短編
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侵蝕
「っ!!!」
目が覚めたら知らない男が煙草を吸いながらじっとこちらを見つめていて、いろはは音にならない叫び声を上げて飛び起きた。ほんのりと甘い煙草の匂いを肺に入れると、体に違和感を覚え視線を落とす。その瞬間ぞわりと鳥肌が立ち、守るように自分の体を抱くと男の笑い声が聞こえた。悲鳴を上げようとしたが、息が詰まったように喉を圧迫して呻き声のようなものを漏らす事しか出来なかった。
「いろは、よく眠れたか?」
「っ!!??」
見知らぬ男の筈なのに、迷いもなく名前を呼ばれ目を見開いた。顔を確認するように視線を合わせるが見覚えはなく、ニヤニヤと笑う男が気味悪くて仕方がない。ストーカーという言葉がいろはの頭を巡っていった。
「だ、誰…ですか…服、は…!」
「俺か?俺は石原ってんだ。よろしくな。服は…見ての通りだな」
「な、で…名前…っ」
「因みに今日は昭和二十九年の五月十八日だ」
「な……に………?」
満足に質問に答えてくれない男が放った言葉に、いろはは益々混乱した。迷い無く口に出されたそれを震える唇で復唱すると満足そうに頷いたので言い間違えでは無いようだが悪い冗談だと思った。昭和の時代は、もう何十年も前に終わっているのだから。
「…そうだな…おまえは未来から、ここにやって来ちまったみたいだな」
「な…で………あなたが、未来の…私を知っているんですか…っ」
「石原だ」
「…いしはら、さん」
訳の分からない事を言う男を疑いながら問いかけると名前を呼ぶように促される。名前を口にするとまた満足そうに頷いた。気味悪く思いながら周りに視線を移せるほどに余裕ができると、石原から視線を外して辺りを見渡す。確かに、家はどこか懐かしい造りだし、古めかしく無いのが違和感があった。
「おまえの事ならなんでも知ってる。身長も、体重も、誕生日も血液型も、家族やダチの名前も。…まぁ、そんなのはどうだっていい。行く所もねェだろうから面倒見てやるよ。…いろは、選ばせてやる」
紡がれる言葉に、恐怖で視界がぼやける。直ぐに頬を伝った涙を石原が拭うとビクリと肩が揺れ、体を退いたが石原は気にする様子もなく、煙草を灰皿に押し付けて揉み消した。
「今から俺に犯されるか、裸のままここを出るか。…そうなりゃ上手く行けばサツに絞られるか、…悪けりゃ汚ねェジジイに飼い殺されるか…だな」
後者の方が確率的に高いだろう。なんて楽しげに語られていろはは震え上がった。どちらにしても救いなんて無いじゃないか。理不尽さに嘆いて仕舞いたかったが、感情をぶつけるだけの勇気は無かった。絶望で真っ白になった頭で呆然としていると石原が顎に手をやり斜め上を見ながら声を上げたので反射的にその姿を目にとどめる。
「いや、待てよ…?どっちを選んでも結局いろはは犯されるのか…なら俺がヤッちまっても変わりはねェな」
「ヒッ…!?」
視覚化した恐怖から逃げようと後退ると直ぐに追い付かれ、軽く持ち上げられて布団に倒される。体重はかけられていないが、お腹の上に座られると身動きは取れなかった。悲鳴を上げたいのに恐怖で声が出ず、ぎゅっと目を瞑り体を守るように身を小さくすると頬を撫でられ、涙を拭われる。
「いろは。もう一つ、選ばせてやるよ。」
ゆっくりと穏やかな声で囁かれ、思わず目を開けると鋭い瞳に縫い付けられたように目を逸らせなくなった。優しく手を取られ、顔の横に押し付け開かれたと思えばまるで恋人にする様に握られる。
「痛てェのと、気持ちいいの、どっちがいい?」
「っ…」
最早声すら出なくなり、必死で首を振るが石原は笑みを浮かべるだけでどんどんと視界が滲んでいった。すると顔が近付いてきた拍子に反射で身を縮めると瞼に口付けられビクリと揺れた。
「や…めて…くださっ……」
「…痛てェのが好きなのか?喚かれるのは趣味じゃねェんだがな」
「ち、ちがっ!…こ、ゆの…ちゃんと…好きな…ひとと…」
「なら、俺に惚れりゃあいい。ん?…おまえ、処女か?」
もう石原の中では体を繋げる事は決定事項の様で、手に力を入れてみてもびくともしない。そんな現状から目を背けたくて質問に答える事も忘れ、顔を背けて唇を噛み締めると耳を甘噛みされ声が出る。直ぐにやめてくれたが、いろはが怯える度にその顔はとても楽しそうに笑みを深めていった。
「……な、んで……噛むんですか…っ」
「…処女か…なら余計に手放す訳には行かねェな」
質問に答えなかったのに呟かれた言葉にドキリとすると今度は鎖骨に唇を寄せられ、擽ったさに声が出そうになるのを我慢した。このまま見ず知らずの男に犯されるのかと思うと、目の前の男を恨む他なかった。この訳の分からない事を言う男に、しかも裸で、なぜこんな状況置かれなければならないのか。責め立てたくて仕方が無かった。
「痛てェのが好き、か…」
「い゛っ…や、だッ!やめて!!」
突然鎖骨を噛まれ、鋭い痛みが襲った。握られた手に爪を立てて反抗すると意外に直ぐ解放されたが、痛みで恐怖が増したいろはは今すぐこの男から逃げ出してしまいたくてどうにかなりそうだった。口から嗚咽が漏れると労わるように頬に口付けられるが、もうそれに構う余裕すら無くなっていた。
