めぐしうつくし
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くちびるにひとひら
「先生は、私を子供としか思ってないでしょう」
渋川先生の家に上がってお茶を飲むのも、他愛のない話しを長い時間するのも、異性となればきっと私だけだ。そう言い切れるほどに長い時間を共有してきた。可愛がられている自信もある。そして気持ちはもう何度も伝えているのだから当たり前だが、私がどれ程先生に焦がれているか知られてしまっている。けれど先生は私の拙い言葉を噛み砕いて一度全てを飲み込むと、笑って首を振るだけだった。
「…どうしたんじゃあ、突然」
「……先生。私…ここへ来ない方がいいですか」
先生にとって、私は可愛い孫のような存在なのだと思う。私を気にかけてくれる様子から、これは自惚れなんかじゃないと確信がもてた。だから私はそれで充分幸せだと思う事にしたのだ。不純な気持ちと知りながら好きな人に近くに居ることを許して貰えるのなら、結ばれなくたって良かった。私だって渋川先生からすればそうでなくても、子供という訳では無いのだから、見えない距離が遠い事くらい理解している。せめてずっとこうして居られれば…。
そう思っていても傍にいれば好きだと伝わってしまうようで、いつからか私が心で想いを呟く度にぎこち無く視線を逸らされる様になってしまった。顔に出てしまっていると気付くのは直ぐだったが、問題はそこでは無い。……私の好きが、私の好きな人を困らせているのだ。
「私が先生を好きだという気持ちで、先生を苦しめたくはないから」
戸惑っているのだと思う。孫のように可愛がっている娘が自分に惚れているだなんて扱いにくい事この上ないだろう。きっと下手に突き放す事も出来ない状況で悩ませてしまっている。
でも気持ちを伝え続けてやっと「勘違い」と笑われなくなったのに、その時間と苦労を無かったことにして若気の至りと片付けられるのは癪だ。傷付いた心を癒すなんて私には出来ない。せめてこの世で一番大切な人の気を揉ませるのは止めなければ。口を閉じたまま縁側からただ庭を見つめる小さな背中に精一杯の愛しさを込めて視線をぶつけた。
先生を好きな気持ちを無くす事は出来ないから、ならせめてもう一度ただの門下生の一人としてこの気持ちに敬愛と名前を付けて隠す事を許して……、なんて考えて、黒くねっとりとした気持ちが這い上がってきた。こんなだから、困らせてしまうのに。どうしようもなく膨らんでしまったものの前では、私は無力過ぎた。
「だけど、知っててください。私は先生がそばに居ても居なくても、何も変わりはしません。先生を愛して、ひとりで生きて、ひとりで死ぬの。」
なんとなく予想していたが、ピクリともしない背中が憎らしい。気持ちに任せて子供が拗ねて荒んでいるような言い方になってしまって、未熟さと一緒にどろどろとしたものが私の隙間からこぼれていった。
「私の生き方に、渋川先生はなんの関係もないんですよ」
滑稽だ。結局私は自分の事で精一杯で、どんなに綺麗事を並べて背伸びをしても先生の所へは辿り着けない。背を向けて足を一歩踏み出すと後ろで戸が閉まる音がした。…戸を閉めるより先にさよならくらい言ってくれてもいいのに。なんて唇を尖らせ、少し暗くなった部屋を視界に入れて戸に手をかけた。
「惚れてる女にそこまで言われちゃあ、俺も男になるしかあるめェよ」
「……え?」
思わず振り返るとそのまま視界がぶれて何故か目の前に渋川先生の顔があった。さっきの言葉と現状を把握しようと頭が混乱する。先生越しにぼやけた天井が見えて漸く自分が寝ている事に気が付くと、すぐ近くで先生が笑った。
「まだまだじゃのぉ、樹」
今、名前…ってゆうかもしかして、これ押し倒されているんじゃ…?それにいつまでも私の上から退こうとしない先生の所為で頬にじんわりと熱が籠る。どうして、先生。私、貴方の事が好きなんですよ。きっと先生が考えているよりずっと、もうどうしようも無いくらい好きなんですよ。期待に逸る胸の音、聞こえているくせに、
「どちらかじゃ…この部屋を出るか、このままここに留まるか」
でもさっき、
「…先生がいい。先生だけがいい。…わたしに先生を、教えてください」
…惚れてるって聞こえた気がする。
