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サン光

「よし、と。こんなものかな」

所属するグランドカンパニーで面倒を見ている小隊達へと渡す資料をかき集め、私は体をぐいと伸ばして執筆にて固まってしまった体を解す。
何となしに石の家で書き始めたら筆が乗ってしまい、止めどころを失ってしまったもので、ここに泊まらせてもらうことにしたのだけれども…まさかこんな時間になるとは思わなかった。時計を見れば既に深夜の3時を過ぎている。
机の上に置かれているタタルが用意してくれた紅茶は、すっかりと冷めてしまっていて、申し訳なさと共に最後まで一気に飲み干す。冷めても美味しい。

(眠くは無いけれども、横にはなっておくか)

しんと静まり帰っている空間に、今日の泊まり込みは私だけなのか…と資料を纏めて立ち上がる。
すると夜遅くにも関わらず、扉の開く音がした。
こんな時間に誰だ?と視線を向ければ、驚いた表情のままで静止しているサンクレッドがそこに。
軽く情報収集の為にと帝国へと赴く彼を見送ったのは、確か4日ほど前。
ソイルは余分に渡してはいたが、足りなくて戻ってきたのか、はたまたしっかりと情報を得てきたのか。どちらにせよサンクレッドに「入りなよ」と私は声をかける。

「いや…俺は」

少しバツが悪そうな、言葉もどこか濁しながら吐き出す彼は少し悩んだ様子を見せたあと、重く足を踏み入れた。
どうしたのだろう。まさか情報収集が上手くいかなかったのだろうか。
必要最低限の明かりだけで照らされていた部屋では、その表情は伺えず、こちらからも歩み寄って距離を詰めれば、サンクレッドの足が止まる。

「…もしかして怪我でも?」

なら癒すから見せてほしいと手を伸ばせば、半歩後ろに下がられた。何故。

「いや、俺は大した怪我はしていない」

けれど、汚れているから。と低く声が零れた。
確かに見れば白い外套には赤やら黒やら所々汚れが見える。
大した怪我は、という事は戦闘が起きた際の返り血なのだろうが…私自身も戦場に身を置いているのだ、同じ様な状況になりはするから、気にする程の事でもないのに。…と思いはするが、彼はどうも私をそういう物から離そうというきらいがある。
――正確には、諜報活動をしてきた後のサンクレッドから、なのだが。
確かに彼とは歳は離れてはいるが、私だって子供ではない。敵国へと情報収集の為に赴くとなれば、単に話を聞いて回る事もあれば、あれやそれやと手を下して無理矢理吐き出させる事もあるのだろうというのは理解している。
そんな役目を任せてしまっているのに、彼に汚れてしまっていると思わせている事に、胸が締め付けられた。

「サンクレッド」

少し俯いているサンクレッドの名を呼べば、微かに指先が跳ねるのが見えた。
そんな彼に苦笑を零し、もう一度名前を呼べば視線が交わる。
逃がさないようにとその目を捕らえたまま、手を伸ばして指先を掬えば、息の詰まる音。
どうせ引いても力の差は歴然としていてビクともしないのは分かってる。なので、手を広げてこちらからその胸へと体を寄せた。
鼻腔を擽るのは火薬の匂いと、血の匂い。嗅ぎ慣れた匂い。
こうされてしまえば振りほどけないとわかっているうえで、私は広い背中に手を伸ばして抱き寄せる。

「それを理由に、離れられるのは、悲しくて泣いてしまうよ」

言い聞かせるように、染み込ませるように語りかければ、恐る恐ると彼の手も私の腰へと回された。

「……それは、困るな」

固く伸ばされていた背は丸められ、首元に鼻を寄せられて甘えるように擦り寄られれば擽ったくて思わず笑いが零れてしまった。
汚れているなんて気にしていないのだと、思っていないのだと体で伝えてしまえば、強ばっていたサンクレッドの雰囲気も柔らかく溶ける。
広い背をあやす様に軽く2度叩けば、少しだけ身を離して顔を寄せてくれる。恐る恐ると伸ばされていた腕が今度こそ力強く引き寄せてくれた事に、私は安堵の息を吐いた。
触れ合った額と鼻先。甘やかな雰囲気が満ちた頃、漸く私はこの言葉を口にする。

「おかえり、サンクレッド」

「――ただいま」

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