緑の風−2
「何をしている」
「その女から手を離せ」
怒気を含んだ二つの声。
晏樹の腕がない方を見れば、心の中で助けを求めた人。
「おやおや…お姫様とせっかくお話をしていたのに、無粋な」
壁に当てて遮っていた左腕が下され、目をやれば、声の通り、紅い衣が目に入った。
だが、まだ首筋に当てられた指先はそのままだ。
「手を離せ!」
先ほどより強い口調で鳳珠が言う。
クスクスと笑いながら
「この娘はきちんと礼が取れるのに、君たちはしてくれないんだね。僕の方が官位が高いのだから、ね。鄭尚書令も君臣の礼を明らかにするように、と言ってただろう?」
悠舜が引き合いに出されたので、仕方なく二人は略礼をとった。
「はい、ありがとう」
晏樹の指先が桃華の首から離れる。
こわばっていた身体に溜めていた息を気づかれないようにそっと吐き出した。
「それで、何をしていた?」
黎深が目で鳳珠を牽制しながら口に出す。
「可愛いお姫様にね・・・僕のところにもお手伝いに来てもらえないかなと思って頼んでいたんだよ。最近、どこぞの後宮女官を吏部や戸部で勝手に使っているみたいだからね」
「勝手に、ではない。尚書令からの依頼で、内侍省と戸部の兼務になっているからな。」
黎深は手に持っている書簡を掲げる。
「そう・・・それは残念」
晏樹はつまらなさそうに2、3歩歩いて振り返って告げる。
「そうそう、気が向いたらいつでも手伝いに来てくれていいからね。その時は…そうだね、桃の精に桃を食べさせてもらおうかな…」
くるりと向きを変えると颯爽と去って行った。
「あの野郎・・・」
黎深は扇を握りしめていたが姿が見えなくなってから、壁に叩きつけた。
いつもの藍楸瑛の軽口や他の官吏に桃華が口説かれた時に感じる嫉妬心以上に黒い炎を感じていた鳳珠は、二人きりになった時に自分が何をしてしまうかわからない恐ろしさをじっと堪えていたが、目を向けると[#da=2#]が青い顔をして唇が白くなるほど噛み締めて、小さく震えているのが目に入った。
ゆっくりと一度深呼吸をし、何も言わずにそっと肩を抱くと手の先から[#da=2#]の震えが伝わって、どす黒い炎は小さくなったが、怒りの炎が燃え上がった。
「あいつ・・・許さん・・・」
黎深が扇をさらに握りしめると。パキッと扇面が割れる音が響いた。
本心から怒っているだろうが、恐らく自分の分も怒りを込めて扇を力いっぱい握りしめている黎深を見て少し冷静になる。
「黎深すまない、連れて戻る」
「待て鳳珠、これを」
先ほど持っていた書簡を黎深は渡す。
「[#da=2#]の辞令だ。悠舜から話を回して、吏部尚書として正式に出した。景侍郎付きにしてある。」
「ありがとう」
「後は、頼んだ・・・くれぐれも・・・」
皆まで言わせず黙って頷き受け取って、そのまま歩き出す。