短編
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へなちょこビーナス!
片思い
「いろはちゃん、」
初めのうちはそれでよかった。君が変わらぬ笑顔を俺に向けてくれる。それだけで練習の疲れなんて忘れたし、君がいれば毎日が楽しかった。
でも、どうやら俺は欲張りらしい。それだけじゃ物足りなくなってしまった
「あ、木村さん。お疲れ様です」
帰る支度をしていた彼女が手を止めて可愛らしい笑顔をくれる。その笑顔で疲れが吹き飛んだよ。なんてくさい台詞を吐くと顔を真っ赤にしたいろはちゃんが恥ずかしいからやめろと口を尖らす姿が鮮明に浮かんできたが、今の俺にそんな軽口をたたく余裕はない。
折角青木が強敵(鷹村さん)を排除してくれたこのチャンスを逃すわけにはいかない
「ちょっと時間いいかな」
少し不思議そうな顔をした後すぐに快く返事をして俺に近寄ってくる。動作の一つ一つがいちいち可愛くてその姿に見惚れていると「どうしたんですか?」なんて言いながら俺と目線を合わせるように背伸びをして顔をのぞき込む
本人はその気なんてないんだろうが俺が少し屈めば俺といろはちゃんの唇とがくっつくであろう位置まで近づいている…いや、実際はそんなことはないが、そんな気がする。
「ごめんごめん。いろはちゃんが可愛すぎて見惚れてた」
「またそんな恥ずかしい事を!」
何気なく遠ざけるように頭を撫でるとふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ほのかに赤らめた頬に目を細めて表情を伺っていると一転して悲しそうに目を伏せる
「いろはちゃん…?」
「…やめて下さい」
やっと聞こえる程度の声量で。しかししっかりとした拒絶の言葉を絞り出すように吐いた。何か傷つけるような事を言ってしまったのか。否、いつも通りだったはずだ。なら頭を撫でたのがよくなかったのか?色々な思考が駆け巡り、とりあえずいろはちゃんの頭から手をどけた
「いつもいつも……勘違い、しちゃうじゃないですか」
「え、」
少し首を傾けて顔をのぞき込むと切なそうな表情を隠すようにさらに深く俯く。…これは、まさか…チャンスかもしれない。この流れに乗っていけば無事に想いを告げられる気がする
「勘違いなんかじゃないさ」
「え…?」
一気に決めよう。しかし、だからといって彼女を困らせたくはない。もしふられたらあっさりと諦めて“優しい年上のお兄さん”のポジションに大人しくはまっておこう。緊張をかき消すように右手を力強く握る
「いろはちゃん、…聞いて欲しいことがあるんだ」
「…はい」
こんなに緊張したのはいつぶりだ?見つめあっているいろはちゃんの目が綺麗で少し息が詰まった
「俺、いろはちゃんが」
「あ、木村さん。いろはさんお疲れ様です」
何の遠慮もなしに開かれたドアから一歩がひょっこり顔を出してビデオを借りるだの言いながら俺たちの横をすり抜けていく。自分の顔に青筋がたつのがわかった。
「あの野郎…ッ」
明日はいびり倒してやる。いや、いびり殺してやる!この状態で告白を続行できるはずもなく沈黙に身を任せていると、何本かビデオを持った一歩が失礼しますの言葉を残し機嫌よくさっていった
「はぁ、…俺たちももう帰ろっか」
「…そうですね」
苦笑いを浮かべながらも俺の言葉に頷いてくれるのはいろはちゃんの優しさだろう。……いや待て
「送ってくよ」
「ありがとうございます」
まだこれがあるじゃないか。帰る途中でまたチャンスがやってくるかもしれない。タイミングさえ掴めばまだ勝機はあるはずだ
。いろはちゃんを軽くエスコートしながらジムを後にした。
「青木さん、どうしたんでしょうね。鷹村さんを引っ張って帰るなんて」
「キャバクラにでも行ったんじゃないかな、鷹村さんも機嫌よかったし」
全く良いダチを持ったもんだ。二人の時間と話の種を作ってくれるなんて。それはそれで一向に構わないんだが
「木村さんは行かなくて良かったんですか?」
「俺はいろはちゃん(本命)以外興味ないから」
それらしい匂いは漂わせてみるものの、なかなか話を持っていけない。非情にも彼女の家はどんどん近づいてくる。…今日は諦める、か
「あの、…木村さん?」
「ん、何?」
いろはちゃんの家の前まできたので気づかれないようにため息をつくと急に立ち止まりそわそわし始めたいろはちゃんに合わせて止まり、次の言葉を待った
「良かったら、お茶でも飲んでいきませんか…?」
「え…」
遠慮がちな上目づかいが可愛くて、俺は何度か目の息をのむ。
「あ、あのっ無理にとは言わないので!…嫌だったら」
「嫌じゃねェよ!」
俺の様子を見たいろはちゃんが勘違いする前に慌てて自己主張した。勢いに任せてしまったのでとっさにいろはちゃんの手を握ってしまったが…大丈夫、か?
