エス光
「なぁ、今日って恋人の日なんだろ?…何するんだ?」
突然リンクシェルで呼び出された俺は、至極真剣な顔で尋ねてきた濃紺色の鱗を持つ、英雄と呼ばれる小さな彼女にそう尋ねられた。
女でありながらもどうにも男勝りが過ぎ、恋だ何だよりも戦闘が好きだと思われても仕方ないような彼女。
しかし、そんな勝気な英雄も蓋を開けてみれば存外女性らしい所もあり、何と恋人もいるときたものだ。
そしてその恋人と呼べる人と睦まじく一日を過ごしたいと健気にも思いはしたものの…いざ恋人らしく過ごすとなれば、どう過ごすのか分からないらしくこうして俺に聞きに来て、今に至る。
「何で俺なんだ」
「テメェは昔、そこらかしこの女に愛を詩って巻き散らかしてたじゃねぇか」
ここでそれを掘り返してこないで欲しい。かつて愛の詩人としてやっていたあの時は必要性があってやっていた事で…。しかし、あの頃とは違い、こうして彼女が頼ってきてくれているのは嬉しく思う。その当時は「薄っぺらく嘘みてぇな愛だ恋だ振り撒きやがって」と嫌われていたからな…。
いや、そうじゃなくてだ。
「別に、それを聞くのは俺でなくても良いだろう?他にも適任者は居るはずだ」
折角頼ってくれたのであれば、喜んで答えてあげたい気持ちはある。ある、のだが如何せん、この目の前の彼女の斜め後ろから、彼女の恋人たる竜騎士の視線が俺に向けられて刺さる刺さる。
元・蒼の竜騎士、エスティニアン。それがこの英雄の恋人だ。
そことここが恋仲になるのは想像できなかったが、現にこうしてそれとなったのだ。
正直な話、どこの馬の骨ともわからんやつと想い合うとかにならなくて、勝手にこの目が離せない英雄の兄貴分として接していた身としては良かったと思う。
それはそれとして俺はこの現状から脱出したい。
「なんなら、本人にでも聞いてやるといい」
仲間内で揉め事は起こしたくない。いやこれで流血沙汰になるとは無いとは思うが、存外あの竜騎士は彼女に熱を上げているものだから、状況によっては絶対に無いとは言いきれない、と俺は思っている。
だからそうなる前にと回避しておきたい。そう思って英雄の矛先をあちらへと向けたいのだ俺は。
「だ、ってよ……本人に聞くのは、なんか、恥ずいだろ……」
彼女の照れ顔は珍しい、頬を染めてしおらしくしている様は、普段の男勝りのなりを潜めて相応の女性らしさを一気にさらけ出して来る。こうしているのを見ると、何も知らない輩が言い寄って来たりするのもわからなくも無い。
これはヤバい。
何がヤバいか?件のエスティニアンと俺の身が、だ!!
「待て待て、話せばわかる、誤解だ誤解!!」
誤解ってなんだ!?口にしてから俺は自分自身にツッコミを入れる。誤解も何もやましい事は何一つしていない、だがしかし赤いオーラを纏ったエスティニアンがご自慢の魔槍を握ってこっちに来ている!本当に何も無い!拗らせてくるな!!
あぁもうめんどくせぇな!!
「ヤキモチ妬くな、そういうのじゃないから!こいつの悩みはお前が聞いてやれ、そしてお前は恥ずかしがらずに相談しろ、俺からは以上!」
竜に蹴られて死にたくは無いので、俺はここから退散!