サン光
違和感を感じたのは昼食を終えた後だった。最初は彼に限ってそんなまさか…と思いもしたが、彼だって丈夫とは言え人なのだ、絶対にそうではないとは言えない。故にどうにも気の所為で済ます事が出来なく、武器の手入れにと立ち上がったサンクレッドの袖をツイと引いてその足を止めさせた。
「ん?どうかしたのか?」
控えめに引かれたにも関わらず、彼はしっかりと足を止めてその目を緩く曲げて微笑んで見てきてくれる。
甘やかなその視線が優しさを含んでいるものだから、素直な尾がゆらりと揺れてしまうが、今はそうでは無いと意識して止めた。
「具合、悪い?」
とりあえず、そう聞いてみる。一人様々な地に赴く彼は体調管理に関しては気を使っているであろうけれども。
サンクレッドはぱちり、ぱちりと二度目を瞬かせ、眉を寄せた。
「いや、そんなはずは…」
ハッキリと否定しない辺り、彼も何かしら違和感を感じたのだろう。僅かに首を傾げる様子を見ながら、私はサンクレッドの額へと手を伸ばす。
避けもせず止めもせず、寧ろそれを迎え入れるように僅かに背を丸めてくれた彼の額に触れると、熱い、と感じた。
これは恐らく風邪だ。
「熱が出てる。今すぐベッドに直行」
またひとつ、ぱちりと目を瞬かせたサンクレッドは苦笑を零しながらも素直に従い、私に手を引かれるまま歩いてくれた。
こうして手を引いて歩けば、触れた箇所はいつもより熱いし、耳に届く足音も僅かに重さを響かせている。
そうして辿り着いた彼の自室の扉を開き、引いていた手でサンクレッドをベッドへと導く。
ぼすりと軋むベッドに配慮せずに腰を落とした彼の上着を受け取り、私はいつもの棚に入っているラフなシャツを取り出して渡した。
「いざ風邪だと認識すると、一気に体が怠くなるな…情けない」
自分の体調管理もままならないなんて、と彼は苦笑を零すものだから、感情に任せて耳を立てて、着替えを終えたサンクレッドの額に人差し指を押し付けた。
そうしてそのまま指に軽く力を込めて押してやれば、逞しい体は存外簡単にころりとベッドへと身を沈める。
「情けないなんてことは無い、誰だって風邪は引くのだから」
まぁ私も己の体の弱さに情けなく感じた事も数え切れないくらいあるのだから、サンクレッドの気持ちはよくわかる。
が、こればかりはどうしようも無い。いくら気をつけていても、体調を崩す時はあるのだから。
そう一人で思考を完結させ、目の前の愛しい彼の頬に手を添え親指で撫でれば、その手に甘えるように擦り寄ってきた。
「ふふ、可愛い」
私が思わず口からそう零せば、とろりと熱により溶けて細まる瞳のまま「愛でてくれ」と、掌に唇を押し付けてきた。
あぁこれはとんだ破壊力のある甘え方だ。この色男ときたら。
「………寝付くまで、そこに居てくれないか」
風邪は人を心細くさせる。とはよく言うが、彼もまた例外ではなかったようだ。少しばかり言い淀んだ後に不安の色を乗せた声色がそう伝えてくる。
一人にされるのが嫌で誰かの気配や温もりが欲しくなるという事を私も幾度も感じ、家族にその寂しさを拭われていたのを思い出した。
こうして人の温もりを求める愛しい彼を、少しだけ子供のようだと。口にしてしまえばもしかしたら拗ねてしまうかもしれない事を脳裏に留めつつ、伸ばされた手にそっと触れて繋ぎ、布団の上にゆるやかに落とす。
「甘えん坊さん」
「…うつしたら、ごめんな」
そう言いながらも繋ぐ手は離されるどころか、指で私の手の甲を撫でる。スリ、スリ、と繰り返してくるものだから、窘めるように少しだけ握り返している手に力を込めれば布団の中の住人が小さく笑った。
「寝る努力をしなさい」
「…寝たら、いなくなるんだろ?」
寝付くまでそこにいてほしいと言ったのは貴方なのに!なんと言うことを言うのだろう。
やれやれと困った年上の彼の髪を撫で、それを繰り返していれば熱に浮かされたアーモンドアイが数回瞬きをして、ゆっくりと瞼で隠された。
―――――
「ん…」
あれからどれほど時間が経っただろう。
セレネに頼んで持ってきて貰った本が終盤に差し掛かった頃、寝かし付けたサンクレッドの声が小さく零れ、眠りに落ちた時のようにゆるやかに瞬きを繰り返しているのが見えた。
