緑の風ー3
後宮査定の最終日。珠翠と一緒に黎深への次の報告に頭を悩ませていた。
「こんなに使えないのが多いとは…」
珠翠は眉間に皺を寄せて眦が釣り上がっていく。
[#da=2#]は指を伸ばして眉間の皺を揉んで、そんな顔しないの、と微笑む。
「こうやって並べてみると、圧倒的に後見人は貴族派が多いのね。知っていたつもりだけどここまでとは」
少し冷静に[#da=2#]は分析する。
「花嫁修行的に入ってきている人も多いから、その分使えないのが増えるわけね。ボウフラみたいにちょっかいかけるのもいるから勘違いしちゃうのよ」
たしかに、珠翠が言うことは当たっている。
でもこの後見人の一覧に、何か引っかかるものも感じる。
「最近入ってきた人は、茶州が多いのよね。櫂瑜州牧や鄭尚書令、茶家当主が後見で」
「あぁ、それは秀麗が茶州州牧だったときに、鄭尚書令に貴妃時代のことを話したみたいよ。短い期間でも将来の茶州の発展のために女官として学ぶのはいいだろう、と」
「まぁ、秀麗様が」
と珠翠は感心する。
後見人の名前からして、なんら文句なくしっかり働いている人たちだ。
茶州学舎の件もそうだが、人を育てるという考えを、自分が離れてからもしっかりと引き継いでいる秀麗はまさに”官吏”だろう。
鳳珠や黎深様の役に立てればそれでいい、というわたくしとは違う…
「じゃ、報告お願いね」と言う珠翠の声で意識を戻し、吏部届けた。
その日の晩に
「明日、塩の件の決着をつけると悠舜から話があった」
邸に帰って食事をした後、お茶を淹れてたら鳳珠に告げられた。
「そう、ですか」
(宰相会議で同じ日に話が出た、ということは、今日、黎深様に届けたものも明日、とかしらね)
お茶を一口飲んで、ほっと息を吐く。
視線を感じて顔を上げると、鳳珠がじっと見つめていた。
顔に熱が集まってきて、徐々に視線を落としてしまう。
ふっと笑った声が聞こえて、「おいで」と呼ばれたので隣に行くと膝の上に抱きかかえららた。
「[#da=2#]、あけていい、というまで少し目を閉じていろ」
何かしらと思ったが、言われた通りに目を閉じてじっと待つ。
耳元でシャランという音と共に頭に何か刺さり、口づけを落とされて「いいぞ」と言われて目を開ける。
首を傾げるとまたシャランと音がしたので、そっと頭に手を当てたら、大ぶりの簪があった。
音は石がついている玉簾だろう。
大きく目を開いて驚く[#da=2#]に「よく似合う」と満足そうに鳳珠は伝えてもう一度口付ける。
この話のきっかけの街歩きの時に思いついて、かなり急いで作らせた。
喜んでくれるといいが。
「見せて、いただいてもよろしいですか?」
引き抜いて、もう一度目を見張る。
透彫の桃色金の鳳凰が主張しすぎないように羽を丸めて筒状に模してあり、その下には結婚した時に贈られた指輪と同じ桃色の
「素敵…」
うっとりと微笑んだ[#da=2#]に、鳳珠は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます…大切に、使わせていただきますね」
もう一度頭に刺して、ぎゅつと抱きつくと、耳元でまたシャラリと音がした。
「それは…仕事の時につけてほしい。今回…中身は知らないが、定期的に朝のうちに吏部に行っていたようだから、黎深の仕事も手伝っていただろう?いろいろ頑張ったご褒美だ。」
すっと流し目で顔を撫でられ、熱があつまる。
「ただ…いささか、[#da=2#]に対する私の独占欲が表れすぎたかもしれないが」
鳳珠が思いもよらなかったことを言ったので、驚いて顔を上げる。
「お仕事の時につけても…よろしいのですか?」
「あぁ。嫌でなければ、そうしてくれると嬉しい」
「嬉しい、です…また一つ、いつも鳳珠が一緒にいてくださっていると思えるもので…」
以前から思っていたことだが、黎深が贈るヘンテコ仮面をつけているところはともかく、鳳珠はとてもセンスがいい。
自分のために、鳳珠の名前の意匠を考えてくれて、自分の名前の素材を使ってくれたことも嬉しかった。
「ありがとうございます…」
想いをたっぷり込めて[#da=2#]は鳳珠の頬に口付けて、もう一度ギュッと抱きついた。
朝一番で各部署に冗官査定、もとい吏部査定と後宮査定の一覧が回る。
後宮で珠翠と共に確認し、顔を見合わせて頷いた。
「やっぱり、似たような物だったわね」
そう、全部署・全官吏の査定で処分対象になった上流貴族には、後宮査定で外した女官の後見も多かったのだ。
外した女官で処分になっていない官吏もいたが。
珠翠は続けて言った。
「意図的にしたわけではないけれど、操作したと思われないといいわね」
「問題ないでしょう、貴族派が多かったけれど、元はと言えば言い出したのもそちらみたいだし」
[#da=2#]は絶対に大丈夫だと思っていたがさっと戸部を確認し、それから秀麗の名前を探した。
「よかった、秀麗は残れたみたいね。後で吏部に行った時に確認するわ。機嫌でわかると思うから」
立ち上がった際に、シャランと揺れる簪に珠翠は目をやった。
「素敵な簪ね、あなたによく似合うわ…本当に愛されているのね、羨ましいこと」
ほんの少し遠くを見つめた珠翠の視線に胸がちりっと痛んだが、何も言わずに微笑んでおいた。