、ごめんなさい…」
つまり私は今了くんに指輪を渡して結婚を催促をしてしまった、と言う事になる!?の!?や、やってしまった…了くんに合わせる顔がない…。両手で顔を隠して蹲る。確かにプロポーズ紛いの事はしたけど待つって言ったのにこんなのまるで手のひらをひっくり返して詰め寄ってるみたいだ。恥ずかしくて凄く申し訳ない…絶対にこれはお返ししないといけない…!
「あ…う…了くんと妹さんが持ってた方が良いと思うの、で」
「……お袋はお前にやるつもりで渡したんだろうが」
「で、でも…そう言う事じゃ、ないかも…だし…」
了くんの結婚相手はもちろん私が良いと思ってるけど、…了くんが決める事だし…何より了くんママが遺した物を私が独り占めするのはよくない気がする。
「やる」
「そんなっ…こんなに大事な物貰えないよっ」
「……待つんだろ」
「へっ、あ…うん、」
「…こんなのどうせ、」
不自然に言葉を区切ったので指の隙間から様子を伺って首を傾げると粗雑に指輪を拾い上げてそのままの勢いで私の左手を攫った。
「オレが持ってたってガラクタと変わらねえ」
いつもと変わらない表情の了くんを唖然と見つめる。私の薬指を飾るダイヤモンドが視界に入ってこめかみが熱を持つ。あまりの衝撃に叫び出さない様口を抑えるのがやっとだ。お陰で頬を伝う涙が拭えない。了くんは…私と、そのつもりでいてくれてるの?
泣くなと腕を引かれるまま胸に飛び込んで縋り付く。了くんが振り向いてくれるのを待つんじゃなくて、了くんとの結婚を待っていていいの?
「りょ、くんっ…うぇ…りょーくん…っ…がんばるから、まっててね…っ」
「……オレが待つのか?」
「うんっ、この指輪が似合う女性になってみせるからっ」
強く腰を抱かれて声が漏れる。頬を撫でられて顎を掬われると目が合った。唇が額に降って来て、もうなにも考えられないや。鼻が触れ合って、額が擦り寄せられる。目を瞑ると親指に続いて吐息が唇を奪って行った。了くんと私との距離は、やっぱり後一センチだ。まだ遠い。どうして?結婚してくれるんじゃないの…?私が未熟だからかな。…頑張らないと。親指が外れて唇の下にキスされて堪らず目の前の鼻にお返しをする。身体を伸ばして頬に擦り寄ると了くんの顔が濡れてしまった。
「ああ、了くんの力が抜けちゃう」
「パンじゃねえ」
「ん、ふふ。パンじゃねえのかあ。ん、」
顔を拭っているとそんな事お構いなしにキスをくれて擽ったい。くすくす笑っているのに涙が全然止まってくれない。了くんをこれ以上濡らすわけにはいかないと思っているのに了くんは気にしてないのか拭っていた手を掴んで、頬に噛みついた。
「んえっ」
了くん噛み癖があるんだろうか。取り敢えず大人しくしているとブラウスのボタンが外される気配がした。またがじがじするのかな。ボタンのある服着て来て良かった。
「……いいのか?」
「ん、?いいよ」
「何されるか分かってんのか?」
「んー、…でも、いいよ」
「…随分と余裕じゃねえか。いつも涼しい顔して煽りやがって。そのツラ歪ませたくなるぜ」
余裕がある様に見えるんだ。了くんが軽く流せる様に戯けてるけど全部本心なんだけどな。複雑そうな顔をしてる了くんを笑う。
「余裕なんじゃなくて、いつも了くんになら何されても良いって思ってるんだよ」
了くん、さては私にどれだけ好かれてるのか分かってないんでしょ。私の笑い声は了くんに食べられる事で直ぐに止められてしまった。やっぱりがじがじするの好きなんだ。首筋に噛みつかれて背中が震える。猫ちゃんになっちゃった了くんがかわいくて首に手を回して襟足を撫でると指輪と目が合った。視界がまた滲んでいく
