緑の風ー3
目当ての人は休みだと言うのにまだ仕事をしていた。
「悠舜」
声をかけて室に入る。
「悠舜、何をこんな時間まで仕事している。少し休まないとダメだ、凜も心配しているだろう?」
「鳳珠、あなたこそですよ。新婚なんですし[#da=2#]が心配するでしょう」
ふわふわと羽扇を動かしながら、悠舜が柔らかく答える。
「戸部兼務にしてくれたおかげで、仕事だが一緒にいることができているので問題ない。時間も遅いので手短に。これを」
懐から先程の紙を出す。
拡げた悠舜は目を見張る。
「これ、そろそろ頼もうと思っていたものなんですが、どうして?」
昼前に街で秀麗に会った話から出仕して資料をまとめたと伝える。
「それにしても、よくできていると思わないか?大きく上げないでじわじわと…自然な変動のようで、俯瞰してみると右肩上がり。誰が、なんのために、というところまで気になる工作だな」
悠舜は鳳珠をじっと見つめる。
「これは預かっておいていいですか?」
「あぁ、悠舜に渡そうと思って持ってきたものだから、返却不要だ」
「ありがとうございます。もう少し調べてみますが…」
鳳珠は悠舜に近寄り、仮面を外して声量をぐっと落として言う。
「いや、悠舜は忙しいのだから、それは”全て”戸部で引き受けよう。あと2つだな。幸い、尚書令が手を回してくれた侍郎付きの優秀な助手がいるのでな」
「これもその方の筆ですね…無茶はさせないように、くれぐれも気をつけてあげてくださいね」
「当たり前だ。私が守る」
「そろそろ暗くなるから帰りましょうか」
悠舜が空気を変えるように立ち上がる。
「今日はあまり歩いていないので、戸部まで歩いてから一緒に出ましょう。鳳珠、”護衛を”お願いします」
いつぞやの会話を再現して、二人はゆっくりと戸部へ向かう。
「お帰りなさい。鄭尚書令、こんばんは」
「柚梨、[#da=2#]は?」
黙って目線で示すと、資料を積んで書き物をしていた。
「[#da=2#]」
鳳珠と悠舜は覗き込んでハッとする。
(これは…)
「柚梨、何か話したか?」
「いいえ、何も。鳳珠が出たあと、[#da=2#]ちゃんしばらく何か考えていたみたいですけど、徐にまた資料室に行ってそれを引っ張り出してきて作業始めたんです。中身を見て流石にびっくりしましたよ」
ようやく周りの会話に気がついて[#da=2#]は顔を上げる。
「あ…お帰りなさい。悠舜様もいらしたんですね、集中しすぎて気付かなくてごめんなさい」
フニャっと笑った顔は、先程までの真剣な表情と全く別人のようだった。
「今日はもう帰ろう。続きは明日だ、片付けろ。柚梨、公休日に悪いがその…邸に寄ってもらえないだろうか?」
「構いませんよ。邸に手紙を託すのでちょっとだけ待ってください」
さらさらっと仕事で黄邸によることを書いて懐に入れるて戸締りを始める。
俥寄せで悠舜の俥を先に来させる。
乗る寸前に鳳珠の耳元で
「先程の凜に調べてもらっていることがあるのでわかったら報告しますよ」
と言って、俥に乗り込んだ。