このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

エス光

一目見て気付いた。あぁ、悪い夢を見たんだな、と。
そもそも、この男がこんな時間に尋ねてくる理由なんて、彼女にはそれしか思い当たらない。
ふら、と現れてはそこに立ち尽くしている男に、部屋に入るよう進めれば、男……エスティニアンは長い足を踏み出して床をぎしりと鳴らした。

「おっかねぇ顔が、更に怖くなってんぞ」

けらけらと笑いながらそう言えば、大きな手が額を軽く叩く。それを出来る余裕は、まだあるようだ。
当然のように隣に座ったエスティニアンだが、両手で数えるまで繰り返したともなれば流石に慣れる。彼女には止めることも拒絶することも無い。
黒い竜に復讐心を燃やしているこの男は、時折悪夢にうなされては、こうして夜に訪れて来るようになった。
確かイシュガルドで子守唄を教えてもらい、野営の時に何となく歌ってみた頃くらいからか、と当時を思い出していた小柄な英雄は、頭上から降り注ぐ視線に意識を戻し、男に隣に座るようソファを叩いて招く。

「……」

「よしよし」

求められているものは理解している。どうもこの子守唄は、エスティニアンにも馴染みがある歌のようで、悪夢を見た日によく顔を出しに来る。少し前はもっと遅い時間の訪問で、よく寝ているのを邪魔されていたのだが、最近はそれも少なくなってきた。

(ま、起こしてまで必要とされんのは、悪い気しねぇけどよ)

何せ吟遊詩人はうたってなんぼ。このうたで誰かが救われるのならば、奏でないなんて選択は無い。
それはそれとして文句は言っていたのだが。

(あたしの鱗を、復讐相手の竜と同等に見たヤツ相手でも、助けを求めているのなら)

とはいえ、その件に関しては割と直ぐに別物と認識してはもらえたし、そういう目で見たくなる理由も、理解はした。
なんやかんやで今や相棒と呼び、信頼までしてくれるまでになったのだ、詫びはまだ無いが水に流してやってもいいと思えるくらい、親しくなったのだから。
さて、と英雄はコホンと喉を慣らす。
ひとつ、ふたつ。「あー」と声を発し、奏でる準備を少し。

―――

肩にずしりと重さが乗った状態で、英雄は普段の声より高く歌を奏でている。
静かに、穏やかに、歌う彼女の肩に頭を乗せて眠る蒼の竜騎士。竜を睨む……普段は兜に隠れていて見えないのだが、切れ長の瞳は今は閉じられているのだろう。
横目でエスティニアンを見遣れば、長い前髪で顔はよく見えないが、穏やかな寝息が角に届く。そうして英雄は、静かに歌を止めた。

「……どうすっかな」

前回はこのエスティニアンの頭を、どうにか起こさないようにソファに任せたりもしたが、今日はどうしてか「このままでいいか」と思えた。
この、穏やかに眠る男に、肩を貸してもいいと。

「……ぅ」

「お?わ、わっ!」

小さく零れた声。もしかして起きたのかと、つい顔を覗き込もうとしてしまい、その結果エスティニアンの頭の重心が崩れズルズルと下に下にと落ちていく。行き着く先は、程よく柔らかな太ももの上。歌を奏でていた、彼女の膝の上に。

「う、おっ」

思わずあげそうになった声を、手で覆い止めた。せっかく寝かしつけたのに、起こしてしまう訳にはいかない。
まあ、こうして下に落ちた衝撃でも起きなかったのだが。
蒼の竜騎士の相棒は、鼻から息を長く吐き、「どうすっかな」と手のひらに言葉をぶつけながら、ソファの背もたれに頭を軽く埋めた。
9/9ページ
スキ