汗ばんだ前髪を掻き上げ、その反対の手を持ち上げようとして、その手に私の手が握られている事に気付き、驚いたような表情が向けられる。
「おはよう。具合どう?」
そう尋ねれば、繋がれたままの手を確認するように強弱を付けて握られ、弱々しく腕を引かれた。
逆らうこと無く導かれ身を寄せれば、二人分の体重を受け止めるベッドがキシリと悲鳴を上げる。
何か食べれそうなら作ってくると伝えようと視線を合わせれば、どこか面映ゆそうなサンクレッドの瞳が私を射抜く。
「ずっと、いてくれたのか」
「甘えん坊さんにお願いされたからね」
それは断れないと笑えば、嬉しそうに笑い返してくれるものだから、繋がれっぱなしで疲れた腕も報われるというものだ。
体勢を落ち着けるために座り直せば、先程まで読んでいた本が床へと落ちてしまい、私が拾い直すより先にセレネが小さく細い腕にも関わらず拾い上げてくるりと回る。
「ありがとう、セレネ」
愛らしい妖精にお礼を言えば、光の軌道を描きつつ本を棚に戻してくれる。
そうしてまた軽やかにこちらへと飛んできた彼女は、微笑みながら私の頬を小さな指で突いて消えていった。
「…随分と時間を貰って、悪かったな」
他にもやる事があっただろうに。と整った眉を下げるサンクレッドに、頭を振って気にしないで欲しいと意思表示をする。
本当に、気にしてないのだ。寧ろ普段は中々お目にかかれない寝顔を、これ以上ないほど堪能できたのだから役得だったと言えばいいのだろうか。
それに……
「一人が寂しいのは、よくわかるから…。私でよけれは、いくらでも頼ってもいいし、甘えてくれてもいい。その特権を持っていると自負できるくらい、貴方に愛されている自覚はあるつもりだけれども?」
なんて、口にしていて恥ずかしさを感じつつも言い放てば、サンクレッドはそれはもう私以外には絶対に見せないような溶けた顔で微笑んだ。
「あぁ全くその通りだ、俺の可愛いキトゥン」
そう甘く囁きながら顔を寄せてくるものだから、私はそっとその口に手を添えて阻止をする。
「治ってから」
「………やれやれ、風邪なんて引くもんじゃないな」
「ん?どうかしたのか?」
控えめに引かれたにも関わらず、彼はしっかりと足を止めてその目を緩く曲げて微笑んで見てきてくれる。
甘やかなその視線が優しさを含んでいるものだから、素直な尾がゆらりと揺れてしまうが、今はそうでは無いと意識して止めた。
「具合、悪い?」
とりあえず、そう聞いてみる。一人様々な地に赴く彼は体調管理に関しては気を使っているであろうけれども。
サンクレッドはぱちり、ぱちりと二度目を瞬かせ、眉を寄せた。
「いや、そんなはずは…」
ハッキリと否定しない辺り、彼も何かしら違和感を感じたのだろう。僅かに首を傾げる様子を見ながら、私はサンクレッドの額へと手を伸ばす。
避けもせず止めもせず、寧ろそれを迎え入れるように僅かに背を丸めてくれた彼の額に触れると、熱い、と感じた。
これは恐らく風邪だ。
「熱が出てる。今すぐベッドに直行」
またひとつ、ぱちりと目を瞬かせたサンクレッドは苦笑を零しながらも素直に従い、私に手を引かれるまま歩いてくれた。
こうして手を引いて歩けば、触れた箇所はいつもより熱いし、耳に届く足音も僅かに重さを響かせている。
そうして辿り着いた彼の自室の扉を開き、引いていた手でサンクレッドをベッドへと導く。
ぼすりと軋むベッドに配慮せずに腰を落とした彼の上着を受け取り、私はいつもの棚に入っているラフなシャツを取り出して渡した。
「いざ風邪だと認識すると、一気に体が怠くなるな…情けない」
自分の体調管理もままならないなんて、と彼は苦笑を零すものだから、感情に任せて耳を立てて、着替えを終えたサンクレッドの額に人差し指を押し付けた。
そうしてそのまま指に軽く力を込めて押してやれば、逞しい体は存外簡単にころりとベッドへと身を沈める。
「情けないなんてことは無い、誰だって風邪は引くのだから」
まぁ私も己の体の弱さに情けなく感じた事も数え切れないくらいあるのだから、サンクレッドの気持ちはよくわかる。