「ひっく…やだ…やだぁっ…、く…助けてっ…ひっく…」
「じゃあどうすんだ?いろは、言ってみろ」
どうもこうも、痛いのが嫌だから気持ち良くして欲しい、なんて言える筈がなかった。一度も求めたことが無いものを、初対面の男に求めさせるのは酷だろう。それを知って尚口にさせようとする石原は知らぬ顔でいろはの涙に頬を寄せ、耳に唇を付けると静かに口を開く。
「選べるのは痛てェのか、気持ちいいのか、それだけだ。俺はおまえをヤリ捨てたりしねェよ。ちゃんと最期まで可愛がってやる。…どうする、いろは。何も言わねェと痛い事しか出来ねェ」
「やっ!…ふ…ひ、く…い、たいの…や…です…」
「それじゃぁ分からねェよ。ちゃんと言ってみろ。」
追い詰められ、勇気を振り絞った言葉に首を振られ更に涙が流れるが、石原はどんなに頬が濡れてもいろはから離れることは無かった。落ち着いた、ゆっくりとした声で名前を呼ばれると、ひゅっと喉が鳴り震える唇をはくはくと動かす。
「き、…きもち、よくっ…、…して…くださっ…」
石原はたっぷり間を開けて深呼吸を数回すると、短く「いいぜ」と言っていろはの唇に口付けた。
「初めてか?」
石原の問いに今度は素直に頷くと、微笑みを濃くしてもう一度口付けられる。熱くて、柔らかくて、不思議な感覚だったが、顔にかかる息と煙草と男の匂いに怖くなってぎゅっと目を瞑った。自分を諦めるには短過ぎる時間しか与えられず、訳の分からないままに貞操を失おうとしているいろはの頭の中は、負の感情でいっぱいだった。
「ンな固くなるな。心配しなくてもゆっくりしてやるから、今は唇にだけ集中してろ」
震える唇に優しく触れると嗚咽と息継ぎに合わせて離れていき、また口付けられる。少し長い口付けになると鼻で上手く息が吸えず、手に力がこもると答えるようにぎゅっと握り返され唇がゆっくりと離れて行った。
「はぁっ…は、…ひっく…ふぅ…」
目を開けると無表情の石原の顔が近付いて来て、唇が触れる前に再び目を閉じる。熱が唇に届くとちゅ、ちゅ、と小さく音を鳴らして数回続けられ、左手が解放された。その手はいろはの髪の毛を撫で、離れた唇は額に押し付けられる。瞼や頬、鼻にも押し付けられると擽ったくて自由になった手で軽く石原の胸を押すと、熱は唇に戻ってきた。
唇で食むように啄まれ濡れた音が大きく聞こえて俯くと、その先で掬い上げるように強く押し付けられ正面に戻される。すると先程より少し強引な口付けに変化した。強く押し付けられると息ができず、苦しさに手に力が入ると唇を解放され思い切り息を吸い込む。そして間を開けずに塞がれると、どちらかの唾液で唇が濡れた。それを繰り返されると息が上がり、体が熱を持ち始める。
いろはの体から力が抜けていくのを感じ取った石原は口付けの合間にいろはの柔らかいそこに舌を這わせた。ぴくりと反応すると直ぐに辞め、唇を塞ぐと髪を撫で手を握る。また力が抜けていくのを感じ取ると同じ事を繰り返した。いろはの荒れた息はただの息継ぎから吐息が漏れ始めていた。
「んっ…はぁっ…ふ…ん…はぁ…はぁ…」
唇を離すと白い歯の間から覗く熟れた舌が美味しそうで石原はその隙間に太い舌を捩じ込んだ。急に割り込んできたものに驚いて閉じようとした拍子に歯を立てたが、噛むのが怖くて直ぐに開く。それでも触れた舌から逃げようと暴れながら石原の胸を押した。石原はその手を握ってまた顔の横に持ってくると親指で落ち着かせるように数回撫でる。未だ逃げ回る舌を捕まえるとちゅうっと吸って石原の口内へ誘い込んだ。
「んうぅっ…んっ…ん…」
強弱を付けて舌を愛撫するといろはから甘い吐息が漏れ、もう逃げる事はしなくなった。舌を擦り合わせ、舐めて吸ってを繰り返し、今度はいろはの口内を蹂躙する。歯列をなぞられ、上顎を舐められると、ムズムズする感覚に体の奥まで擽ったいような気がしていろはは体を捩った。
「いろは、気持ちいいか」
「はぁっ…わ、かりませ…は、…ふぅ…」
「なら分かるまでしてやる」
そしてまた唇を寄せられると流れる涙を無視して目を閉じた。いきなり舌を吸われ体を揺らすと手が離され、首の後ろに手を回し抱き締められる。それだけで口付けが先程より深くなったような気がして戸惑った。唇が熱くて火傷してしまいそうだった。段々と冷静になってきた頭の中で遠くない未来を思うと背筋がぶるりと震える。
「んっ…ふ…んぅっ…はぁっ…はあ、」
「こりゃあ時間がかかりそうだな」
言葉とは裏腹に、楽しげに呟かれた言葉を聞き流すと息を整える事に集中する。この男がストーカーなのか、はたまた本当に自分がタイムスリップしてしまったのか、何も分からないいろはを置いて進む時間に追い付くことを諦めると、呼吸が整うのを待っているのか髪を撫で続ける男と目を合わせた後、ゆっくりと目を閉じた。
「頭使うと疲れるだろ?全部諦めちまえよ。俺が拾ってやる」
全部捨てちまえ。笑いを含んだ呟きを耳に受け入れると、いろはの中からひとつの感情が音もなく消えていく気配がした。
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