短編
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繋ぎ止める手
「先生、だめ?」
「駄目だ」
「卒業するまで?」
「あぁ」
「どうしても?」
「どうしても」
私と相澤先生は、所謂秘密の関係と言うやつだ。先程から同じやり取りを繰り返し、分かっていた返答にがくりと項垂れる。偶にとは言え、無理矢理二人の時間をとって貰っているのだから十分特別扱いと言えるだろう。でも、それでも不安になってしまう。だってただでさえ私と相澤先生の間には見えない壁が何層も連なっている。
「あと一年も待てないよー…」
「二年待てたんだ。あと一年くらい直ぐだろ」
「…その内一年は私の片思いだったし。……」
これじゃああの時と何も変わらないよ…
相澤先生の言う事は最もだという事くらい分かっている。もし何かあれば、お互いに傷が付く。優しい先生の事だからきっと沢山考えて私の為にそうしてくれている。だけどあと少し、ほんのちょっと先に進みたいと思うのはそんなにいけない事だろうか。
不満を口にするのは違うと分かっていてももやもやは引っ込んでくれず、ならばせめてと口の中だけで呟いたつもりだったのに相澤先生に聞こえてしまったのか困った顔で頭を撫でられた。
「…ごめんなさい…分かってるの。分かってるのに…」
髪を滑る熱が、他のどの生徒より長い事を知っている。学校でばったり会った時に、私だけに向ける優しい目でわざわざ視線を合わせてくれている事も知っている。
沢山見つかる"私だけ"を思い出す度に我儘を言ってしまった事が情けなくなって目頭が熱くなる。こんなんじゃ、好きって言ってもらった事すら取り消されてしまう。
「……俺も、一年後が待ち遠しいよ」
「っ、…がんばる……!」
相澤先生の優しく響く声に、遂に涙が零れてしまって慌てて拭った。一年は長いんだから、今から泣いてなんていられない。
「でも少しくらい、ご褒美をやってもいいかもな」
「?…、せ…んせ…っ」
急に手を引かれて視界が黒に染まると、相澤先生の匂いに包まれて胸が強く痛んだ。先生の腕の中は広くて暖かくて、私を甘く依存させる。
「すき…好きです、…先生…」
「あぁ……俺もだよ」
「すき?」
「……好き」
初めて抱き締めてもらってこれ以上ないくらい嬉しいのに、欲しがりな私は無理矢理先生の口から言葉を引き出して大きな背中に手を回した。時折擦り寄って温もりを堪能していると、一度強く抱き締められてから手が離れたので私も背中から手を解く。
代わりに爪先立ちになって肩に垂れる髪の毛にキスをして、相澤先生を見上げた。驚いている顔をしているけど、構わず笑って一歩距離を取る。
「ありがとう、先生。充電完りょっ……」
唇を噛み締めた先生の顔が近付いてきて、腕を引かれ顎を持ち上げられる。そのスピードに唖然としていると、唇に先生の鼻息がかかって目を見開いた。しかし重なりそうになったそれはため息と共に離れて行き、代わりにおでこ同士がくっつけられる。
「………危ねぇ」
そう言って離れたが、少し迷った様子でもう一度唇が近付いてきたので慌てて目を瞑ると瞼に濡れた音が落ちてきた。目を開けると既に相澤先生は距離を取っていて、気まずそうに後ろ首をかいている。
「悪い。自分で言っておきながら…情けないな」
いつも冷静だと思っていた先生の気持ちが垣間見えて泣いてしまいそうになりながら首を振ると直ぐに温もりが恋しくなって体が震えた。
「…せんせっ…もう一回、ぎゅってしたい…」
駄目と言われると分かっていても言わずには居られなかった。私も同じ気持ちだと、知られていても言葉にしたかった。それなのに聞こえた先生の優しい声に、弾かれたように体が動く。
「……おいで」
しっかりと抱き留めてくれ、更に間を詰めるように擦り寄ると相澤先生も強く抱き締め返してくれる。頭の中が好きでいっぱいになって、涙になって溢れ出ていくのを止めることが出来なかった。
慰める様に頭を撫でてくれ、無理矢理何とか涙を引っ込めると温もりを覚えておこうと思い、また先生の胸に頬擦りをする。
「…次のご褒美はいつですか」
「三ツ一が頑張った時だな。……俺も頑張るよ」
相澤先生の言葉に力強く頷いて、先生の背中で服をくしゃくしゃにするとクスリと笑われ背中をぽんぽんと叩かれる。直ぐに離せと言う事だと分かったけど、我儘な私は言う事が聞けなかった。それでも先生は突き放す事も怒ることもせずに、時間が許す限りずっと私を抱き締め続けてくれた。そういう優しさ、本当に狡い。
「…つぎのご褒美は唇に欲しいな」
「………卒業したらな」
「二年生を?」
「…三年生を。」
…………やっぱり一年は長過ぎるよ。
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