緑の風−1
[#da=2#]はお茶をいれなおした。
このやり取りで盛大に疲れている鳳珠に気分転換をさせるために。
話を元に戻すために。
黎深がいる時点で多少脱線するとは思っていたがここまでの事態になるとは想定していなかったのでこちらも疲労感満載である。
「悠舜様、凛、申し訳ございません。お仕事のお話からすっかり逸れてしまって・・・よろしければお菓子もどうぞ」
お茶を足しながらそっと謝る。
「悠舜、[#da=2#]の菓子ははうまいぞ」
黎深が我が事のように自慢げに教える。
[#da=2#]がうまく話を戻すきっかけをくれたことを理解した悠舜は
「やはり新貨幣はできるだけ早く動かないといけませんね。」
「であれば、意匠はやはり碧幽谷しかいませんね。なんとしても見つけないと」
明日、主上と話をしようと悠舜は凜と段取りを相談してから、鳳珠と予算組みについて話す。
黎深は菓子を食べながら優雅に見ている。
「[#da=2#]、この菓子はとても美味しいな」
「お気に召したなら良かったですわ。今度、凜用に工部にもっていきますわね」
黎深に聞こえないようにこっそり伝える。
「[#da=2#]、ここへ」
黎深によばれ、隣に座る。
「よく気がついたな」
小声でもう一度褒める。
「あの書面は間違いなく黄家から出たものだ。数日前に私のところにも同じような情報が入っていたから、内容については把握していただけだ」
「ではやはり・・・」
「最も、[#da=2#]が何に悩んでいるかまではわからなかったが。部屋に入ってきたときに普段より眉間に皺が寄っていたから、何かあると思っただけだ」
「黎深様・・・あり」
ペシっと扇で肩を叩かれる。
「黎深様、ではない」
「え?」
訳がわからない、という顔の[#da=2#]をもう一度ペシっと叩く。
「・・・さっきの話をもう忘れたのか?」
こてん、と首をかしげるとデレっと相好を崩した黎深と目が合う。
「おじさん、だ!!」
「エェッ?」
(あれ、本気だったんだ・・・)
黎深の声に話していた3人も一斉にこちらを見る。
悠舜は冷静に諭す。
「[#da=2#]、ここであなたが呼ばないと黎深の機嫌が悪くなります」
(そ、それは困る・・・)
「紅尚書の期待の眼差しの圧がすごいな・・・」
黎深慣れしていない凜が不気味なものを見たという感じで見つめる。
(いや、ほんとに不気味です黎深様・・・)
「ほ、鳳珠・・」
もはやどうしていいかわからず、ヨロヨロと腕を伸ばして助けを求めたら
またもペシっと扇で腕を叩き落とされた。
「黎深!」
鳳珠の額に青筋が立つ。
今までそんな呼び方したことなかったのに、急に呼べと言われても困惑する。
困った顔を正確に読み取った悠舜が
「黎深、[#da=2#]はあなたのことをそう呼んだことが一度もないから戸惑っているんですよ」
と解説を入れるが
「だめだ」の一言。
こうなった時の黎深は全く人の意見を聞かないし最後まで膠着状態というわけにもいかないので
一つため息をついて意を決する。
「桃・・」鳳珠が心配そうに声をかけるのでしっかり顔を見て頷いてから、黎深の手を取り顔をむける。
「黎深様、わたくしは先ほども申し上げた通り、分家の出ですし愛しんで養育していただいたことには心から感謝しておりますけれど、このようにお呼びさせていただく立場ではないのです。」
「そんなことはない、いろいろ考えて養女にしなかっただけで、紛れもない紅姓の姫ではあるし、育ちは養女も同然だ。」
黎深の厳しい視線が飛ぶ。
「はい・・・心から感謝しておりますわ。黎深お・じ・さ・ま❤︎」
ハート付きの呼びかけは破壊力抜群だったようで、全身で喜びに打ち震えて笑み崩れる黎深を3人はこの世のものではない不気味なものを見たかのようにドン引きで見つめる。
(いい仕事しました!)とばかりに、黎深に抱きつかれる前にさっと身を翻し、[#da=2#]はお茶のおかわりを用意するため室を出たのだった。