フェイルアーの恋
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
不穏な時間制限
「コハル、来い」
「アルベルト?」
コズミ邸に戻って002と別れるとアルベルトに呼ばれて首を傾げる。真剣な顔でじっと見つめられて思わず見つめ返すと、手を引かれて腰を引き寄せられた。尚もじっと見つめられて居心地の悪さに身を引こうとすると抱き寄せるみたいに距離を詰められる。
怒らせるような事でもしたかな、なんて考えてみたけどそれならアルベルトはこんな遠回しに顔色を伺ったりせず言葉で伝えてくれる気はずだし…
「随分遅かったが、何かあったのか?」
「え?なにも。…ケーキ奢ってもらったの。花弁が乗ってて、かわいいやつ」
「へぇ。それで?」
「それでって……なに?なんかアルベルト変だよ?」
何が言いたいのかさっぱり汲み取ってあげられなくてちょっと悔しいけど、もしかしてとても言い難い事なんじゃないかって気を張ってしまう。表情もどこか硬いし。そう思ったらおでこに唇が降ってきて、そこから囁くみたいに柔らかな声が漏れ出した。
「変なのはコハルじゃないのか?空はつまらなかったか?」
「すごく楽しかった…」
「すごく楽しかった、という顔をしてないから心配してるんだ。出かける前より落ち込んで見える。…002に何か言われたのか?」
「…ううん。そうじゃないの…」
002とのデートは本当に楽しかった。何だかんだ沢山気を使ってくれて、最後まで楽しませてくれた。悪いのは私だ。一度考え出したら止まらなくなって、恐怖が後から後から着いてくる。見えない影に縫い付けられて息苦しくなる錯覚すら覚えてしまう。この世の全てを憎んでいたはずなのに、もう憎むのも憎まれるのも怖くてたまらない。
それは優しいみんなが光の当たる場所まで引き上げてくれたからだ。だからもう一度暗い闇に沈むのはきっと耐えられない。彼らがいなくなるなんて考えたくもない。この温もりが、消えてしまうかもしれない、なんて…
「コハル、俺がいる。ゆっくりでいい。話すんだ」
「…こわ、くて…」
「怖い?」
「…終わってしまうのが…無くなってしまうのが…とても怖いの…」
じわりと涙が滲むと強い力で抱き締められて涙が頬を伝った。力任せに手をまわすと髪の毛を撫でてくれる。甘えるように擦り寄れば身動きができないくらい隙間なく体温を感じさせてくれる。そんな優しさが胸を刺すと中からどんどん暖かな気持ちが溢れ出してきて、恐怖がゆっくりと溶けいくような気がした。
「…大丈夫だ。もうこれ以上俺たちから何も奪わせはしないさ」
うまく伝えられたとは思わなかったのに、汲み取ってくれてそれにも嬉しくなってしまう。アルベルトの服をくしゃくしゃにすると今度は背中を撫でられ、段々と不穏な波が落ち着いてきた。
「…生きて」
「違う。…生きるんだ。みんなで」
その強い言葉に強い憧れを感じた。私にはない。そう言い切れるだけの力も心も、何もない。ずっと弱いままだ。だから焦ってしまう。諦めてしまう。近くで生きていく強さがない事を嫌でも見せつけられてしまう。ただ皆んなを好きな気持ちだけで側に居させてくれる優しい人達だから、同じ場所に立てるように支えてくれる腕を離すことが出来ない。
「…場所を移そう。コハルの部屋に行っても?」
「うん…」
そうは言ったものの中々離れられないでいると、くすりと笑ったアルベルトが私を抱き上げて歩き出すので変な声が出てしまった。おかげさまで驚いて涙も引っ込んだ。
「あ、歩ける!歩けるよ!!」
「騒ぐんじゃない。そんな顔を俺以外に見られでもしたら困るだろ?」
「………」
確かに困る。アルベルトに見られるのも困るけど、困り事は少ない方がいい。渋々されるがままに部屋までたどり着くと、入るなり器用に鍵をかけて私を横抱きにしたままベッドに腰かけた。…なにこれ。どういう状況…?
「…あの、アルベルトさん…?」
「フッ。期待に添えなくて悪いが、落ち着くまで側に居てやるってだけだ」
「お、落ち着いてるし!もう平気!」
「そうは見えないがね」
「本当だから!先にみんなの所に戻ってて!」
期待していると思われているのは癪だけど、なんとなく密室のベッドで二人きりと言うのが耐えれなくて意識していると誤解させてしまう。…耐えれないと言うことは、そう言うことのような気もしなくもないけど認めるわけにはいかない…!
「そうは言っても一人にして倒れた前科があるしな」
「う…じゃ、じゃあ一時間しても戻らなかったら迎えに来て!ね!?」
一緒に戻れたら解決するのに、泣いた跡がくっきりと残るこの顔ではみんなを心配させてしまう。さっきまでアルベルトと離れたくなかったのは確かだけど、もういつもの調子が戻ってきてるし、アルベルトの言葉で救われた。揶揄われて涙も引っ込んだ。今の私に必要なのは赤くなった瞼を元に戻す時間だ。私はそれに素直に付き合ってもおうと思える程甘え上手ではない。
「…仕方ないな」
「え…?」
視界が大きく揺れたと思ったら背中が柔らかなものに包まれてアルベルトの顔がとても近くにあった。これってもしかして押し倒されてる!?胸が大きく脈を打って、勢いに任せて口を開く前に塞がれてしまった。ダメだと思うのに、アルベルトの匂いがあっという間に私を蕩けさせる。舌で唇を擽られると呆気なく口を開いて招き入れてしまった。濡れた音を立てながら何度も何度も口付けられて体の力が完全に抜けた頃、漸く解放される。
「三十分だ。来なかったら迎えにくる。」
「ふぁ…ぃ…」
「そんな顔をするな。もっといじめてやりたくなる」
私の顔を見て満足そうに笑うと優しく頭を撫でて立ち上がった。その姿を見送る事なく腕で顔を隠すとクスクス笑われたが、もう噛み付く余裕なんてない。タイムリミットをもう一度念を押され急いで二回頷くとアルベルトは楽しげに去って行った。…悔しい。これがいじめてるつもりなんて。もっといじめて欲しい、なんて台詞が頭を過って慌てて布団を被って思考を追いやる。
「…アルベルトのばかやろう…」
負け惜しみを吐いて体を丸めてみても一向に熱は冷めなくて、涙の跡よりもそっちの方に苦労する。人のことを散々からかって笑う意地悪な男を恨めしく思いながら、布団の中に引き入れた目覚まし時計の秒針を必死に眺めていた。
18/18ページ