緑の風ー3
「えっ?秀くんが?」
「邵可様のお屋敷は侍女や家人を置いていないので、家のことは全て秀麗とたった一人の家族同然の家人…茈静蘭殿でやっているんです。帳簿管理も調理も秀麗が。そこで気がついたと。」
ちょうど饅頭がなくなる頃に話が終わるように調整して[#da=2#]は一度言葉を切って、お茶を足す。
柚梨はもう一度赤い皿ー白砂入りの塩をつまんで舐めて、茶をすすった。
「目の細かいザルで選別してなんとか出していると言っていました。生活に直結しますね。ちなみに、真ん中の青はその店で一番高いお塩、黄色いお皿は黄家で一番高いお塩を厨所から分けていただいてきました。それで出るのが遅くなってしまったんです、ごめんなさい」
と鳳珠の方を向いて頭を下げる。
「値段の確認もしたのですが、特に変わっていないとおっしゃってました…おそらく、宮城や貴族の邸、高級店などで使うような品には手をつけず、庶民が使うもののみ砂が混ざっているのでしょうね」
鳳珠と柚梨が目を見張って顔を合わせる。
(店で一番高いものを買っていたのは比べるつもりだと思っていたが、そこまで気がついていたとは)
宮城の厨所でもらって確認してもいいかと思っていたが、確かに邸でもらったほうが違和感はない。
ここのところの[#da=2#]に見せつけられる能力の高さには驚くことばかりだ。
「さて、仕事をしよう。[#da=2#]は資料室で過去2年の塩の価格と質に関する資料を出せ。柚梨はそれまで冗官査定の件で少し話がある。」
と指示が出て、三人は立ち上がった。
資料室から尚書室へ年代順に分けて資料を持ち出す。
見ると、まだ二人は難しい顔をしながら書簡を見ながら話をしていたので、必要な部分に分類別の色に分けた栞を入れて準備をし、紙を広げて上半分に記入するための表を作る。
鳳珠は目の端で[#da=2#]が黙々と作業をして筆を取り始めたのを見て、贋金作りの時のようにまとめるのだろうと察し、そのまま柚梨と話を続けていた。
戸部官顔負けの仕事を涼しい顔をして行う姿に、嬉しさと複雑な気持ちが同居する。
本当は邸に閉じ込めて自分のことだけ見てほしい気持ちと、自身が根っからの仕事人間なせいか、才を発揮してほしいと思う気持ちと。
大きな問題が起こるほど[#da=2#]に助けられていることを感じながら、今の中途半端な立場をどうしてやればいいかという別な悩みが大きくなり始めた。
結局、なんだかんだで[#da=2#]一人で数字の整理を全てしてしまって、紙を糊で繋げていく。
上段には数字、下段には推移を棒で表したもの。
ゆるく、凸凹しながら全体的にはここ半年でじわじわと右肩上がりになっている。
糊が乾くのを待ちながら、これの表す意味について考える。
(急激な変動は気付かれるし危険も高い、となるとだいぶ前から仕込まれていた…?)
気がつけば、だいぶ陽も傾いてきている。
少し休憩しようかとたちががりお茶を淹れて、鳳珠と柚梨に声を掛ける。
「資料、仕上がりましたので、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
机に紙を広げ、先程の推論を伝える。
「急激に価格を上げず、ここまで細かい工作をしているということは、一商人ができることではないと思います。それから…ここで儲けたお金を誰が、何に使うかが気になりますね」
「[#da=2#]…それ以上言うな。」
鳳珠はいつになく低い声で止めて、一つため息をつく。
(贋金は隠れ蓑だったか。全く…)
難しい顔をして思考に耽る。
「これは、鳳珠に任せましょう」
柚梨もいつになく真剣に[#da=2#]に言った。
「そうですね、お手伝いできるのはここまでですね」
なんとなく先が読めて、[#da=2#]もそう答える。
「悪いが、同じものをもう一枚写しておいてくれ」
すぐに[#da=2#]は作業に入る。
写すだけなのでそんなにかからず、元の紙を鳳珠に渡し、乾かす間に資料を片付けた。
「柚梨、悪いがもう少しここにいられるか?」
「大丈夫ですよ」
「戻るまで待っていてくれ。悠舜がいなかったらすぐ戻るが、いたら長くなるかもしれない」
ひらりと紙をとり丸めて懐に入れ、鳳珠は戸部を出て行った。