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エス光

季節は進み、暑さを通り過ぎて冷えた空気が肌を滑る秋となる。
夜は特に冷え込み、穏やかな眠りに誘う寝具も、潜り込んで間もなくはひやりと冷えていて体温を奪っていく。
英雄と呼ばれる彼女も、その冷たさに震える1人で、ベッドの片隅で身を縮めて目を閉じていた。
早く眠ってしまえば良いものの、今夜はどうもそうはいかないらしく、もぞりと布団の膨らみが動くのを、エスティニアンは扉の前で小さく笑いながら見つめている。
早々に眠るために、食事は外で済ませてしまったし、宿に着いたら最優先で寝る準備をしたものだから部屋もろくに温まっていない。
石床をごつごつと鳴らしながらエスティニアンはベッドへと歩み寄り、布団に篭もり始めた暖を極力逃がさないように靴を脱いで身を滑り込ませた。

「よう相棒、人間湯たんぽは必要か?」

そう問いかければ少しだけその身が揺れ、彼女はちらりと顔をこちらに向ける。
やや不機嫌そうな彼女の翠の瞳がエスティニアンを捉え、また壁の方へと向き直ってしまった。

「いらねぇ…」

ぶっきらぼうに返ってきた答えを聞いていないのか、はたまた聞いていた上で聞き流しているのか……間違いなく後者なのだろう。男の槍を振るう長く逞しい腕が、背を向けている彼女の腰に腕を回す。

「ぎゃ!おいっ!テメェ人の話聞いてたのかよ!」

「聞いていたが、だからといって従うとは言ってない」

一瞬暴れて見せたが、その際に広がった布団の隙間から入り込む冷たい空気に彼女は動きを止め、小さな暴れん坊が大人しくなったことで、エスティニアンはその体を引き寄せた。
すると、肌に触れるひやりとした黒い鱗がエスティニアンの体温をやんわりと奪っていく。

「やめろって…鱗、つめてぇから」

その言葉に、エスティニアンは僅かに目を開いた。が、すぐに細めてまるで己の握る槍のような細さの恋人の腕を掴み、肌に混じる黒い鱗を撫でる。
触れれば確かに冷たくは感じるが、それでも無機物のような冷たさは感じられない。

「まぁ、確かに冷たいな」

そう思ったことを素直に口にすれば、「だから言ったじゃねぇバカ」と、予想通りの幼稚な悪態が零れる。
心做しか落ち込んだような声色にエスティニアンは気付き、空気に触れ続けている彼女の角に口を寄せてリップ音をひとつ立てた。
短い悲鳴が腕の中から聞こえ、いつまで経っても慣れん奴だと苦笑を零す。
それでも暴れず大人しく受け入れているあたりは、多少は進歩しているのだろうけれども。

「冷たいが、だからどうした。そんなもの拒絶する理由にならんな」

「………」

さも当然のように言い放つエスティニアンに、てし、と彼女の細い尾が足を軽く叩く。
それに、この小さな相棒の体温は己より低いと理解しているし、鱗が冷たいことなんてずっと前から触れて知っているのだ。彼からしたら、何を今更…と言ったところだろう。
ずっと繰り返し撫でていた彼女の鱗にエスティニアンの熱が移り、混じり、そうして同じになる。

「共寝を断る理由がこれなら、俺は一生お前の拒絶を受け入れることは無いぞ」

なぁ相棒。と角の傍で囁けば、振り返り見つめて来た不機嫌だった瞳はどこかへ消え、恥ずかしそうに揺れていた。
その瞳を受け止めたエスティニアンは口の片側を上げ、また同じ言葉を繰り返すために開く。

「人間湯たんぽは必要か?」

「………い、る」

か細く、それでもエスティニアンの耳にはしっかりと言葉が届き、さぁこれで遠慮はいらないな。と言わんばかりに腕に力を込めて更に体を密着させた。
小さな体をより小さく丸めている相棒を、大きな体で包み込むようにエスティニアンも身を丸めれば、安堵の息が中心から零れる。

「…あったけぇ…」

寒さに強ばっていた体から、だらりと力が抜け重さが増したように感じつつ、ベッドの上の1つのような2つの塊は目を閉じた。

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