「んっ…りょ、くん…ぞわぞわする…あ、んぅっ」
体を捩ると身動きが取れない様に抱き込まれた。了くんの体に潰された胸が気持ち良くてあられも無い声が出てしまう。了くんはそう言う気分になったりしないのかな。これ、凄くやらしい事してると思うんだけどな。同じ気持ちになって欲しくて目の前の耳を口に含むと了くんが勢いよく顔を上げた。
「やめろ」
「ええ、わたしもしたい…」
「…今はやめろ」
「む、了く、ひあっ!きゃ、んうっ!やあっ、ふ、っ!」
口を尖らせると分からせるみたいに耳に甘噛みされてその快感を思い知らされる。了くんが唇を寄せて歯を立ててくる度にびくびく震えて腰が動く。耳の後ろを強く吸われて目の前が眩んだ。そこで「分かったな」って囁かれてもその声に情け無い音を返すしか無くて分からないって言えなくて悔しい。動けない私を見て了くんはまた首筋に顔を埋めてしまった。
「揃いで買ったのか?」
「ん、…そ、だよ。…ちゃんとしたとこで…ぁ…はやり、だし…了くんに、にあうと思って…んっ」
あの日みたいに私の細いネックレスを唇でなぞって遊んでる。食べちゃダメって言われたので仕方なく了くんの猫っ毛を撫でくりまわしていると熱い舌が谷間の方まで降りて来た。ちく、とした痛みが続いてる。痕つけるの好きなのかな。どうやって隠そう。なんて考えながら目の前で揺れる髪の毛を撫でて頭にキスをする。
いつもと違う顔をした了くんが胸元でじっと私を見上げて体を起こした。顎を掬われて横を向かされる。首筋を見て満足そうに鼻を鳴らしてるのがもうめちゃくちゃかわいい。
「わたしも了くんにちゅーしたい」
唇以外ならいいんでしょ?返事を待たずに顎先にキスをして口の端に移動する。頬にも、と体を浮かせたら了くんに抱き込まれて阻止された。
「終いだ」
「え!ちょっとしかしてないよ」
無言の圧力で押し切られた。うーん。いいもん。隙を見てしちゃうもんね。すっかり止まった涙の跡を拭って了くんの胸に擦り寄る。了くんはもう一つの小さな箱を開けていた。中には大粒の真珠のイヤリングが入っていてついため息が出てしまう。
「すてき……ぁ、これは妹さんに」
「これもお前に遺したモンだろ」
「こんなに沢山のしあわせ、独り占め出来ないよ…了くんママもその方が喜んでくれると思うし」
「…なら、妹が十八になるまで預かってろ。ウチじゃあ直ぐ見つけられちまう」
了くん、サプライズとかするんだ。頬を緩めて頷くと片手で頬を挟まれて唇が8の形にされた。笑ったのに怒ったの!?この前より力強い!これやだ!恥ずかしい!逃れようともがくと口を開けた了くんと目が合って驚きに固まる。え、食べられちゃうの!?
「んむーーっ!」
はな!鼻に噛みついた!やっぱり了くん噛み癖がある!痛く無いけどびっくりする!何度かがじがじしたら満足したのか離してくれたけど顔を噛まれるって凄く不思議な感覚だ。
「了くんは人の顔を食べちゃうクセがあるの…?」
「んなワケねえだろ」
「ええ?ふふ。そうなんだ」
食べてるけどね。んな訳ありまくってる。試しに私も食べて良いか聞いたらダメって言われた。ダメなんだ。隙を見つけたら試すリストの内容が増えたな。
「あとね、もう一つ。妹さんお料理すると思ってね」
了くんママがくれたレシピのメモ帳だ。メモと言うよりもうこれは本って言って良いくらい質が良い。かわいい絵が描いてあるし注意もポイントもわかりやすく色付きでまとめられてる。
「お前はもういいのか?」