が、こればかりはどうしようも無い。いくら気をつけていても、体調を崩す時はあるのだから。
そう一人で思考を完結させ、目の前の愛しい彼の頬に手を添え親指で撫でれば、その手に甘えるように擦り寄ってきた。
「ふふ、可愛い」
私が思わず口からそう零せば、とろりと熱により溶けて細まる瞳のまま「愛でてくれ」と、掌に唇を押し付けてきた。
あぁこれはとんだ破壊力のある甘え方だ。この色男ときたら。
「………寝付くまで、そこに居てくれないか」
風邪は人を心細くさせる。とはよく言うが、彼もまた例外ではなかったようだ。少しばかり言い淀んだ後に不安の色を乗せた声色がそう伝えてくる。
一人にされるのが嫌で誰かの気配や温もりが欲しくなるという事を私も幾度も感じ、家族にその寂しさを拭われていたのを思い出した。
こうして人の温もりを求める愛しい彼を、少しだけ子供のようだと。口にしてしまえばもしかしたら拗ねてしまうかもしれない事を脳裏に留めつつ、伸ばされた手にそっと触れて繋ぎ、布団の上にゆるやかに落とす。
「甘えん坊さん」
「…うつしたら、ごめんな」
そう言いながらも繋ぐ手は離されるどころか、指で私の手の甲を撫でる。スリ、スリ、と繰り返してくるものだから、窘めるように少しだけ握り返している手に力を込めれば布団の中の住人が小さく笑った。
「寝る努力をしなさい」
「…寝たら、いなくなるんだろ?」
寝付くまでそこにいてほしいと言ったのは貴方なのに!なんと言うことを言うのだろう。
やれやれと困った年上の彼の髪を撫で、それを繰り返していれば熱に浮かされたアーモンドアイが数回瞬きをして、ゆっくりと瞼で隠された。
―――――
「ん…」
あれからどれほど時間が経っただろう。
セレネに頼んで持ってきて貰った本が終盤に差し掛かった頃、寝かし付けたサンクレッドの声が小さく零れ、眠りに落ちた時のようにゆるやかに瞬きを繰り返しているのが見えた。
汗ばんだ前髪を掻き上げ、その反対の手を持ち上げようとして、その手に私の手が握られている事に気付き、驚いたような表情が向けられる。
「おはよう。具合どう?」
そう尋ねれば、繋がれたままの手を確認するように強弱を付けて握られ、弱々しく腕を引かれた。
逆らうこと無く導かれ身を寄せれば、二人分の体重を受け止めるベッドがキシリと悲鳴を上げる。
何か食べれそうなら作ってくると伝えようと視線を合わせれば、どこか面映ゆそうなサンクレッドの瞳が私を射抜く。
「ずっと、いてくれたのか」
「甘えん坊さんにお願いされたからね」
それは断れないと笑えば、嬉しそうに笑い返してくれるものだから、繋がれっぱなしで疲れた腕も報われるというものだ。
体勢を落ち着けるために座り直せば、先程まで読んでいた本が床へと落ちてしまい、私が拾い直すより先にセレネが小さく細い腕にも関わらず拾い上げてくるりと回る。
「ありがとう、セレネ」
愛らしい妖精にお礼を言えば、光の軌道を描きつつ本を棚に戻してくれる。
そうしてまた軽やかにこちらへと飛んできた彼女は、微笑みながら私の頬を小さな指で突いて消えていった。
「…随分と時間を貰って、悪かったな」
他にもやる事があっただろうに。と整った眉を下げるサンクレッドに、頭を振って気にしないで欲しいと意思表示をする。
本当に、気にしてないのだ。寧ろ普段は中々お目にかかれない寝顔を、これ以上ないほど堪能できたのだから役得だったと言えばいいのだろうか。
それに……
「一人が寂しいのは、よくわかるから…。私でよけれは、いくらでも頼ってもいいし、甘えてくれてもいい。その特権を持っていると自負できるくらい、貴方に愛されている自覚はあるつもりだけれども?」
なんて、口にしていて恥ずかしさを感じつつも言い放てば、サンクレッドはそれはもう私以外には絶対に見せないような溶けた顔で微笑んだ。
「あぁ全くその通りだ、俺の可愛いキトゥン」
そう甘く囁きながら顔を寄せてくるものだから、私はそっとその口に手を添えて阻止をする。
「治ってから」
「………やれやれ、風邪なんて引くもんじゃないな」