緑の風−2
戸部に戻ってそのまま尚書室に入る。
突然飛び出していった鳳珠が顔色がよくない[#da=2#]の肩を大切そうに抱えて戻ってきた様子に、柚梨は心配そうに控えめに声を掛ける。
「鳳珠・・・」
「柚梨、しばらく誰も入れるな。今日は時間になったら帰っていい。」
と告げて、[#da=2#]を中に入れ扉を閉め、さっと仮面を外した。
「ほう・・」
[#da=2#]が振り返って声をかけるようとするところを、そのまま後ろから鳳珠に力強く抱きしめられた。
痛いほどの力に、どれだけ心配していくれていたかが伝わる。
そして、どれだけ自分が助けを鳳珠に求めていたか、どれだけ晏樹に触られることが嫌だったかを。
何も言わずに強く抱きしめる鳳珠の心配と不安と怒りと自分への思いが胸に入り込んできて、先ほどまで恐怖と嫌悪で無意識のうちに固めていた心が動き出し、小さく震えながらポロポロと[#da=2#]は泣き出した。
しばらくの間、二人は動かなかった。
(顔を見てくださらない…うまくかわすこともできず嫌われてしまったかしら…)
別の不安が新たな涙を生む。
そろそろ泣き止むかと思っていたところにまた泣き出したのに気がついた鳳珠は[#da=2#]の頭をゆっくりポンポンと2回叩いた。
そして腕を解き、[#da=2#]を自分の方に向けると、愛おしそうに顔を見て両手で頬を包んで口付けた。
唇に、瞼に、額に、鳳珠の口付けが落とされて、コツンと額をくっつけられる。
「ほう・・・じゅっ、鳳珠…」
またも涙をいっぱいに浮かべた[#da=2#]が胸に飛び込んでくる。
ギュッと胸元の衣を握り、離れないとばかりにピッタリとくっつきながら涙を流す様子に、鳳珠の心にもようやく桃華が戻って来たという安堵感が広がる。
すっと抱き上げて歩き、椅子に座ってそのまま膝の上に[#da=2#]をのせて、ゆっくりと頭を撫でて落ち着くまで抱きしめていた。
すっかり暗くなった頃、[#da=2#]は泣き止んだが、ずっと鳳珠にくっついていた。
ぽんぽんと頭を叩いて「帰ろう」と口にする。
膝からおろすと、「お仕事・・・」と言いかけてくる[#da=2#]を遮って、「明日やればいい、今日は帰ろう」ともう一度。
「ごめんなさい・・・」力無く俯いてしまった[#da=2#]の手をギュッと取り、室を出る。
邸に戻ると、そのまま鳳珠の室に行って、着替えを手伝う。
言葉少なく様子のおかしい奥方を、心配そうに家人は見つめる。
「[#da=2#]の着替えを頼む。あと、軽めでいいので食事を私の部屋に」
鳳珠は手短に指示を出して、着替えに行かせる。
程なく戻って来た[#da=2#]と軽めの食事をとる。
想像した通り、自ら箸をとることはしない[#da=2#]だったが、鳳珠が好きそうなものを取り分けて渡すと少しだけ口にした。
湯浴みは先に[#da=2#]を行かせた。
その間に、少しだけ仕事をする。だが、極端に口数少なく黙っている[#da=2#]が何を考えているか気になって、筆が進んでいないことに気がついた鳳珠は、仕事をしまい廊下に出て庭院を眺めた。
[#da=2#]が絡まれていた時のことを思い出すと嫉妬以上に怒りが湧いてくるが、時間の経過とともに、それ以上にうまく[#da=2#]を守れなかったことに対する自分への怒りの方が大きくなっている。
怒りと悔しさと情けなさに苛まれて胸が苦しくなる。あおい顔をして震えていた[#da=2#]。いつだって、自分の隣で笑顔でいて欲しいのに。
程なくして、パタパタと小さい足音がして、[#da=2#]が戻って来た。
目元が赤くなっているから、きっと浴室で一人で泣いたのだろう。
「冷えるから入りなさい」と鳳珠の室に入れて侍女にお茶の用意をさせる。
「すぐ戻るから」と言い残して、湯浴みに向かう。
浴場の前には桃華付きの侍女がいた。
「ご様子がおかしかったので、今日は湯浴みのお手伝いをさせていただいたのですが・・」
「泣いていたか」
一人で泣いたのかと思ったが、侍女がついていてくれたことに少し安堵する。
同時に、人前でそんなに泣く方ではないので、心の制御がきいていないことが不安に感じる。
「はい。お館様と、それから私たちにもご迷惑をおかけして申し訳ない、と」
「他には?」
「それだけです。私はお世話させていただくのは嬉しいことなのでお気になさらないように、と言うことと、お館様も同じように思っていらっしゃるはずですとお答えしました。」
「そうか・・・ありがとう。悪いが私が戻るまで室にいてやってくれ。気持ちが弱っているから、無理に話さない方が今日はいいだろう」
「かしこまりました」
聞こえないぐらいの小さなため息をついて、浴室に入った。