「書き写したから大丈夫!それにね、了くんや妹さんの名前沢山書いてあるから、了くんにも読んで欲しいと思って」
読まないって即答されたからブーイングを送っておく。寂しくなっちゃうかもしれないけど、絶対力になると思ったんだけどな。二人が好きな味とかよく食べるものとか本当に沢山書いてあった。
「たくさん愛されてたんだね、わ、」
急に体を倒されて目を見開くとメモ帳を奪われ机へ見送る。怒らせちゃったと思ったらそんな顔はしてなくて表情が読めない。手首を掴まれて床に押し付けられて漸くこれは押し倒されたんだと気がついた。かぁっと顔に熱が集まる
「…ここは青くなる所だろうが」
「す、すきなひとに押し倒されたら赤くなるよ」
「それも今だけだ。オレはお前が思っているより醜い人間だぜ」
手首を離して頬に当てられた手が滑る様に這って私の首を掴んだ。やわやわと撫でられると了くんの唇を思い出して落ち着かない。了くんを見るとなんだか寂しそうで思わず顔に手を伸ばすと凄く驚いた顔してる。
「確かめて。何度も。どうせって思う度に」
私は本当に了くんになら何されても良いって思ってるんだよ。疑うなら何度だって同じことを言うし安心できるまでずっと腕に閉じ込めて気持ちを伝え続ける。そんなの寧ろご褒美だ。薄い頬を撫でてキスしたいな、なんてぼんやり考える。
「私はずっと、了くんのそばで待ってるよ。あっ、ひゃっ」
了くんが覆い被さって私を閉じ込めた。また首筋を食べてる。でもさっきより、なんか…やらしい…濡れた音が耳元で聞こえる。少し乱暴だけど、了くんに求められてる感じがして凄くくらくらする。
「あっあっ、りょ、く…んっひゃう…っ、だいすき、あっ、…りょうくん…っ」
私を見下ろす了くんが怖い顔で私の額に擦り寄って吐息が重なると舌打ちを溢して大きな手で私の口を塞いだ。勢いでしちゃえばいいのに。そのままの距離で見つめ合うとなんだか歯痒くて了くんの首に手を回す。了くんは大きく息を吐き出して私を抱き起こした。
「ふあ、りょーくん下みないで」
「ああ?」
「ぜったいぱんつ見えてる」
押し倒された時から感じていたけどスカートが捲り上がって太ももが空気に触れている。確かめてないけど多分見えてしまってる。早く直せって言われると、…うーんもうちょっと、なんかなあ…
「やっぱり見ていいよ。そう言えば気合い入れてかわいいの「それ以上口走ったら二度とウチに入れねえからな」
「ざんねん…ここまでかあ」
離れようとしたら肩を抱かれて阻止されたので片手だけ離してスカートを直す。ボタンも閉める様に言われて、今日は了くんが直してくれないのかな。なんて伺ってみたけど口を開いたら怖い事するって顔に書いてあるから仕方なく自分でする。でも了くんに抱き込まれたままなので下を確認できない。手探りで何とかボタンを閉める。また落ち着くまでくっ付いてて良いのかな。了くんに頬擦りして幸せのため息を逃した。
「ねえ、ちゅー「うるせえ」
遮った!今日あんまりできてないからしたいのに!
「じゃあキ「黙れ」
了くん本気だ…!今日はもう閉店かあ。仕方ない。沢山猫ちゃん見れたから我慢しよう。
「了くん」
「……なんだよ」
「生まれて来てくれてありがとう」
返事はなかったけど構わず了くんの背中に手を回して隙間を埋める。了くんの寂しい気持ちが少しでも埋まりますように。首筋に額を擦り寄せると服の下に隠れた存在を感じて蕩けてしまう。にやけた声出ちゃう。顔が見たくて引っ付いたまま見上げると了くんもこっちを見てる。んーっ、かっこいい!なんでキスしちゃいけないの!