「…よかった!じゃああがって下さい」
「あぁ、お邪魔するよ」
一気に笑顔になって、少し頬が赤らんでるのも可愛らしい。手を握った事も気にしてないようなので、俺も自然に手を離すことができた。いろはちゃんの笑顔につられて口元が緩むのも気にせず後に続いて中に入る
「すみません、急に誘っちゃって」
「いいや、いろはちゃんの誘いを断るなんて男じゃないよ」
軽い口調で本心を言いながらリビングへと足を踏み入れると、嫌みにならないほどの甘い香りが広がった。揃えられた家具や雑貨はシンプルなのにどこか可愛らしさを感じさせるデザインでいろはちゃんらしいなと一人微笑みをこぼす
「ふふ、適当に腰かけててください」
私は飲み物用意しますからそう言って上着と荷物を置いてからキッチンへと向かった
「何が良いですか?」
俺も上着を脱いでいろはちゃんの言うとおりソファーに腰かける。女の子の部屋は落ち着かない。いや、いろはちゃんの部屋だから余計変な意識をしてしまう
「なんでもありますよー。コーヒーと紅茶と、…ビールなんかも」
「え、」
ビールなんて言われると期待してしまう。
……こんなことを考えてるのは俺だけなんだろうけど。返答に困っているといろはちゃんがひょこっと顔を覗かせていて。
「いっちゃいますかー?」
いたずらな笑みを浮かべながら両手にビールの缶を持ってゆらゆらと揺らしている。その姿に抑えきれない笑いに顔を歪めながら、可愛いいろはちゃんを悪者にして頷いた
「缶のままで良いですか?」
「あぁ。ありがとう」
俺の隣に座ってビールを手渡すと自分の缶を開け乾杯の準備にと左手にビールを持って俺に向き直る
「木村さんも!」
「あぁ」
促すいろはちゃんに従ってビールを開けるとプシュっと音をだして俺を誘った
「かんぱーい!」
「乾杯。」
機嫌がいいのか、少し笑ってビールに口をつけるいろはちゃんを見た後、続くようにしてビールを傾ける
「お疲れ様です」
「いろはちゃんこそお疲れ様」
にっこりと微笑み合うといつも飲むビールが嘘みたいに旨くて、もう一度ゆっくりと口に流し込んだ
「……木村、さん…」
「ん?、…どうした?」
いろはちゃんの方を見やると、ビールの缶を両手で持ちながら膝の上に置いて水滴で遊んでいる姿が目に入った。なかなか切り出さない様子を見ると言い辛いのだろう。急かさずにいろはちゃんから切り出すのをゆっくりと待つ事にする
「…あの、…何か悩み事とか無いですか?」
「へ?」
「なんて言うか、その…恋愛、とか」
いろはちゃんの口から出た言葉にピクりと分かりやすく体が反応する。それと同時に理不尽大王の顔が頭を過った
「………」
「あっす、すみません!鷹村さんに聞いてしまって…」
……やっぱり!黙ったままの俺を見て慌て出したいろはちゃんを気遣う余裕もなく考えを巡らす。青木以外にはいろはちゃんに想いを寄せていることは言ってない。だが何かある度に俺のアピールポイントを奪っては嫌らしい笑いを向けてきていたので、本当に不覚ながら俺がいろはちゃんを好いている事は気付いているはずだ。と、言うことは
「……鷹村さん、いろはちゃんに言っちゃったんだ」
「あ、はい…聞いて、しまいました」
