短編
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愛してその醜を忘る
「あなた、これ...」
「あァ?...あー、返り血か」
袖口に滲んでいる赤を見つけていろはは眉を下げた。何もこれが初めてという訳では無い。戦後の荒れた世の中。復興がいくら進めど大きな亀裂はその横に更なる小さな亀裂を生み出して小さな命が荒んでいく。どうしようもない事だと分かっていながら痛む胸に息を吐いた。
「...怪我は?」
「俺にはねェよ」
「そうですか...」
石原の言葉に一先ず安堵して卓袱台でビールを呷る背に擦り寄った。マッチを擦る音がした後、深く息を吸い吐き出すと甘くて苦い匂いに不穏な心が溶けていく。頬から伝わる熱が心地よく、目を細めた。
「顔も知らねェガキが心配か?」
「いいえ。あなたを心配するのに忙しくて他の事に心を動かす余裕なんてありませんよ」
「どうだかな。お優しいいろはさんはどうも気が多い様で。旦那はさぞ気が休まらねェだろうよ」
「どっかの誰かさんこそ、たまに甘い匂いをさせて帰ってくるじゃありませんか。奥様がお可哀想に」
いろはが大して気にもせず何気なく放った言葉に石原は大きく反応して勢いよく振り返った。思わず背から離れ首を傾げるとギョッとした顔でいろはを見下ろすので吹き出すようにくすりと笑う。
「いいんですよ。旦那様を満足させられない私が悪いんですから。好きな所で遊んでらっしゃいな」
「お、おい!いろは、待てよ。俺がいつ遊んだってんだよ」
「あら。そんなに焦るなんて、本当に浮気してるんじゃありませんか?」
「、いろは。」
まだ長い煙草を揉み消して向き直るといろはの肩を掴んで目を合わせる。いつになく鋭い目に見つめられていろはの胸の奥が小さく音を立てほんのりと頬を染めた。態々こんな風に確かめなくとも自分が石原に愛されていることは日々の何気ない日常で充分分かっている。売り言葉に買い言葉で少し意地悪な気持ちになっただけだ。
「ふふ、冗談。冗談ですよ。大切にしてくれてる事、ちゃんと知ってますから」
「ったく。お前の冗談は昔っから分かりにくいんだよ。」
ぎゅっといろはの肩を抱き隣に腰を落ち着けると先程灰皿に置かれたまだ長い煙草に火を付け直す。まるでため息の様に吐き出された煙に再び笑いを零して甘えるように石原の首筋に擦り寄った。
「あの怖い石原先生がこんなに愛妻家だなんて知れたら生徒さん達、驚くんじゃ無いですか?」
「死んでも知ることはねェよ」
「愛妻家なのは否定しないんですね。嬉しい」
「.........」
黙り込んだ石原の顔を覗き込むとふい、と目を逸らされてしまい肩を揺らした。開け放っている戸から縁側に夕日が反射していろはは目を伏せる。その暖かさに穏やかな気持ちになり胡座をかく石原の太腿にそっと手を乗せた。
暫くそうしていると煙草を揉み消す音がしてその手をぎゅっと握られ顔を上げる。切れ長の目が細められたのを見ていろはも穏やかな表情をとろんと緩ませた。指が絡み合うのと同時に唇に落とされた温もりにまた胸の奥がきゅうっと音を立てる。
「多分、慰問団の女だろう」
「え?」
「案内をする事があったからな」
「あぁ。怒ってませんよ?甘い匂いがしたのは本当だけど。」
心当たりを教えてくれたのが嬉しかったのについ意地悪をしてしまいたくなる。夫婦は似るとはよく言ったものだ。石原もいろはの気持ちを表情から察した上で享受してくれるので自分だけに見せるその優しさに目尻が下がる。
「一丁前に嫉妬か?」
「匂いが移るほど長い時間近くに居たのでしょう?そりゃ焼きもちも焼きたくなります」
「......本当に、何もねェよ」
「信じてますよ。...でも、奥様にお優しい石原先生はたんと機嫌をとってくださるでしょ?」
「仕方ねェな...」
繋いでいた手を離していろはの頬に触れ、目の下を親指で撫でる。愛でるような触れ方にいろはは擽ったそうに身を捩り、石原の手に自分のそれを這わせて微笑んだ。腰を引き寄せられ少し強引に合わせられた唇に腰が疼き、思わず舌を差し出すと同じタイミングで迎えに来た熱に欲を絡めた。
「ん、ねぇ...」
「どうした」
「あなたの奥様も、旦那様一筋なんですよ?」
「......ンな事分かってんだよ。いいから黙って機嫌とられとけ」
石原は口の端に機嫌の良さを滲み出しながらいろはの額に口付けを落とした。ゆっくりと離れ、今度は瞼、鼻、頬と余す所なく口付けると擽たさにいろはが声を漏らす。ついに耳朶や首筋にまで辿り着くと先程とは違った声色に石原は意地悪く笑った。
「さァて。こんなもんか?」
「もう、まだ抱き締めてもらってませんっ」
「違う意味で抱いて欲しいんじゃねェか?」
「......それは、まだ明るいから...」
膝に座らせて腰を抱くと鼻同士をくっつけて目を合わせる。赤らんだ顔で目を逸らすいろははとても艶かしく、可愛いのでつい羞恥を煽ってしまう。小さく柔らかい唇に吸い付けばどちらともなく舌が絡まり合った。
「ふ、...ぁ...」
「今じゃなきゃ、抱いてやらねェ」
「んんっ...いじわる」
先の口付けで出来上がったものを押し付けていろはに擦り付ければ同じ様に熱くなっているであろうそこはひくりと反応を返した。逃がさぬ様に腰を掴んでまるで挿入しているかのようにいやらしく動けば更に甘い声がいろはから漏れ、石原は堪らず押し倒した。
「なぁ。どうする、いろは。今日は止めとくか?なぁ、」
「あっ...ん...」
「言わねェと分からねェ。まだ明るいからな、嫌なら無理強いはしねェよ。俺ァ優しい愛妻家だ...そうだろ?いろは」
尚も擦り付けられる下半身にいろはのそこはくじゅ、と濡れた音で石原を受け入れる準備を進めていた。服越しにも関わらずそこだけまるで触れ合っているかのように熱い。しかし果てるには足りない刺激に思わず腰をくねらせると熱が離れて行き変わりに深く口付けられる。舌を吸われるといろはの腰はまたぴくりと反応した。
「はぁ、...戸を...締めて...っ」
「あァ?何の話だ?俺はするかしないかを聞いてんだよ」
「やっ...こえ、聞こえちゃう」
「お前が我慢してりゃいいだろ...なァ、欲しいか。俺が」
ブラウスの中を滑って来た手に抗議するも、軽くいなされて胸をやんわりと揉まれる。いろはを知り尽くした絶妙な刺激についに白旗を上げ、夕日が見守る中、羞恥と引き換えに与えられる愛情を悲鳴を上げるように懇願した。
2018/02/27
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