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サン光


「また喧嘩したの、ウォータースくん」

目の前にはむすりとした顔に怪我をこさえた、三年生の生徒が一人。
度々喧嘩をしては、こうして保健室をよく訪れて手当を受けている。もはや常連と言ってもいいだろう。

「今日は何が理由で喧嘩をしてきたの」

彼専用と言っても申し分ない頻度で使われている救急箱を開き、消毒液やら絆創膏やらを取り出せば、言われずとも目の前にある椅子に座って治療される準備をしてくれる。こちらも随分と慣れたものだ。

ウォータースくんは、自分から無闇に喧嘩を吹っ掛けるような意味の無い喧嘩をしない。少なくとも『今』は。
一年の頃は今よりも血気盛んで、よく騒ぎの噂を聞いていたりしたものだが、今ではそんな話も彼が保健室に来た後に聞くくらいにまで落ち着いた。
いや、ここにこうして訪れたり、そういう話がまだ届く辺り、落ち着いたと言えないのだろうけれども。
そんな彼がこうして保健室に未だ通いに来る理由は、どうやら他のクラスのいじめっ子と殴り合いをしているのだと、別な日に訪れた生徒から聞いた。
正義感を持ち、いじめを止めようとする事は素晴らしいことだと思う。但しそこに暴力が加わってしまうとそれはまた別な問題が起きてしまう事もある。例えば相手からも恨みを買ってしまい喧嘩を売られるという堂々巡りになりかねない。寧ろもうなっている可能性だってある。
不思議とウォータースくんの喧嘩相手が保健室を利用する事が無く、真相は定かではない。

「別に、気に食わない奴に絡まれたから相手しただけだ」

ふん、と鼻を鳴らすその顔の傷に、消毒液を含ませた綿球を当てれば、少しだけ眉を寄せて「いてっ」と小さく痛みを訴える声が零れた。
そんなウォータースくんに、私は思わず苦笑を零す。

「痛いと思うのなら、怪我をするような事をしなければいいのに」

何度も繰り返されたやり取りではあるが、いつも通りに私は同じ言葉を投げかける。
そして返ってくる言葉は「あっちが悪い」やら「次はこうはいかない」とか、やんちゃな彼らしい返答が返ってくるのだが、今日は違った。

「…怪我すれば、せんせに会う口実になるだろ」

しりすぼみの言葉は、けれどもしっかりと耳に届く。届いてしまった。
私は一瞬息を飲み、不覚にも止まってしまった手と呼吸を再び動かし消毒を続ける。

「こら、そんな理由で喧嘩して怪我をしたらダメだよ…君達が怪我をするのは、私は悲しいからね」

全く、何を言い出すのかと思えば…正義感云々で喧嘩してる訳では無かったということ…?
生徒に好かれることは嬉しいけれども、会うために怪我をされてしまうのは困る。
未来ある少年が口実を作るためにと、もし取り返しのつかない大怪我をしてしまったら、そう考えて私は頭を降った。

「……」

消毒を終えて、擦り傷に絆創膏を貼ってやれば、引き結んでいた彼の口が開かれる。
真っ直ぐに向けられた視線は、今までに見た事無いくらい真剣だった。

「…だって、あと少しで卒業なんだ」

「え…?」

向けられるヘーゼル色の視線が、ふるりと揺れた。
あぁ、随分と熱い物をぶつけられている。

「先生にこうして会えるのが、あと少しなんだ…なあ先生、俺」

私はそっと彼の口に指を置く。
察した。察してしまった。彼が向けている好意は、私の思っていたものとは違ったと、気付く。
その気持ちは、私は受け取ってはいけないやつなのだ。

「ウォータースくん、次の授業の時間になるよ」

時計の針は、あと五分で授業の始まる時間。汚いとは思うが、逃げ道として使わせてもらおう。
ウォータースくんは卒業はちゃんとしたいらしく、授業は真面目に受けてはいる。故に、教室に戻らないという選択は無いはずだ。
安堵の息を吐いた私は微笑んで、彼の手当を終える為に、救急箱の蓋を閉じた。
数回開閉を繰り返した彼の口は、再び強く引き結ばれ―――

「………卒業したら、覚えとけよ先生」

「………………え?」

その返しは想定外なんだけれども?
ウォータースくん?待って、いや授業だから待たなくていいんだけれどもその言葉の意味?

「とんでもない子に、好かれているのかもしれない……」



卒業まで後三ヶ月。
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