居心地が悪そうに目を伏せて小さくなるいろはちゃんに笑ながら開き直る。鷹村さんを許すわけではないが、どうせ伝えるつもりだったんだ。良い機会だし、この際言ってしまおう
「なーんかカッコ悪ィな、俺。」
「そんなこと無いです!」
「…今度は俺の口から聞いてくれる?」
「……はい」
ビールを置いてソファに体を預けるといろはちゃんもビールを置き、俺の顔を見て真剣に話を聞く体勢を作ってくれた。それだけなのに嬉しくて。上がろうとする頬に渇を入れ、深呼吸。
「最初は、可愛い後輩ができてラッキー。その程度だったんだ…」
だけど顔を合わせる度に元気になる自分がいて。笑顔とか、ちょっとした気遣いに柄にもなくドキドキして、いつの間にか俺だけを見て欲しい。って思うようになっててさ、だから、
「…だから…もしよければ、俺と付き合ってください」
「……………へ?」
いろはちゃんに向き直り、真剣な顔で見つめると赤い顔をしたいろはちゃんが驚いた表情で固まっていた。そんな顔ですら愛しくて赤く染まった頬にそっと指を這わせる
「まさか鷹村さんに言われてるなんて」
「ち、違います!わたしは木村さんが失恋したって聞いて…っ!」
「…………何ィ!?」
いろはちゃんの頬に手を当てたまま今度は俺が固まる番。目線をあちらこちらに動かしながられーコさんの名前を出すいろはちゃんと食い違っていた思考に笑いが込み上げてきた。俺がれーコさんに失恋したのは随分前の事で。
「ぷ、」
「?」
「それ、結構前の話だよ」
鷹村さんが面白がって人の不幸をいろはちゃんに聞かせたのか。クスクス笑ながら勢いで頬に置いた手を離そうとしたが、いろはちゃんの手によってそれは叶わなかった。
小さな手で俺の手を掴んで胸の前でぎゅっと力を込めて握って、その柔らかい感触にクラクラする頭を必死に正気へと戻す……変態か、俺は
「…じゃあ、いんですね?」
「ん?」
「先送りにしなくても、いんですね」
赤い頬を更に染め、心なしか潤んだ瞳で俺を見つめる。体全部が心臓になったかと思うほど大きな音で緊張を伝える鼓動に息苦しさを感じた
「きっと私は、木村さんよりずっと前から好きでしたよ」
「っ…」
俺の手を握るてが微かに震えている。いや、俺が震えてんのか
ホントカッコ悪ィ。だけどもう我慢できそうにないし、いろはちゃんが可愛いせいだ
「だ、抱き締めてもいい?」
「…駄目って言ったら抱き締めてくれないんですか?」
真っ赤な顔で悪戯な笑みを浮かべるいろはちゃんを引き寄せて腕の中に閉じ込める。見た目より大分小さくて、想っていたよりずっと好きだった事に初めて気付いた
いろはちゃんから香る甘い匂いに紛れ込みたくて、少し強く抱くと詰まったように息を吐きながらそれに応えてくれる
「好きだ」
「、私も」
その後ずっと俺が満足するまで抱き締め合っていた
「……あの、木村さん?」
「ん?」
「日付変わっちゃったみたいなんですけど…」
「え!」
「……泊まり、ますか…?」
「!?」
その後、何事もなく健全な一夜を共に過ごした訳だが、俺は断じてヘタレじゃない!
2011.4/23
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