緑の風−1
翌日、[#da=2#]は帰ってから着替えてお茶を一口飲むと「お帰りになられたら声をかけてね」と侍女に伝えて書庫に直行してこもった。
ただし帰ってきた鳳珠が「呼びに行かなくていい」と言ったので伝えられることなく黙々と作業を続けている。
「遅くなってすまない」
と鳳珠が書庫に顔を出してぱっと両手を広げる。
「ほ、鳳珠!ごめんなさい、今日もお出迎えしなくて・・・」
とオロオロする[#da=2#]を抱き寄せる。
「ただいま、愛しい[#da=2#]」
「お、おかえりなさいませ・・・鳳珠・・・」
二人だけの時に見せる鳳珠の甘い微笑みはそれはもう天上のもののようで
(見れば見るほどキュンとしてしまって・・・慣れない・・・)
真っ赤になってまた胸に顔を埋める。
「可愛い顔を見せておくれ」
綺麗な手が自分の顎にかかって上を向かされる。
「おかえりなさい・・・」
少し背伸びして、そっと口付けた。
いつもより少し甘くてゆったりとした帰宅の挨拶を楽しむ。
「今日は外朝で会えなかったから寂しかったよ」
と素直に告げる。もっとも、外朝で会ったところでたまに手伝ってもらう時以外は、ほとんどゆっくり話す時間もないのだが、結婚してからはそれでも顔を見るのと見ないのとでは大きな違いだと感じるようになった。
「今日は戸部宛の書簡がなくて・・・なのでいつも通りの時間で回ると、吏部が最後だったんです。そこで今日はこれが最後だと言ったら、お茶とみかんに捕まって遅くなってしまって・・・」
(”今度から戸部なんて朝一番に放り込んでさっさと済ませて、吏部を最後にしてここでゆっくりお茶しよう”なんて誘われたけれどそれは黙っておこう・・・)
本当は少し顔を出してから帰ろうと思っていたんです、と可愛いことを言ってくれる。
「わたくしも、お会いできなくて寂しかった・・・」
きゅっと鳳珠にしがみつく。
頭の上からクスクスとした笑い声が聞こえる。
子供っぽいって思われたかしら?と思った矢先に、吏部からの帰り際に黎深から
「押してダメなら引いてみろ」
と言われたことを思い出し、ぱっと離れる。
「どうした、[#da=2#]?」
腕の中の小さな温もりがぱっと離れ、キョトンと不思議そうな顔をして鳳珠は見つめる。
「え、えと・・・」
”押してダメなら・・・”???
鳳珠はいつでも真っ直ぐに愛を向けてくれているし、結婚してからやたら構ってくるけれどそれを知らない黎深ではない。
このことを言っているのではないことは確かだ。
”引いてみろ・・・”
引いて?引いて・・・
「[#da=2#]?」
深刻な顔をして何か考えている。
少し過集中気味なところがあるらしい、というのは昨日初めて知ったことだったが、声をかけても反応がない。
心配にはなるが、顎に手を当てて小さな声で何か言おうとしているので黙って見つめる。
!!
閃いたかのように顔を上げると、しゃがみこんで床に広げていた調べ物に目を通す。
見ると、昨日までは3割ぐらいしか書き込みがなかったが、8割ぐらい仕上がっている感じだ。
(すごいな・・)
あの悠舜が官吏になってもやっていけると言うし、自分でもそう思っていたが、思っていた以上の才があるらしい。
紅家で相当仕込まれてきていてここまでできるのであれば、今の立場はやはり惜しいか・・・
と考えながら見つめていたら、[#da=2#]の顔が真っ青になった。
「どうした?顔色が悪い。大丈夫か?」
そっと立たせて顔を正面から見る。
「鳳珠・・・これ・・・」
瞳が揺れて震えながら紙を渡す。
「室で座って話をしよう」