「ちゅーされるのきらい?」
「……今はやめろ」
「今だけ?うーーん?」
今じゃなかったらしてもいいの?それっていつ?難しすぎるぜ了くん。でも引っ付くのはいいんだ…?じゃあもっと引っ付いちゃおう。膝の上に乗っちゃうもんね。首に両手を回して膝を立てると私の意図を悟った了くんは焦った様な声を出して全力で止めた。
「了くんの守備範囲がわからない…」
「いいから 黙って じっとしてろっ」
お、怒られた…でも頭を胸に抱き込んでくれてるので、もうどうしたら良いのか分からない。うーん。この前は好きって言っただけで怒られたし。気まぐれ屋さんなのかな。やっぱり了くんは猫ちゃんだな。自分からくっつくのは良いのに、抱き上げたら引っ掻かれちゃう。でも嫌いだからって訳じゃないなら落ち込まなくて良いか。次の機会を伺おう。
おとなしく胸に擦り寄って黙っておく。了くんあったかいな。良い匂いするし。目を瞑ったら眠なくなる。でも勿体無いから起きてなきゃ。こんなに長い時間一緒にいられるの初めてだし。次のデートはいつになるのかな、─────
「……樹、おい。樹、起きろ」
「ん、む……りょ、…?」
あれ、何で了くんが居るんだろ。私どうしたんだっけ。ゆめ…?とりあえず目が覚める前に首に巻きついてキスをする。んー、表情変わらない。夢なら唇を狙っても怒られないかな。狙いをすましてくっ付くと既の所で躱されていつもの口の端に落ち着いた。夢でも隙がないなあ
「オイ、寝惚けてんじゃねえ。起きろ」
「む?……おきてる…?」
何してたんだっけ。首を傾げながら了くんから離れて辺りを見回すと見慣れない部屋、了くん家だ。…そうだった!
「ねてた……?」
わたしは何て勿体無いことを……!折角沢山了くんに引っ付いていられたのに!あったかいからつい寝ちゃったの?あ、あり得ない…もっといちゃいちゃするべきだったのに…!寝起きでくらくらする頭を抱えて打ちひしがれると腕を引かれて了くんの腕の中に戻った。え、私まだ寝てる…?しあわせの香りがする
「んーむ、りょーくんすき。けっこんしよっ」
「ああ、待ってろ」
「んふふ。まつ」
了くんの言葉が嬉しくてハートマークを語尾に付けて返事をした。んー、やっぱり夢かも。背中に手を回して頬擦りする。あったかい。折角だから脇腹とか胸板とか腹筋とかペタペタ弄って、了くんが見た目よりずっと薄い事に気がついた。筋肉だけだからかな。ご飯ちゃんと食べてるのかな。ボクサーって減量があるんだっけ…?
「やめろ、擽ってえ」
「え?」
見上げるといつもの無表情の了くんがいて、私を見下ろしている。あれ、
「………ゆめじゃない…?」
了くんのあったかい手が私の頬を摘んで引き伸ばす。痛くはないけどしっかり感触がある。嘘…!火が付いたみたいに顔が熱くなる。あの日と一緒だ…!あれ!?私本物の了くんに結婚しよって言っちゃった!?え!?でも待ってろって…!!待ってろって言わなかった!?
「目は覚めたか?」
「さ、さめ、ました…っ」
了くんの手が離れると赤い顔を隠したくて手で押さえる。左手に違和感があって視線を落とすと薬指に指輪があってぎょっとする。ずっと付けっぱなしだったんだ…!うう、ドキドキする…!
「もう夕方だぞ」
「え!私そんなに寝ちゃってた!?ごめんね、身体痛くない!?」
「そんな柔じゃねえ」
「うう、ありがとう」
了くん優しい。帰るか?と聞かれてちょっと迷ったけど頷いた。これ以上迷惑掛けられないや。送ってくれるつもりの了くんを引き留めて断った。そりゃあ少しでも長く一緒にいたいけど。「今日了くんがウチの前まで来たら、多分そのまま持って帰っちゃうから」と言ったら微妙な顔をして承知してくれた。預かっておくイヤリングと指輪を外して仕舞う時物凄く見られたけど頑張るね!と拳を見せたら頷いてくれる。今日の了くんはサービス心旺盛だ。
玄関で靴を履いて了くんに向かって手を伸ばすとしゃがんでくれる。すかさず首に抱き付いてキスしても良いか聞くと返事の代わりにキスをくれた。ええっ!帰れなくなっちゃう…!何とか自分を律して唇を寄せる。うう、すき
「はあ、了くんのポケットに住みたい」
「まだ寝惚けてやがるのか?」
「おきてる!」
私の後ろで鍵を開ける音が聞こえる。了くん手が長い。ドアノブを回して開けてくれたので仕方なく手を離して帰る事にする。
「またね、了くん」
「おう、気をつけろよ」
階段を降りて振り返ると了くんが見送りに出てくれてて嬉しくなって大きく手を振っちゃう。よし、もう振り向かないぞ。じゃないといつまで経っても帰れない。浮き足立つ心を押さえ付けながら何とか歩くと後ろから呼び止められた。