フェイルアーの恋
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一人きりの覚悟
「明日ここを出る!?」
「しっ!声を落として!」
「あ、ごめん…」
ギルモア博士の作戦でこの基地を脱出する。そう声をかけられ思わず声が大きくなる。そんな大胆な作戦自体もそうだが、まさかこの私にまで声をかけてくれるなんて。
まだ戦時中。人を機械化すればどうだと声が上がった頃の試作品がこの私、フェイルアー。その名の通り出来損ないだ。どんな対策を講じても拒絶反応が出てしまったが、耐え切った唯一の個体だったので早々に冷凍保存された。技術が確立された今では普通に生活できるまでに落ち着いたが、何が出来るわけでもなく試作型の兵器がくっ付いていてヒトより頑丈というだけで特質した能力は無い。
それでも生かされているのは、拒絶反応が強く出る人間をどれほど機械化出来るか。どれほど拒絶反応を克服できるか。という実験の為らしいが最近では攻撃特化を諦めて愛玩用サイボーグ、それを利用した暗殺用サイボーグとしての運用が決まるとかどうとか…。もちろん私はそんな風になるつもりは無いが、ここに居れば私の意思なんて関係ないだろう。
「危険が伴うから強制はしない。だがいつまでもこんな胸糞悪い所に居ちゃいられねぇだろ?」
「フェイも、もちろん行くわよね?」
科学者たちとは違って皆はフェイルアーとは決して呼ばない。その事にどれだけ私の心が救われたか。…本当は、この優しい人達と共にありたい。皆んながいるからどんなに苦しくても痛くても死んでしまいたくなってもやってこれた。出来ることならこれからもずっと、…
「……ううん、私は皆を中からサポートするよ」
「何…?」
「私はみんなと違って何も出来ない。走るのだってままならないし…だから此処に残る。…足で纏いにはなりたくないから」
「っそんなこと!」
「そんな大きな作戦、失敗する訳にはいかないでしょ?少しでもリスクは低い方がいい。…ね?」
「フェイ…」
悲しそうに眉を下げる003に苦笑いをして大丈夫というように頷いた。実の所、サポート出来るかも怪しいが着いて行って迷惑をかけるよりよっぽど良い。大丈夫。大丈夫。何度も言い聞かせて笑顔を作る。
「声、かけてくれて嬉しかった。ありがとう!」
気遣う様な視線が痛い。しかし少しの押し問答の後、私の笑顔に押されるように肩を落として去っていった。これでいい。大好きな皆の為に私は私の出来ることをしよう。泣いてしまいそうになる弱気な自分を深呼吸で押し込めた。
「フェイ」
「っ、004」
「どうしても来ないのか」
「はは、しつこい男は嫌われるって言わない?」
「…ならお前さんの名前、教えてくれないか」
「なに、急に」
耐え難い痛みを励まし合いながら共に過ごした第一世代の彼等とは特に仲が良かった。故郷の話や好きだったものの話を時折するくらいには心を砕いていたけれど、本当の名前だけは意識して触れないでいた。これは私がどうにもヒトだった自分との折り合いが付けれなかったせいだ。この機械の身体はフェイルアーであってコハルでは無い。なんて、そんな悪足掻きを続けていたのだ。
「最後かもしれないだろ?聞かせてくれ」
「……コハル」
「コハル…」
「呼ばないで!…もう、いいでしょ?部屋に戻って」
久しぶりに耳にするその響きはとても甘いものだった。折角せき止めていた感情がせり上がって来てしまう。ダメだ、迷惑は掛けたくない。
「コハル」
「やめて、004!」
「違う。アルベルトだ。アルベルト・ハインリヒ」
「…ある、べ…ると……」
低い温度。硬い胸板。耳元で聞こえる息づかいにとうとう溢れ出した物が004の肩に小さな染みを作った。更に強く抱き込まれると、優しい温もりに縋り付きそうになり思わず両手が宙に浮いた。
「コハル、お前さんの本心が聞きたい。俺が…いや、俺たちならお前を軽々と連れていけるさ」
「っ…で、も」
「コハル。コハルは、どうしたいんだ…?」
「わ、わたしは…」
抱き締め返せばきっと楽になれる。連れて行ってと言うだけで皆はきっと快く攫ってくれる。でも、……でも。
「……い、かない」
004の背に回しそうになった手を咎めるようにぎゅっと握りしめて胸を押した。そうすると優しい温もりは呆気なく遠ざかった。これでいい。揺れてはいけない。護られるだけの存在が望んではいけない。この組織は甘く無い。私より動けるのにここから逃げ出したくてもできない人は巨万といる。ただの足手纏いにそんな選択肢なんて最初からないのだから。
「コハル…」
「行けないよ…わたし、皆の事がすきなの。…だから、行かない」
ぽたり、ぽたりと垂れる雫にふふっと声が出た。こんな風に泣いたことなんて此処に来て一度も無かったのに。またこの人たちを好きになってしまった。大丈夫。この気持ちがあれば私はひとりでだってやって行ける。
「じゃ、戻ろう?遅くなると怪しまれちゃう」
「…コハルっ」
「フェイルアー。だよ、004」
「………」
004のぎゅっと握られた手を見てまた彼の優しさを感じた。皆が居なくなったらここまで誘惑に負けなかった自分を褒めてあげよう。未だ動かない004を置いて足を進める。
「…ねぇ、004」
「…なんだ」
「私、しつこい男は嫌いだけど、アルベルトの事は好きだよ。」
「それは…光栄だな」
「ふふっ…明日、絶対…頑張ってね」
ほら大丈夫。笑えたじゃないか。
2017.10.26
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