視界がぼやけて熱がこめかみに伝うと先生がそれを追いかけて行った。何が起こっているのだろう。夢かもしれない。先生が私に触れている、だなんて。優しい手のひらがゆっくりと有無を言わさず私を暴いていく。良いのだろうか。それが肌に触れたら、今よりもっと執拗い炎が私を焦がしてしまう。渋川先生まで巻き込んでしまいたくて纏わり付くに決まっている。そしてきっと、そうなる事を先生も分かっているのに。
日を重ねれば重ねる程色が濃くなって行くに決まっている。私が渋川先生と顔を合わせる度に好きになっていったみたいに。…ほら、我儘な私はもう次を望んでる
「今日は泊まっていきなさい」
「は…い……っ…」
先生の呼吸を首筋に感じながら悶えていると、様子を伺うように服の上から触れていた手が直接太ももに触れた。その気持ち良さに大袈裟な程反応を返してしまった事に驚きながら今日の服装がワンピースだった事を頭の端で思い出した。
「ふぁ……せんせ…」
ゆっくりと脇腹まで撫で上げられて背筋が伸びる。気持ちが良い。ただ撫でられているだけなのに、お腹の奥が熱くなる。胸には触らず肩を撫でられて、からだをよじった所でその隙間から背中を通って下肢に辿り着く。けれどやはりそこには触れず、太ももを通って足先まで丁寧に触れられ、そうやって体全体をくまなく解された頃にはもう先生が欲しくて堪らなかった。
興奮しているせいだろうか、優しく触れられる度に息が上がって涙が溢れてしまう。そんな私を慰めるように時折髪を撫でてくれ、苦しい程に満たされた。こんなに近くで先生の顔を見るの、初めてだ。熱に酔いしれながらされるがままになっていると漸く下着に手が伸びてきてその解放感に目を細める。そうだ、私ばかりじゃなく、渋川先生にも…
「気負うことは無い…何もせんでええ」
「で、も…」
「なにより、もうそんな余裕もないじゃろ」
眼鏡を外す姿に見蕩れながら先生の胸に無理矢理震える手を伸ばすと、悪戯に笑ってその手を握られ頭の横に戻された。そして心の準備をさせるみたいにまた肌を撫でゆっくりと敏感な所に温もりが触れる。もうそこからは良く覚えていない。甘くじんわりと溶かされ何度も果てを見て、何度も縋り付いて、渋川先生の着物を力一杯皺にした。私の体液で汚してしまっていないか畳の心配をせずにはいられない程濡れているのが恥ずかしかったのも、もう随分前のような気がする。薄暗かった室内は影を濃くしていて時間の経過を更に伺わせたが未だ先生は私の中に入ってこない。
いい所ばかり擦られてぐずぐすに蕩けてきってしまっているし、とっくに上品な喘ぎ声を意識できなくなっているのにまだくれないなんて、もしかして。嫌な予感に目頭が熱を持つ。それでも私を知り尽くしてしまった動きに導かれて体を強ばらせると急に指を引き抜かれ目を見開いた。どうして。開きかけた言葉は更に強い快楽によって押し流されてしまった。
指よりずっと太いものに貫かれている。頭の先まで抜ける絶頂感に、視界がチカチカと眩んだ。決して焦ること無くゆっくりと奥まで入り込もうとするものに思わず上擦った悲鳴を上げて渋川先生の腕に縋り付いた。
「ま、て!うごいちゃっ…、イってう、からぁッ!」
「知っとるよ。じゃがそろそろ樹も限界じゃろう?」
「やら、だめっ!ひゃあっ、んぁあっ!」
腰を浮かせて快楽から逃げようとするとその腰を掴んでそのままより深くまでそっと押し付けられ、為す術なく裾を掴んで絶頂に耐えた。いつもよりも少しだけ低く、芯に響く声色が耳許に落とされて更に気持ち良くなってしまう。近付いた熱にしがみつくと額に唇が触れて繋がれた幸せに溺れそうだ。
先生に擦り寄ると一度強く抱き締められて温もりが離れて行ってしまった。時間を忘れるほどの戯れは本当に幸せで、ぼんやりとしか先生の姿を焼き付けることが出来ないのが勿体ないなんて思う。でも、この底知れぬ不安は何なのだろう。
私の呼吸が少し落ち着くとじんわりと刺激を増やしてまた私を攻め立てる。そんなつもりは無いのかもしれないが、渋川先生が少し動いただけで果ての入口を見つけてしまう。気付かないうちに私はもうそれくらい先生に溶けてしまっていた。
「ひぁらっ…せ、んせ……ま…た、!ふぁっ…お、ねが…っ!…せんせ、ふぅ…っ」
