エス光
有名な元・蒼の竜騎士と共にいると、ふと思うことがある。
この男と並んで歩く女として、自分は不相応なのではないかと。
無骨でガサツでデリケートが無い男とは言え、彼女の見上げた先にいるエスティニアンという男には、もっと背の高く綺麗で豊満で傷のない柔らかな肌を持っていて、優しくて穏やかな人が似合うのではないか、と。
そもそもそれ以前に、エスティニアンと英雄である彼女は相棒という関係であり、そんなことを意識するような間柄ではないのだが。
そんな二人が今こうして共にいるのは、どこからとも無くやってきたエスティニアンに「飯に行くぞ」と声を掛られ、彼女が二つ返事で着いてきたからだ。
そうして並んで歩く身長差は、彼の種族からすれば親子ともよべるくらいの差で、それがまた彼女の思考を悪い方へと助長させる。
何だかいたたまれなくなってしまい、気持ちの重さに同調するように視線を下げれば、エスティニアンは足を止めて顔を覗き込んできた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「いや……具合は悪くねぇ、んだけど……こんな日にあたしと一緒でいいのかよ、って」
重い視線を持ち上げた彼女が辺りを見回せば、季節のイベントを満喫し、身を寄せ合う男女の姿がちらほらと。
この男に一方的に好意を抱いている彼女は、つい周りの雰囲気に変に敏感になってしまう。エスティニアンはこんな空気の中、自分といる事で変に居心地悪くなってないだろうか……などと考えてしまうほどには。
ガサツやら何やら、そういった事を気にするタイプでないと指していたにも関わらず、過ぎる思考にどよりと胸の内を暗くしつつ再度視線を落とせば、頭上から鼻で笑う音が聞こえた。
「何を考えて浮かない顔をしてるのかと思ったら、そんな事か」
「……はぁ?」
発せらた言葉に、そんな事とは何だと噛み付くために口を開く。すると、そうはさせんとばかりに槍術に長けた大きな手が、低い位置にある英雄の髪を掻き混ぜた。
配慮なんてされずにボサボサにされた髪に、またも怒りを募らせて男を睨み上げれば、存外優しく細められていた穏やかな目と視線が交わる。
「うおっ」
思わず体を跳ねさせてしまった彼女は、何でもなさそうに角の付け根を掻いて視線を逸らした。
しかし頭の上に置かれたエスティニアンの手には、当然それが伝わっている。ぽんぽんと優しく小さく宥めてくれた彼の手が、乱した髪を少しだけ整えて離れていった。
向けられた視線と撫でられたことが恥ずかしくて、嬉しくて、角の中で心音がバクバクと鳴り響く。
「俺は今、相棒と居たいと思ったからここにいる。それが……そうだな、『そういう日』だから、だ」
それだけ告げて「行くぞ」、と再び足を踏み出した男の歩幅は、先程と変わらず小さな彼女に合わせて小さいまま。
「…………あ?」
ぱちりぱちりと瞬きを繰り返し、脳内でエスティニアンの言葉を繰り返して理解した彼女は、白い肌を周りを彩る赤いハートの風船のように赤く染め、前を歩く男の名を呼び駆け寄る。
立ち止まらないエスティニアンの顔が見えなくとも、首の後ろを掻く腕の向こう側にある尖った耳が、うすらと色付いている様子に、さっきまで胸を閉めていた雨雲のような心境は露と消えた。
「なぁ!さっきの、ちゃんと分かるように言えよ!」
「言わん、察しろ」
今度はこちらから顔を覗き込んでやろうと、小さな英雄は精一杯背伸びをしてみるが、逸らされた顔はちっとも見えやしない。
それでも悔しくなんて微塵もなく、細くしなる彼女の尾先が、嬉しさにぴるっと揺れる。
「……あたしは、あんたの隣にいていいんだな」
「何を今更、俺の隣に並び立てるのは、他でもないお前だけだ」
2023-02-14