緑の風−1
正直、家で囲っておきたいぐらいの妻を官吏になどしたいわけではないが、この才能を埋もれさせておくのはもったいないと思うあたり仕事が中心人間だった性なのだろうか。
基本的には望みは全て叶えてあげたいと思う鳳珠は少し悩んでから口を開いた。
「[#da=2#]、官吏になりたいというならもちろん止めはしないが・・・どうだ?」
「・・・事実、戸部のお手伝いをしていたときは楽しかったです。が、官吏になりたい、というほど覚悟が定まっているわけではありませんわ。仮に試験に受かっても、生半可な気持ちでは”官吏”になれないでしょう?それに、お手伝いは戸部でお役に立ててるなら嬉しいですけれど、戸部以外で積極的にやりたいかというとそういうわけではありませんし・・・」
少し赤くなって俯いた[#da=2#]の様子に、言外に鳳珠の役に立てるならそれがいい、と言われているようで満足する。
ヒョイ、と隣に座る[#da=2#]の細い腰をもって抱き上げ、膝の上に乗せる。
「私の妻という大切な仕事があるからな。戸部の仕事は時々”手伝い”でお願いするとしよう」
コツン、と額をつける。
(これは・・昨日の俥の中で言ってた!!)
真っ赤になって恥ずかしさで慌てて首筋に顔を隠すが
「鳳珠、お返しですか?」
「あらあら照れてしまって、[#da=2#]は可愛いな」
と笑う悠舜夫妻の楽しそうな声が聞こえて、余計に居た堪れなくなった。
「なっ・・私の前でよくもそのような!!」
黎深が扇を振りかざして食ってかかってくる。
「阿呆か、その扇で[#da=2#]を傷つけるつもりか」
「許さんぞ!」
ぎゃーぎゃーと膝の上の桃華をめぐって争いが始まる。
「旦那様、紅尚書と鳳珠様は仲がよろしいのか悪いのか・・・?」
「この二人昔からこんな感じですが、確実に[#da=2#]が嫁いでから黎深の絡み方がひどくなっているように見えますよ・・・」
「ちょっと待て、なぜ私が紅尚書で、黄尚書は鳳珠様なのだ?」
鳳珠とやり合っていた黎深が耳ざとく聞きつけて凜を見る。
こうなっているときの黎深の面倒さを押し付けるわけにいかないと、凛の代わりに[#da=2#]が受けた。
「なぜ、って・・・お互いの旦那様を私が悠舜様、凜が鳳珠様と呼ぶことにしたからですわ、黎深様」
「[#da=2#]・・・なぜ他人の悠舜が悠舜様で、身内の私も黎深”様”なんだい?」
この世の終わりみたいな顔で黎深が聞く。
「なぜ、って?黎深様は黎深様ですわ。お身内と言ってもわたくしは遠い分家の娘ですし、養育はしていただきましたけれど、養女にはなっていませんもの。」
「でも君は邵兄上が後見で、邵兄上の娘みたいなもので、さらに私はずっと一緒に住んでいた親代わりだと思っているんだよ?そんな悲しいことを言わないでおくれ・・・」
今にも泣き出さんばかりの黎深は意を決して大きな声で告げた。
「そうだ!今から私のことは”叔父さん”と呼んでくれ!!」
「・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁ」
鳳珠は盛大なため息をついた。
紅秀麗が侍童として戸部にきていた時に、”おじさん”と呼ばせて付き纏っていたことを思い出したのだった。
(秀麗で叶わなかった願いを[#da=2#]で、ということか・・・)