決して追い立てるような動きでは無いのに、ゆっくりゆっくり逃げ場を無くされる。甘えるように視線を合わせて口を開くと優しく入り込んできた指で舌を転がされ、絶妙に性感帯を刺激された。もう何をされても気持ちが良くて、泣き声のような声を漏らすことしか出来ない。そんな私を労わるように声をかけて子供にするみたいに甘やかすので、喜んでしまうのがとても悔しい。
「随分よさそうじゃの、樹」
「うん、うんっ…きもちぃ…すき、すきっ…ふぁ…ご、きさ…ごうきさん、ひぅ…す、き…すき…っ」
どれ程の時間そうしているのか、ずっと果て続けているような気持ち良さの中で何度か体位を変えられ、奥深くまで満遍なく先生の感覚でいっぱいになって視界までもうぐちゃぐちゃだった。快感以外の感覚が遠くに行ってしまったのか、他に何も考える事が出来ない。先生の匂いが近くなったら必死にしがみついて、口に触れたものを柔く噛んで舌を這わす。優しい絶頂の中でそれを夢中で繰り返し、その最中いつの間にか眠る様に意識を手放していた。
───髪を撫でられている。もう一度眠ってしまいたくなるような心地良さに身動ぎをすると、素肌にシーツが擦れた。裸で寝ている事に気付いていつの間に服を脱いだのか、ぼぅっと考えていると頭の上で小さな笑い声がした。
「起きたようじゃの」
「…し…ぶかわ、せんせ…」
そうだ。わたし渋川先生と…。目を開いてその姿を視界に入れると、気恥ずかしくて縮こまった。とんでもない醜態を見せてしまった気がする。けれど髪を滑る温もりが離れていくのは嫌でその手を取って握り締めた。
私と先生の仲は変わってしまった。だけど、どんな風に?この不安の原因はもう気付いている。…先生は自然と、けれど頑なに私とのキスを拒んでいた。元より行為自体好きでは無いのか、それとも別に理由があるのか、それを私が聞いてしまってもいいのか、沢山言いたいことがあるのに恐怖が勝って息が詰まる。渋川先生が口を開くのも、少し怖い。先に何か言わなければ。
「先生…わたし、先生のこと…本当に、好きです」
「…心配せんでも、ちゃんと分かっとる」
気怠い体を起こしてそばに座る先生に抱きつくと腰が鈍く痛んで思ったより体重をかけてしまった。慌てて体を起こそうとすると先生が体重をかけやすい様に腰を引き寄せて撫でてくれ胸が絞られるように傷む。その優しさに、どこまで甘える事を許して貰えるのだろう。
「恋人になれなくても、結婚出来なくてもいい。…何も、いらないから……ッ」
「…服を着んと風邪をひくぞい、樹さん」
「剛気さん…っ」
愛して。たった一言が重い。ひっそりと愛を育み孤独に死ぬ事よりも渋川先生に拒絶される方がずっと恐ろしい。そんな臆病な私を窘めるように距離を取ろうとする渋川先生を強く抱き締めて擦り寄った。
「おしまい、ですか……?」
縋る思いで見つめると頬に涙が伝う。その雫を先生が優しく拭っていつもの笑顔を見せるので意図が分からず首を傾げた。先生が羽織の紐を解くとその羽織を私の肩にかけてくれ、そこで漸く先生だけきちんと着物を着ていることに気が付いて少しだけ悲しい気持ちになる。先生から体を離して羽織を握り締めると大好きな香りがして、あっという間に胸が好きでいっぱいになった。
「あんな風に抱いておいて、ワシも大概大人気ないのう」
やっぱり、先生の考えている事は分からない。またふわふわと受け入れる事も拒絶することも無く私をそばに置いてくれるのだろうか。でもそれにしてはとても楽しそうで、益々意図を測り兼ねる。
「樹、男にあんまり泣き顔を見せるとつけ上がるぞ。…男を想って泣くのは、ワシで最後にするとええ」
「…ふ、…ぇ…」
頬を撫でられ、下がりかけていた視線を戻すと温もりが掠めた。渋川先生の言葉を何度も頭の中で復唱すると、理解する前に涙が溢れて邪魔をする。
「も…と…もっと、剛気さん…っ」
震えを隠しながら先生の手に触れるともう一度視界が陰った。今度は感覚を覚えさせるようにゆっくり熱が広がっていく。嗚咽が零れて離れる度に引き寄せられて、涙が入り込んでくるのも厭わず愛でてくれ、また気を失いそうだ。先生はぐしゃぐしゃになった私の顔を見ながら機嫌よく涙を掬うと、何度も私の不安を取り除いてくれる。…泣き顔が間抜けだからって、そんなに笑わなくたっていいのに。
2019/03/12
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