エス光

竜との戦いに、今度こそ片をつけた。邪竜に無茶をさせられた体はまだ痛みはするが、動けない程でもないし、じっとし続けるのも性にあわん。そうして病室のベッドを抜け出して俺はここにいる。

「あ?テメェ、何でここにいんだよ」

背後から聞こえてきたのは、耳に馴染んだ相棒の声。

「体は充分に癒えた。もう部屋に篭もるまでもないだろ」

近付いてくる軽い足音に呼ばれるように振り返り、顔を下に向ければ彼女もまた俺を見上げていた。

「それを決めんのは医者だろうが……」

呆れたような千草色の瞳が、やれやれと伏せられる。そうして再度開かれた目が、俺の手に移る。

「あ」

そこに握られている花束に、にんまりと相棒の口が弓なりに曲げられた。何を想像しているのか知らんが、お前が思うようなものではないんだがな。

「もしかして女にか?」

「……そうだ」

そこに関しては、間違ってはいない。
素直に肯定してみれば、随分と楽しそうに目が細められた。

「へ〜〜〜〜」

「アイツに手向ける」

その言葉だけで伝わったのだろう、揶揄うような表情はすんなりと消え、「そっか」と零し、穏やかなものに変わる。
不意に視線を俺より上に向けた相棒に、釣られるように視線で追い掛けた。

「イゼルにも見せてやりてぇな。竜との和平を迎えた、前よりもっと澄んだ青空を」

耳に届く相棒の柔らかな声と、視界いっぱいに広がる、青天。
空はこんなにも広く、澄んでいただろうかと。否、今までも澄んでいたのだ。俺がそれを見なかっただけで、空は変わらず。平等に。

「あたしも贈りにいくけどよ」

その言葉に俺は視線を落とし、花に角を寄せる相棒を見る。

「今はすぐには行けねぇから、ちょっとだけアンタの想いに乗せさせてくれ」

「……相棒、お前の鱗の色……黒じゃないんだな」

「は!?!?今更か!?今まで何見てたんだテメェ!!!!」

穏やかだった草原のような色の瞳がギロリと釣り上がる。キィキィと不満をあげる相棒の声はひとつも不快ではなく、どこか楽しく感じている自分がいる。
復讐に生きてきた俺は、やっと人並みの色を見れるようになったのかと、どこまでもどこまでも節穴過ぎた己自身に、思わず声を出して笑ってしまった。



前にアイメリクが英雄殿の鱗は夜空のようだと言っていたことを聞いたことがある。
まるで邪竜のようなそれを、どこが。とその時の俺は舌を打った記憶があるが、今思えば間違いではないのだと、やっと俺も理解をした。

2023-08-19
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